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買収対価の算定方法及び相当性に関する最新の実務動向

井垣 太介

 企業買収や出資をめぐるM&A取引にはトラブルがつきものである。企業の値段を決める手法は多様であり、公正と思われる金額には一定の幅がある。このため、多数派の株主によって会社から追い出される形となる少数株主が価格に同意せず、裁判所に価格決定の申立を行うケースも多い。紛争では、最終的に裁判所がM&Aの当事者間で合意した価格を公正な価格と評価するかがポイントとなる。M&A実務に詳しい井垣太介弁護士が、非上場会社の株式買取価格に関する最近の最高裁判例を含む各種関連判例を参照しつつ、買収対価を巡る最新の議論と実務動向を紹介する。

 

買収対価の算定方法及び相当性に関する最新の実務動向
 -最高裁平成27年3月26日決定等の各種判例を踏まえてー

西村あさひ法律事務所
弁護士 井垣 太介

1 はじめに

井垣 太介(いがき・たいすけ)
 1998年東京大学法学部卒業、2001年弁護士登録。2007年ノースウェスタン大学ロースクールLL.M.修了、2008年ニューヨーク州弁護士登録、2007年-2008年米国Latham & Watkins法律事務所のM&Aグループ勤務。現在、国内外のM&A案件を中心に、各種のアライアンス案件、紛争、倒産案件等を取り扱う。西村あさひ法律事務所パートナー。
 他社の100%子会社の株式を取得する場合や創業家オーナーから発行済株式の全てを取得する場合には、主たる利害関係人は既存株主と買収者だけであるから、買収価格が公正であるかどうかは、専ら買い手や売り手が会社である場合の取締役の善管注意義務に関連して論点になるに留まる。すなわち、売り手はなるべく高く、買い手はなるべく安く買うことを心がけなければならないが、少数株主がいないため、買収対価に関してはそれ以上の問題は生じにくい。他方、上場会社に対して株式公開買付を行う場合、他の会社を株式交換によって完全子会社化する場合、既存株主が株式買取請求権を行使できる場合などにおいては、大株主や買収対象企業の経営陣と買収者間で合意した買収価格や合併・交換比率等について、その影響を受けることになる少数株主が異を唱えることが少なくない。

 もとより実務においては、少数株主との関係を考慮する以前に、特に買い手企業において不当な高値掴みをしないよう、買収対価について会計事務所等の第三者から価値算定報告書を取得するケースが多いが、誰が評価しても同じ金額になるといえるほど便利で普遍的な評価方法は存在しない。とりわけ、証券市場における株価が存在しない非上場企業の買収については、実務上ある程度確立された価値評価方法は存在するものの、一定程度客観的と思われる市場の評価を頼りにできないため、対象会社に対する企業価値評価の結果が売り手と買い手で全く異なるケースも少なくない。

 一般的に企業価値の評価方法としては、大別してインカム・アプローチ、マーケット・アプローチ、コスト・アプローチと呼ばれる方法がある。インカム・アプローチとは、評価対象の収益、利益、配当、キャッシュ・フロー等のフローに着目し、それを一定のリスク等を勘案して決定された還元率によって還元し、又は割引率によって割り引くことにより企業価値を評価する方法、マーケット・アプローチとは、市場で成立する株価等に着目し、評価対象を類似上場会社と比較分析する方法によって企業価値を評価する方法、コスト・アプローチとは、ストックとしての純資産に着目し、一定時点における資産負債の価値を直接評価し、差額である純資産を企業価値として評価する方法である。

 そして、インカム・アプローチとしては、ディスカウンティッド・キャッシュフロー法(以下「DCF法」という。)、収益還元方式、配当還元方式などが、マーケット・アプローチとしては市場株価方式、類似会社比準方式、類似業種比準方式などが、コスト・アプローチとしては簿価純資産方式、時価純資産方式などがある。これらの方法にはいずれについても長所と短所があり、その概要は以下のとおりである。

              長所短所
インカム・アプローチ 評価対象の将来の収益獲得能力を基礎とする評価方法であり、のれん等の無形資産の価値を株式価値に反映することができ、動態的価値を表すものとして継続企業を前提とした評価の場合には最も理論的な方法である。 将来の利益やキャッシュフローの予測において恣意性が介入する余地があるほか、還元率や割引率をどのように設定するかにより評価結果が大幅に変動する。
マーケット・アプローチ 実際に市場で売買されている株式の価値を基礎とする場合や、具体的な取引事例に基づく場合等、実際の事例を基礎にしているため、評価結果に一定程度の客観性が確保できる。 完全に同一の会社は存在しないため、比較分析時に評価対象会社の特性が埋没する可能性があるほか、業務内容や事業規模が類似する上場会社を選定することが困難な場合がある。
コスト・アプローチ 純資産を基礎として静態的価値を評価するもので、一般的に理解しやすい方法であり、他の方法に比べて客観的な結果が得られる。 のれん等に代表される無形資産の価値を個別に別途考慮しない場合には、必ずしも継続企業を前提とした価値を示さない。


 すなわち、近年では裁判所も重視していると思われるDCF法については、そもそもキャッシュフロー計画につながる事業計画の作り方によって全く異なる企業価値が算出されるほか、いわゆる割引率や永久成長率の設定方法によって、また非流動性ディスカウントやマイノリティ・ディスカウントと呼ばれる概念を取り入れるか否かにより評価結果は大きく異なりうる。類似会社比準方式についても、同じ業界、似た業種、同様の経営環境にある他の会社を選択した上で、一定の比較項目を設定した上で対象会社の株価を推定する方法であるがゆえに、適切な他の会社を選択できないケースも少なくなく、常に信頼できる評価方法であるとはいえない。純資産方式については、特にPBRが低い会社の買収時に、少数株主から純資産価値は最低限既存株主に還元されるべきであるという主張とともにクローズアップされることが多いが、資産を利用して事業を行っていることは事実であるとしても、必ずしも資産どおりのキャッシュフローを生み出せていない企業は珍しくなく(逆に、ITやバイオ系ベンチャーのように資産は殆どないが、キャッシュフローは潤沢である会社もあり)、純資産というのは会社を清算したときに株主に分配されるものに過ぎないから、問題なく稼働している会社の価値評価方法としてはそもそも不適切である(社会的・経済的には、純資産の価値を下回るキャッシュしか生み出せない会社は清算した方が良いとの批判がありうるが、何らかの理由で存続している会社の客観的価値が純資産以下になるケースは少なくない。)といわれることが多い。

 そこで、少数株主に対して公正な対価を提供するためには(これは結果的に取締役の善管注意義務の遵守につながる。)、上記で述べた各評価手法に内在する短所に留意しつつ評価額を決定する必要があるが、以下においては、各評価手法の違いを更に深く理解しつつ裁判所の立場も把握するために、非流動性ディスカウントという一つの概念を切り口に近年の議論を整理する。

2 非流動性ディスカウントについて

 非流動性ディスカウントとは、非上場会社の株式を換金しようとするときに追加的なコストがかかるため、非上場会社の株価は上場会社よりも低く評価されることをいう(日本公認会計士協会編『企業価値評価ガイドライン〔改訂版〕』377頁)。すなわち、非上場会社の株式を第三者に売却しようと思えば、相手探し、交渉等に難航する可能性があり、コストがかかったり、そもそも希望価格で売れないケースが多いため、その分株式の価値を低く評価すべきであるという論法である。実際に、非上場会社の株式を売買する際には、株式価値の評価過程において15%や30%といった非流動性ディスカウントが盛り込まれるケースは少なくない。

 裁判所も、会社法144条2項に基づく譲渡制限株式の売買価格決定申立事件において、広く非流動性ディスカウントの適用を認めている(広島地決平成21年4月22日/金融・商事判例1320号49頁、大阪地決平成25年1月31日/判例時報2185号142頁、東京地決平成26年9月26日/金融・商事判例1463号44頁)。もっとも、例えば広島地決平成21年4月22日は、事実関係の検討において、株主がその意に反して株式を手放すことを強制されるケースなのかどうかに着目している。すなわち、後述する吸収合併時の反対株主と異なり、譲渡制限株式の売買価格決定申立ては、自ら進んで株式を売買したいと考える当事者が裁判所に対して行うものであるところ、当事者は、売買という取引において形成される価値を保証されることで満足すべきであるから、流動性の欠如から来るディスカウントも受け入れるべきであるという価値観を示している。これは逆にいえば、裁判所が、株主が進んで株式の売買を行おうとしているケースでない限り、非流動性ディスカウントの合理性が否定される可能性があることを示している。

 続いて、上記の各裁判事例においては、いずれも株式価値の評価方法の一部にDCF法や収益還元法が用いられているが、裁判所は、DCF法や収益還元法において非流動性ディスカウントが馴染むかどうかについて詳細な検討をすることなく、非流動性ディスカウントの適用を肯定している。ところが、実務においてはこの点が度々論点となっており、DCF法や収益還元法などのインカム・アプローチにおいて非流動性ディスカウントを考慮すべきではないとする見解が存在する。具体的には、非流動性ディスカウントは、流動性を問題としている以上株式売却の場面を想定した概念であるから、(株式譲渡を前提とせずに)将来の収益や配当の総和を評価するインカム・アプローチには馴染まないとか、非流動性ディスカウントは、流動性のある上場株式の株価を参考に対象会社の株式価値を算定する際に(すなわち類似会社比準方式において)のみ考慮されるべきものであるといった見解であり、非上場会社の吸収合併における反対株主の株式買取請求に関する買取価格決定申立事件における最高裁判例(最決平成27年3月26日/民集第69巻2号365頁)も、収益還元法には、「類似会社比準法等とは異なり、市場における取引価格との比較という要素は含まれていない」ため、「収益還元法によって算定された株式の価格について、同評価手法に要素として含まれていない市場における取引価格との比較により更に減額を行うことは、相当でないというべきである」と判示し、裁判所鑑定における25%の非流動性ディスカウントの適用を認めなかった。

 そもそも会社法786条2項に基づき株式価格決定の申立てを受けた裁判所は、吸収合併等に反対する株主に対し株式買取請求権が付与された趣旨に従い、その合理的な裁量によって公正な価格を形成すべきとされているが(最決平成23年4月19日/民集第65巻3号1311頁)、前掲最決平成27年3月26日は、その合理的な裁量を、「その評価手法の内容、性格等からして、考慮することが相当でないと認められる要素を考慮して価格を決定することは許されない」と述べて制限したものである。

 対して、本事件の原審(札幌高決平成26年9月25日)は、譲渡制限付株式の「換価は困難であり、このことは株式の経済的価値自体に影響を与えているというべきである。したがって、『公正な価格』の算定に際し、株式の換価の困難性を考慮することが裁判所の合理的な裁量を超えるものということはでき」ず、また、「株式の換価が困難であることからすれば、原告の享受していた財産的地位は、収益獲得能力から算定された価値そのものではなく、上記の換価の困難性を反映したものであるというべき」であると判示している。この高裁の考え方については、とりあえず「反対株主の株式買取請求の場面で、インカム・アプローチが用いられたケース」に限ってではあるが最高裁によって否定されたため、今後の実務においては最高裁の考え方に従った対応が求められる。

3 裁判所の考え方の整理

 近時の裁判例を総括すると、まず、①「譲渡制限株式の売買価格の決定」と「組織再編等における反対株主の株式買取請求に係る公正な価格の決定」が種類の異なるものとして扱われている点に留意が必要である。すなわち、前者については、売り手と買い手が存在する売買のケースを想定していることから、「売りにくい非上場会社の株式」について、売却コストや容易性を勘案して一定のディスカウントを行うことは不合理ではないと考えられている。他方、後者については、そもそも公正な価格での買取請求権が付与された趣旨は、反対株主に退出の機会を与え、企業価値の適切な分配を行う点にあると解されているため、制度趣旨に基づき、株式の売却を想定したディスカウントを認めるべきではないと考える見解が有力になりつつあると考えられる。

 続いて、②既存の上場会社の市場株価と比較する類似会社比準方式においては、流動性の違いを評価方法に反映させることも合理的であるが、収益や配当のみに注目する評価方法においては流動性の概念は取り入れるべきではないとする見解が裁判所において有力になってきていると評価できる。

 そもそも株主が把握している価値が、収益獲得能力から純粋に算定された価値なのか、そこに処分時を想定した換価の困難性を反映させた価値なのかという問題については、経済的観点からは絶対的な回答はないわけであるが、少なくとも株主が強制的に退出を求められるケースと、インカム・アプローチといわれる評価方法においては換価の困難性を考慮すべきでないと裁判所が考えていることには留意が必要である。すなわち、今後は、株主が強制的に退出を求められるわけではない「譲渡制限株式の売買価格の決定」事件においても、インカム・アプローチについては非流動性ディスカウントの適用が否定される可能性があるし(但し、前掲最決平成27年3月26日は、退出する反対株主に企業価値を適正に分配するという観点も加味して判断したため、「譲渡制限株式の売買価格の決定」事件についてはインカム・アプローチであっても非流動性ディスカウントを肯定する可能性も否定できない。)、DCF法において非流動性ディスカウントを適用して決定した買収価格と、反対株主に提供すべき買取価格が異なるケースが数多く出てくることが想定される(その場合、株主としては提案された組織再編等に反対した方が自己の株式を高く買い取ってもらえるため、十分な賛成票が得られず、最初から非流動性ディスカウントを適用しないで算定した価格を提示しなければ組織再編行為自体が株主総会において承認されないということになる可能性が高まる。)。

4 終わりに

 今回は、企業価値評価方法の特徴と非流動性ディスカウントという概念の関係を切り口に、実務における価値評価の傾向と留意点

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