メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

国際仲裁の現在 契約のドラフトから外国仲裁判断の承認・執行まで

河端 雄太郎

 NTTドコモや日本のゼネコンの共同企業体が外国での紛争解決の手段として国際仲裁を採用し注目を集めている。国際仲裁は、国際的なビジネス上の紛争を裁判以外により解決する制度だ。日本の大手企業にとって海外ビジネスは生命線のひとつになりつつあり、そこで紛争に巻き込まれ国際仲裁を利用するケースも増えるとみられる。仲裁は、当事者の合意により選択される私的な紛争解決手段であることから、裁判所における紛争解決とは手続等において異なる側面を有する。河端雄太郎弁護士が、仲裁合意及び手続の概要について解説する。

 

国際仲裁 - 仲裁合意及び手続の概要

西村あさひ法律事務所
弁護士 河端雄太郎

1 仲裁条項

河端 雄太郎(かわばた・ゆうたろう)
 2002年、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。
 国内外の多数の企業を代理して、ICC、UNCITRAL、JCAA規則等に基づく国際仲裁案件及び国内外の訴訟案件(特に、自動車、製薬、飲食、フランチャイズに関する案件)に代理人として関与。資本・業務提携や継続的契約の解消事案をはじめとする様々な企業間紛争の解決、長年の海外在住経験を生かし国際的な紛争案件の処理に注力している。
 「仲裁」(Arbitration)が最初に問題になる場面は、契約書の紛争解決条項について交渉あるいはドラフティングする際に、裁判にするのか、仲裁にするのかという選択を迫られるときであろう。当事者間の紛争解決手段として裁判又は仲裁のいずれが適切かという問いに対する回答は、具体的事案ごとに異なるため、一概にどちらを選択することが正しいというものではないが、仲裁を紛争解決手段として選択している契約(特に国際契約)は確実に増えているというのが現実である。
 仲裁は、裁判とは異なり、当事者が紛争解決を仲裁によることに合意しなければ、仲裁手続を利用できない。また、仲裁条項がきちんとドラフトされていない場合、仲裁合意としての効力が認められない場合があり、さらには、紛争が仲裁合意の対象とする範囲に含まれているか否かを巡り、仲裁手続の入口の段階で争いが発生し、余計な時間やコストが掛かってしまうおそれがある。そこで、契約書の仲裁条項をドラフティングする際には細心の注意を払う必要があるが、覚えておくべきは、複雑な内容の仲裁条項にするべきではなく、“keep it simple”にするべきという点である。
 仲裁条項は、各仲裁機関がウェブサイトで公表しているモデル仲裁条項を使用することが推奨されている。例えば、一般社団法人日本商事仲裁協会 (JCAA) (注1)は、次のとおりのモデル仲裁条項を公表している(注2)
 「この契約から又はこの契約に関連して、当事者の間に生ずることがあるすべての紛争、論争または意見の相違は、一般社団法人日本商事仲裁協会の商事仲裁規則に従って、(都市名)において仲裁により最終的に解決されるものとする。」
 この点、JCAAのモデル仲裁条項には、仲裁人の数に関する定めがないため、当事者が別途合意しない限り、仲裁機関の仲裁規則が定める仲裁人の数に関するデフォルト・ルールが適用されることになるので、予め、契約書の仲裁条項に仲裁人の数に関する合意を規定しておくべきか検討する必要がある。なお、仲裁人の数に関するJCAA規則のデフォルト・ルールは、1人である(JCAA規則26条1項)。
 また、JCAAのモデル仲裁条項において、「(都市名)」となっている箇所には、仲裁地(Place of Arbitration。Seat of Arbitrationとも呼ばれる)を規定する必要がある。仲裁地とは、どこかの国の裁判所を紛争解決機関とする管轄合意とは異なり、仲裁手続に適用される準拠法がどの国の仲裁法かを決定する概念である。仲裁地としては、ある国の都市名、国名を記載することになるが、仲裁地は単なる場所的・地理的概念ではなく、法的な概念であるから、単純に仲裁の手続が行われる場所というように理解するのは誤りであることに注意する必要がある。例えば、仲裁手続の審問期日(Hearing)が必ず仲裁地において実施されるわけではない。多くの場合、仲裁手続の審問期日(Hearing)は仲裁地で実施されることになるものの、標準的な国際仲裁においては、日本の裁判所における裁判とは異なり、1ヶ月ないし2ヶ月に1回、当事者と仲裁人が仲裁地に出向いて期日(口頭弁論)のようなものを開催するということは極めて稀である。当事者による書面の往復があった後、審問期日を連続して1週間から2週間行うというのが良く見られるパターンであり、審問期日の実施場所が、当事者の便宜等を踏まえて、仲裁地とは別の場所で合意されることも珍しくない。

 仲裁地をどこにするかは極めて重要である。仲裁地の仲裁法が仲裁手続に適用されるということは、仲裁手続は仲裁地の仲裁法に従って実施されなければならないことを意味する。仲裁地の仲裁法次第では、当事者が、仲裁地の裁判所に対し、仲裁手続への援助を求めることができたり(例えば、仲裁地の裁判所に対し保全措置を求めること)、反対に、当事者が思いもよらなかった裁判所の干渉(仲裁手続の停止命令等)があり得る。仲裁判断の取消権限を有するのは、仲裁地の裁判所であり、仲裁判断の取り消しは、仲裁判断の執行にも影響を及ぼし得るという点も、仲裁地を決めるに当たって看過されてはならない。よって、仲裁地は、①後述するニューヨーク条約の加盟国であること、②仲裁地の仲裁法が親仲裁の内容となっており、かつ、対象となり得る紛争を仲裁で解決することを許すものであること(例えば、日本の仲裁法では、個別労働関係紛争を対象とする仲裁合意は無効とされており、消費者と事業者との間の紛争に関する仲裁については一定の制約がある。)、及び、③仲裁地の裁判所が親仲裁の判断を下していることという視点から決めるべきである。
 また、仲裁条項において、仲裁言語を定めておくことも検討する必要がある。当事者が仲裁言語について合意しない場合には、仲裁廷が仲裁言語を決めることになる(仲裁規則が仲裁言語に関するデフォルト・ルールを定めている場合もある。)。仲裁言語を英語及び中国語とするなど、当事者が2つの言語の使用に合意していることがあるが、この場合には、両言語に精通している適切な仲裁人を見つけることが難しいことも考えられ、また、仲裁の費用も増加すること(書面を二つの言語で準備しなければならない等)から望ましくなく、相手方から提案があったとしても回避すべきである。
 なお、仲裁条項のドラフティングについてより詳細を学びたい場合には、International Bar Associationが公表している“IBA Guidelines for Drafting International Arbitration Clauses”が参考になる。

2 仲裁手続の概要

 仲裁は、裁判とは異なり手続が柔軟であることに特徴があるが、典型的な国際仲裁の場合、手続は、①申立人による申立書(Request for (Notice of) Arbitration)の仲裁機関への提出(あるいは被申立人への送付)、②仲裁人の選任と仲裁廷の構成、③被申立人からの答弁書(Answer)の提出、④仲裁廷からの手続の細目事項を定めた手続命令(Procedural Order No.1)の発令、⑤各当事者における主張書面等の往復(申立人からのStatement of Claim、被申立人からのStatement of Defence、申立人からのReply(反論)、被申立人からのRejoinder(再反論)を2ヶ月半ないし3ヶ月の期間を置いて応酬することが比較的良く見られる。また、書証、陳述書及び専門家意見書は、主張書面と同時に提出されることが一般的である。)、⑥文書提出要求手続(Production of Documents)(Statement of Defenceが提出され、当事者の具体的主張内容及び重要な証拠が提出された後で、文書提出要求手続に入ることが一般的である。)、⑦審問期日(Hearing)(仲裁代理人による当事者の主張等をまとめた口頭でのプレゼンテーション、証人及び専門家への尋問などが実施される。)、⑧当事者による最終主張書面(Post-Hearing Briefs)の提出、⑨仲裁廷の仲裁判断(Award)というような流れで進行する。
 仲裁人の選任であるが、仲裁廷を構成する仲裁人は、1人又は3人とされるのが通常だが、係争金額が大きいような事案では3人になる場合が多い。仲裁手続が裁判手続と大きく異なる点の一つが、当事者が仲裁人の選任に関与できる点である。例えば、東京地方裁判所に民事訴訟を提起した場合、東京地方裁判所のいずれかの民事部に事件は係属され、どの裁判官が事件を担当するかを当事者は決めることはできず(労働、知財及び商事事件は、専門部に配属されるが、当事者が裁判官を決めることはできない。)、高度な専門性が要求される事件であっても、専門的な知見や経験を有する裁判官が事件処理を担当することになるとは限らない。他方、仲裁では、当事者は、仲裁人の選任に関与することができ、典型的な事案では、最低でも1人は、専門的な知見や経験を有する者(例えば、M&Aの分野の紛争に詳しい法律専門家)を選任することができる。このような仲裁人を選任することで、一から判断権者をEducateする必要性がなくなり、コストの削減につながるし、手続の進行方法や業界の常識に沿った判断が得られる機会が格段に高まる。より根本的には、仲裁のメリットは、当事者が、仲裁廷を構成する仲裁人の1人を選任できることにより、仲裁手続そのものの公平や公正・中立性を確保することができる、という点にある(なお、仲裁人には、公平・公正・中立な立場で判断を下す義務がある。)。
 仲裁人は、法律の専門家(仲裁人としての仕事を専門とする法律家が世界には多数存在する。)が選任される場合が多いが、法律家である必要はなく、実際に、建築や土木の分野に関する仲裁では、法律家以外が選任されることがある。また、仲裁人は、仲裁地に在住する者でなくてよく、仲裁機関が仲裁人候補の名簿を公表している場合であっても、通常は、当該名簿に拘束される必要はない。
 仲裁機関の仲裁規則と日本の民事訴訟法を比べるとわかりやすいが、JCAAの仲裁規則が85条(本文)からなるのに対し、日本の民事訴訟法の条文数は405条からなり、裁判手続を事細かく規定している。当事者(及び仲裁廷)が、具体的な事件に即して、仲裁手続の内容を決めることができる柔軟性は、裁判手続とは異なる仲裁の一つの特徴なのである。
 もっとも、手続について何も決めないまま仲裁手続が進行するのではなく、仲裁廷が構成された後に、当事者が手続の進行スケジュールを提案することもあるし、手続に関する細目的な事項については、仲裁廷がこれを記載した手続命令(Procedural Order)のドラフトを回付し、当事者からコメントを得た後、仲裁廷と当事者が手続に関する会議(実際に集まって開くこともあるが、電話会議やテレビ会議を使用して行われることが多い)を開いて内容を確定し、仲裁廷としての手続命令(この命令のことをProcedural Order No.1と呼ぶことが多い。)が、手続開始後の早い段階で発令されることが一般的である。Procedural Order No.1には、各当事者の主張書面及び書証等の提出時期と方法、文書提出要求手続の時期及び方式、専門家意見書の提出及び証人の取扱い、及び仲裁審問期日(Hearing)の時期などが規定される。また、証拠収集の手続については、証拠収集手続の国際標準を定めたInternational Bar Association (IBA)のIBA Rules on the Taking of Evidence in International Arbitration(IBA証拠規則)をガイドラインとして採用する旨をProcedural Order No.1に規定することが頻繁に見られる。IBA証拠規則は、国際仲裁の当事者が異なる法域や出身であることが多いことから、公平、経済的かつ効率的な手続(特に証拠に関して)のスタンダードを提供するために、IBAが作成及び公表している規則であり、これを見れば、現在の国際仲裁における証拠手続のイメージを掴むことができる。
 他方、日本における国内仲裁で、しかも、仲裁人及び代理人ともに日本の法律家である場合、仲裁手続は日本の裁判所における手続のように進行することもある。
 当事者の一方が主張する事実の立証に用いるため、相手方が保有する文書(電子データを含む)を手続内で入手する方法については、日本の民事訴訟法においても用意されている(文書提出命令)が、相手方に対し提出を求めることができる文書の範囲は限定的である。他方、米国訴訟におけるディスカバリー制度のように、相手方に対して、極めて広範囲に文書を提出することを求める手続を設けている国もある。単純化すると、日本のような大陸法(Civil Law)系の民事訴訟手続を採用している国の裁判では、相手方に提出を要求できる文書の範囲が限定的であるのに対し、米国や英国(England & Wales)のような英米法(Common Law)系の裁判制度を採用している国の裁判では文書の提出を求められる範囲は広範であり、当事者の負担も重い。
 典型的な国際仲裁においても、相手方に対し文書の提出を要求するための手続が実施されることが多いが、米国訴訟におけるディスカバリー制度とは異なり、極めて広範囲な文書提出を求められることはない。とはいうものの、仲裁廷や仲裁代理人が英米法系の出身者で構成される場合は、一般的には、仲裁廷や仲裁代理人が大陸法系の出身の場合に比べ、文書提出要求の範囲が広くなる傾向がある。契約の相手方と紛争が発生し、仲裁手続に発展することが予想される場合には、後の文書提出要求手続を見据え、関係者を特定するとともに、関連する文書(電子データを含む)の保存先を確認し、文書が破棄されないよう必要な社内手続をとっておくことが、後に相手方から文書を不当に破棄したという指摘を受けることを防ぐ観点から重要である。
 仲裁と裁判が比較される場合、仲裁の方が裁判よりも早期に判断を得られるという説明がなされることがある。筆者の経験上、通常の裁判であれば第1審段階(地方裁判所の段階)で1年半程度かかるのではないかと考えられる事件の仲裁判断が、仲裁申立てから11ヶ月で得られたということがある。しかしながら、仲裁手続の進行速度は具体的事案によって異なるものであり、仲裁申立後、3ヶ月、4ヶ月という時間軸で仲裁判断が得られることはまずないと言って良いことから、仲裁のスピードに過大な期待を掛けるべきはないと考えている。

3 外国仲裁判断の承認・執行(ニューヨーク条約)

 仲裁と裁判との相違点について良く説明されるのは、国際仲裁における仲裁判断については、ニューヨーク条約があるので、裁判に比べると承認及び執行が容易であるという点である。ニューヨーク条約とは、外国仲裁判断の承認(recognition)及び執行(enforcement)に関する国際条約のことであり、156カ国が加盟している(2016年6月現在)。ニューヨーク条約は、条約加盟国の裁判所は、極めて限定的な事由によってしか、外国仲裁判断の承認及び執行を拒絶してはならないこと、及び仲裁合意があるにもかかわらず、裁判所に対して訴訟が提起された場合、条約加盟国の裁判所は、仲裁合意が無効でない限り、当該事件を仲裁に付すようにしなければならないこと(日本の裁判所の場合には、訴えが却下されることになる。)を主たる内容とする。ニューヨーク条約が存在することにより、外国判決の承認・執行に比べると、外国仲裁判断の承認・執行が理屈の上では容易ではある(外国判決の承認・執行については、外国仲裁判断とは異なり、ニューヨーク条約のような156カ国もの国々が加盟している条約はない。例えば、日本の裁判所における判決を中国でそのまま執行することはできない。)。
 もっとも、相手方が「無い袖は振れない」状況にある場合や、実際に執行を求める国の裁判所が親仲裁の立場をとっていない場合には、執行が現実問題として容易ではない事件もあるので、仲裁判断の効力を過信することは禁物である。しかし、外国判決の場合には、全く執行できない場合があり得るのに対し、外国仲裁判断の場合には、執行できる制度が用意されていることは、相手方にプレッシャーを与える意味でも紛争の解決に資する。仲裁に否定的な態度を採る国々も急速に減少傾向にあることから、国際的な紛争解決手段として裁判ではなく仲裁を選択する意義は大きい。

 ▽注1:仲裁によ

・・・ログインして読む
(残り:約320文字/本文:約7175文字)