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液化天然ガス(LNG)市場の流動性の高まりと法的環境、LNG売買契約の変化

勝部 純

LNG市場の流動性の高まりとLNG売買契約への影響その他法的留意点

 

西村あさひ法律事務所
弁護士 勝部 純

1. LNG市場の流動性の高まり

 (1) LNGとは?

勝部 純(かつべ・じゅん)
 弁護士、米国ニューヨーク州法弁護士及びカリフォルニア州法弁護士。
 2014年~2016年に三井物産法務部アジア・大洋州法務室に出向し、アジア・大洋州地域における多数の資源・エネルギー案件に関与。近時は、東南アジア、アフリカ等における権益取得・譲渡案件、LNG調達案件、FPSOプロジェクトへの出資参画案件等に関する法的アドバイスの提供等に従事。
 電力小売・ガス小売の全面自由化、米国のシェールガス革命、中東諸国のカタールとの断交といったニュースの傍らで「LNG」という用語を目にする。「LNG」という用語を聞き慣れている読者もいれば、初めて耳にする読者もいるかもしれない。「LNG」とは液化天然ガス(Liquefied Natural Gas)の略語である。日本において天然ガスは主に電力会社による火力発電所の燃料用と、都市ガス供給用に用いられてきた。天然ガスを燃焼しても、酸性雨の原因となるSOx(硫黄酸化物)は発生せず、また、光化学スモッグなど大気汚染の原因とされるNOx(窒素酸化物)や地球温暖化につながるCO2(二酸化炭素)の排出量も石油や石炭と比較して少ないため、天然ガスは化石燃料の中でも最もクリーンなエネルギーであるといわれている。

 北米や欧州においては、天然ガスはパイプライン網を通じて輸送されてきた。一方、島国である日本が天然ガスを調達するには、豪州、カタール、マレーシア、インドネシア等の産ガス国から、気体である天然ガスを液化設備で-162℃以下の超低温に冷却して液体のLNGとした上、LNGタンカーで輸送する方法により調達する必要がある。東京ガスと東京電力が1969年にLNGの輸入を開始したことが先駆けとなり、これまで日本の電力・ガス事業者が世界のLNG市場の発展を牽引してきた。日本は世界のLNG需要の約3分の1を占める世界最大のLNG需要国である。

 (2) 従来のLNG取引

 従来、LNGの供給者は、液化設備開発のための巨額のコストを負担することのできるプレーヤーに限られていた。他方、LNGの需要者も、日本、韓国、中国といった東アジアの国において、長期的・安定的なLNG需要を有し、かつ、LNG受入基地を保有する電力事業者、ガス事業者等に限られていた。そして、このような限定されたLNG供給者及びLNG需要者の間で、長期の(例えば15年~20年程度の)LNG売買契約(SPA:Sales and Purchase Agreement)が締結されることが多く、単発の売買取引であるスポット取引が行われることは限定的であった。

 (3) LNG市場の構造変化と流動性の高まり

 しかし、現在、LNG市場の構造は歴史的転換点を迎えている。例えば、日本国内のLNG需要について見ると、電力小売・ガス小売の全面自由化により、電力事業者及びガス事業者は更なる競争にさらされることになる。したがって、これまで以上にLNGの調達コスト削減の必要性が高まり、価格競争力のあるLNGを柔軟に調達するニーズが生じる。また、2011年の福島第一原子力発電所の事故を受けて原子力発電所の稼働が全国的に停止した際、火力発電等による原子力発電の代替が行われ、LNGの需要も拡大したが、今後の原発再稼働や再生可能エネルギーの動向次第では、日本国内のLNG需要が大きく変動する可能性がある。したがって、この面でも柔軟にLNGを調達するニーズが生じる。

 他方、LNG供給について見ると、米国のシェールガス革命によって、米国は新たにLNGの輸出国となった。また、米国、カナダ、豪州等において今後大型LNGプロジェクトが立ち上がることによって、LNGの生産量は当面増加が続く見込みである。その一方で、LNGの輸出国であったマレーシアが、国内需要の増加のためにLNG輸入国に転じ、また、その他のアジア、中東、アフリカ、中南米等の多くの国で、今後LNGの輸入が開始される予定である。このような状況下、供給者側としても、今後、余剰のLNGを柔軟に販売するニーズが生ずると考えられる。

 また、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、バーレーン等が2017年6月にカタールとの断交を表明した。カタールは世界一のLNG輸出国であるが、将来的にカタールからのLNGの調達に何らかの支障が生じる可能性も皆無ではない。日本のエネルギー安定調達の観点からも、柔軟に代替LNGを調達することが可能なLNG市場があることが望まれる。

 このように、LNGの市場の構造は歴史的転換点を迎えており、現在、LNG市場の流動性は高まる状況にある。日本国政府もLNG市場の流動性の高まりを後押ししており、例えば、経済産業省は、2016年5月のG7北九州エネルギー大臣会合において「LNG市場戦略」を発表し、2020年代前半までに日本をLNGの国際取引や価格形成の拠点(ハブ)とすることを目指す構想を提案した。この経済産業省の「LNG市場戦略」においては、今後世界規模での流動性の高いLNG市場の実現が必要であり、LNGの売買契約における仕向地制限条項(詳細は後述する。)の撤廃・緩和も含め、以下のようなLNG取引の姿を目指すべきと提言されている。

 また、経済産業省は、2017年7月11日付けで、EUとの間で「流動的で柔軟且つ透明性の高いグローバルLNG市場の促進・確立に関する協力覚書」を締結し、仕向地の点も含め、より柔軟なLNG契約を可能とするための努力を行う旨を合意した。

 さらに、LNGの売買契約における仕向地制限条項に関して、独占取引法の観点から、公正取引委員会による調査が行われていたが、2017年6月28日付けで、同委員会より、仕向地制限条項が独占禁止法上問題となるおそれがある旨の報告書が出された。同報告書においては、同委員会の提言として、「LNGの売主においては、本報告書を踏まえ、新規契約締結時や契約期間満了後の更新時において、再販売の制限等につながる競争制限的な契約条項や取引慣行を定めないことが必要である。また、契約期間満了前の既存契約においても、少なくとも、再販売の制限等につながる競争制限的な取引慣行を見直すことが必要である。」等とされており、かかる提言内容を踏まえて、今後の業界の動向が注視される。

 以下では、今後、LNG市場の流動性が高まった状況を想定して、LNGに関係する各プレーヤーが考慮しておくべき法的留意点について検討する。

2. LNG市場の流動性の高まりと法的留意点

 (1) LNG売買契約の条項変更の検討

 ア 仕向地制限条項の緩和・撤廃

 従来のLNGの長期売買契約では、LNGの仕向港として、一定のLNG受入基地を指定し、受入基地の変更を制限する、いわゆる仕向地制限条項(Destination Clause)が付されることが多かった。これは、従来、LNGの需要者は電力事業者やガス事業者等に限定されており、これらの需要者は基本的にLNGの転売を想定していなかったことや、LNGの引渡条件についてはDES(Delivered Ex Ship)条件(受入基地で貨物の引渡しが行われ、受入基地までの費用(運賃・保険料)及び危険を売主が負担する引渡条件)で取引が行われることが多く、特定の受入基地までLNGを運ぶことは売主の責任であったこと等が理由であると考えられる。しかし、引渡条件がFOB(Free On Board)条件(出荷基地で貨物の引渡しが行われ、受入基地までの費用(運賃・保険料)及び危険を買主が負担する引渡条件)の場合であっても、仕向地制限条項が規定されていることがあった。

 このような仕向地制限条項には、仕向地の変更について、①「売主の同意」に加え、②「仕向地変更先の受入基地の安全性」、③「仕向地変更により売主に発生する追加コストの買主による支払」、④「売主の配船上の許容性」といった事由や、さらには、⑤「買主の操業上の理由による仕向地変更の場合であること」、⑥「商業上の理由(利益目的)でないこと」、⑦「売主の他の顧客への再販売を目的とした仕向地変更ではないこと」、⑧「売主が仕向地変更先の第三者に直接販売すること」といった事由が条件として付されることがある。加えて、仕向地変更を認める代わりに、買主に転売による利益が生じた場合にその一部を売主に支払うという利益分配条項が付される例もある。

 これに対しては、上記のとおり、経済産業省は、LNG取引の柔軟性を向上させるために仕向地制限条項の緩和・撤廃が必要だと提言している。また、公正取引委員会は、上記の報告書において、FOB条件については、通常、仕向地制限条項に合理性は認められず、独占禁止法上問題(拘束条件付取引)となるおそれが強いとした。また、DES条件についても、仕向地変更について「売主が同意すること」を条件として定めることや、上記②~④のような必要性・合理性のある条件を定めることは、直ちには独占禁止法上問題となるものではないとしつつも、上記⑤~⑧のような競争制限的な条件を定めることは、独占禁止法上問題(拘束条件付取引)となるおそれが強いとした。

 さらに、国際エネルギー機関(IEA:International Energy Agency)が2016年11月に公表した「Global Gas Security Review」と題する報告書では、世界のLNG契約に関するIEAのデータベースの分析結果に基づいて、LNGの長期売買契約の契約期間が短縮している傾向があることに加え、仕向地制限条項がない売買契約の割合が増加している傾向や(仕向地制限条項がないことを「仕向地フリー(destination free)」と呼ぶことがあり、①FOB条件において仕向地制限条項がない場合、及び②DES条件において買主による最大限自由な仕向地変更が認められている場合を指すと考えられる。)、契約期間が長期となる場合は仕向地フリーの契約条件となる傾向が認められると報告されている。

 このような状況を踏まえ、将来的にLNG売買契約が仕向地フリーとなることを想定して、以下のようなLNG売買契約の条項の変更を検討する必要がある。

 イ 年間配船計画に関する条項

 LNGの期間売買契約の当事者の間では、年間契約数量に基づき、毎年、LNGの引渡・受取日程及び出荷基地と受入基地の間のLNGタンカーの配船日程を合意するために、契約年度の前年度までに年間配船計画(ADP:Annual Delivery Program)が策定される。DES条件の期間売買契約の場合、受入基地におけるLNGタンカーの入港日及び出航日、LNGタンカーの名称、積載量、規格等が記載される。さらに、対象となる契約年度の開始後において、売主又は買主の事情変更に柔軟に対応するため、毎月、3か月間程度の具体的な配船日程を記載した通知が売主から買主に発出され、その際に必要に応じて年間配船計画が修正される。

 これまでも、何らかの事情により仕向地変更が必要となった場合、売主及び買主の合意に基づいて年間配船計画に基づく配船スケジュールを変更することが行われてきたが、例えば、将来的に、LNG売買契約が仕向地フリーとなり、買主による仕向地変更が柔軟に認められるようになった場合、年間配船計画に関する条項において、一定期間の事前通知等、仕向地変更の仕組みを予め反映させることが必要になると思われる。

 ウ LNG受入設備、LNGタンカー等に関する条項

 DES条件の場合には買主の管理する受入基地の設備、FOB条件の場合には売主の管理する出荷基地の設備に関する技術標準等について、LNG売買契約において詳細に定められる場合が多い。具体的には、港湾の各種設備に関して、LNGの荷揚げ装置のスペック、LNGタンカーの停泊に必要な照明器具類の設置、LNGタンカーの乗組員が安全に上陸するための設備の設置義務等が規定される。いずれも、原則的に、DES条件の場合には買主側の、FOB条件の場合には売主側の義務として規定される。

 また、同様に、LNGを出荷基地から受入基地に輸送するLNGタンカーのスペックに関して、その容量を含む技術標準が契約において詳細に規定されることが多いが、特に重要なものとして、受入基地(DES条件の場合)又は出荷基地(FOB条件の場合)との船陸整合性(compatibility)の確保が重要な観点となる。具体的には、当該基地との整合性等を踏まえ、LNGタンカーの最大容量、荷揚げの最低速度、背圧値、各種国際標準との整合性、法令及び条約等との整合性、十分な金額の保険への加入、国際標準に従った係留機器の設置、熟練された乗組員の手配等々の義務が詳細に規定される。いずれも、原則的に、DES条件の場合には売主側の、FOB条件の場合には買主側の義務として規定される。

 例えば、将来的に、DES条件のLNG売買契約が仕向地フリーとなり、買主による仕向地変更が柔軟に認められるようになった場合、受入基地の技術標準等の条件を満たすことは、買主側の義務であるところ、変更が想定される受入基地の状況も想定に入れて買主の義務を契約上定めておくことが必要となる。他方、LNGタンカーと受入基地の船陸整合性等の条件を満たすことは基本的には売主の義務であるが、買主によって受入基地が変更された場合の売主の義務内容をどう規定するか(例えば、仕向地変更の場合に売主の一定の免責事由を定める等)についても、検討が必要となる。

 エ 不可抗力(Force Majeure)に関する条項

 当事者の支配の及ばない不可抗力(Force Majeure)事由に該当する場合、契約当事者はその契約上の義務履行を免責される旨が、売買契約上規定されることが多い。不可抗力事由の定義は、戦争やストライキ、地震等の天災地変の類から、適用法令の変更等まで多岐にわたることが多いが、特にLNGの長期売買契約において顕著な不可抗力事由として、売主の出荷基地、LNGタンカー、又は買主の受入基地等において生じた事由が含まれる。例えば、不可抗力事由として、買主の受入基地の事故等が規定されている場合、その結果当該受入基地でのLNGの受取りが不可能となった場合には、買主は当該事由が生じている期間中は、LNGを引き取る義務を負わないことになる。

 この点、例えば、DES条件のLNG売買契約が仕向地フリーとなった場合、買主AによるLNGの転売によって、受入基地が、買主Aの受入基地Aから、転売先Bの受入基地Bへと変更される可能性がある。この場合に、受入基地Bで事故が発生した場合、買主A及び転売先Bの間の売買契約においては、転売先Bが買主Aに対して不可抗力事由を主張することができる一方で、売主Xと買主Aの間の売買契約においては、買主Aは売主Xに対して不可抗力事由を主張することができず、LNGの引取義務の履行を免れないという事態が生ずる可能性もある。このような可能性も踏まえて、売買契約において不可抗力事由の定義・内容をどのように規定するか、検討が必要となる。

 (2) 浮体式貯蔵再ガス化設備(FSRU)とカボタージュ規制の検討

 ア FSRUとは?

 今後、LNGの流動性が高まることと相まって、アジア等における更なるLNGの需要創出のビジネスニーズが生ずることが予想されるところ、この点に関連する法規制等の検討が必要である。

 その一例として、浮体式貯蔵再ガス化設備(FSRU:Floating, Storage and Re-gasification Unit)に関する規制が挙げられる。FSRUは、その名のとおり、LNG貯蔵能力を有する船を洋上で固定し、LNGタンカーからLNGを受け入れ、貯蔵し、船上の再ガス化設備で再ガス化した天然ガスを、陸上のパイプライン等に送り出す浮体設備である。FSRUは、陸上のLNG受入基地と比較すると、建設コストが安価であること、建設期間が短期であること、適用される環境規制等が少ないこと、緊急時・一次的対応のための移動や転用が容易であることといったメリットがある。上記のとおり、LNGの輸出国であったマレーシアが輸入国に転じ、また、その他のアジア、中東、アフリカ、中南米等の多くの国で、今後LNGの輸入が開始される予定であるが、その背景としては、FSRUが普及し、FSRUを使用することにより、比較的小規模な投資で、柔軟性の高いLNG輸入施設の導入が可能となった点がある。

 イ FSRUへのカボタージュ規制の適用

 FSRUは固定された浮体式構造物ではあるが、LNG輸入国におけるいわゆるカボタージュ規制が適用される可能性がある。カボタージュ規制とは、自国の沿岸輸送(内航海運)は自国船籍の船でなければ行うことができないというルールであり、多くの国で定められている(日本では、船舶法第3条がこれを定めている。)。カボタージュ規制の趣旨は、国家の安全保障、地域住民の生活物資の安定輸送、自国船員による海技の伝承、自国の海事関連産業の保護等にあるといわれている。

 例えば、インドネシアのカボタージュ規制においては、インドネシア国内の海上輸送についてはインドネシア人船員が乗船するインドネシア国籍船によって行わなければならないとされており(インドネシア海事法(Law No 17 of 2008 concerning Shipping)第8条)、また、インドネシア国籍船として登録されるためには、船舶所有会社の株式の少なくとも51%はインドネシア人が保有していなければならない旨の外資規制がある(同法第158条第2項)。インドネシアのカボタージュ規制においては、FSRUも「船舶」として当該規制が適用されるため、外国資本がFSRU事業に出資参画する場合には当該規制を遵守する必要がある。インドネシアに限らず、他の国におけるカボタージュ規制においても、同様の問題が生ずる可能性がある。

 今後、LNGの流動性が高まることと相まって、FSRUが使用されることが多くなることが予想される。日本企業がFSRU事業への出資参画を検討する場合、LNG輸入国のカボタージュ規制の適用の有無及び内容並びに実現可能な出資スキームについて、予め検討しておくことが必要である。

3. 終わりに

 以

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