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上場会社「公平情報開示(FDルール)」制度化へ、実務への影響

河原 雄亮

フェア・ディスクロージャー・ルールの導入と実務への影響

 

西村あさひ法律事務所
弁護士 河原 雄亮

 1 はじめに

河原 雄亮(かわはら・ゆうすけ)
 2003年、京都大学法学部卒業。2006年、京都大学大学院法学研究科修士課程修了。2016年、コーネル大学ロースクール卒業(LL.M.)。
 2013~2014年、金融庁総務企画局市場課 出向。2016~2017年、香港のハーニー・ウエストウッド・アンド・リーゲルズ法律事務所。
 金融商品取引法の一部を改正する法律が、平成29年5月17日、第193回国会で成立し、5月24日に公布された(以下、この金融商品取引法の一部を改正する法律を「改正法」という)。改正法は、情報通信技術の進展等の金融・資本市場をめぐる環境変化に対応するため、制度面での措置を講じるものであり、主として、①株式等の高速取引に関する法制の整備、②金融商品取引所グループの業務範囲の柔軟化及び③上場会社による公平な情報開示に関する規制の整備をその内容としている。これらの措置のうち上記③は、いわゆるフェア・ディスクロージャー・ルール(以下「FDルール」という)をわが国に導入するものであり、上場会社のほか機関投資家やアナリスト等の活動についても広く影響が及び得ると考えられる。本稿では、改正法によって導入されるFDルールについて、その概要を紹介する。なお、本稿中、意見にわたる部分は、筆者の個人的な見解であって、筆者が現在所属し、又は過去に所属した組織の見解ではないことに留意されたい。

 2 FDルール導入の経緯

 改正法のうち、FDルールの導入に関する措置は、金融審議会の下に設置されたフェア・ディスクロージャー・ルール・タスクフォース(以下「TF」という)における3回の協議を経て、平成28年12月7日にとりまとめられた「金融審議会 市場ワーキング・グループ フェア・ディスクロージャー・ルール・タスクフォース報告~投資家への公平・適時な情報開示の確保のために~」(以下「TF報告」という)(注1)の提言を受けたものである。即ち、TF報告では、アナリストによるプレビュー取材を通じて取得された上場会社の内部情報の管理に不備があったこと及びかかる情報を顧客に対して提供して勧誘が行われたことに関して、複数の証券会社に対する行政処分事案が生じた状況などを踏まえ、「個人投資家や海外投資家を含めた投資家に対する公平かつ適時な情報開示を確保し、全ての投資家が安心して取引できるようにする」ことを目的として、FDルールを導入することが相当とされた。

 3 改正法によって導入されるFDルールの概要

 改正法によって導入されるFDルールは、改正法による改正後の金融商品取引法(以下、改正法による改正後の金融商品取引法を「改正後金商法」という)において新設された第2章の6(27条の36から27条の38まで)に定められており、その内容は、端的にいえば、「上場会社等」(その上場会社等と一定の関係にある者を含む)が、その業務に関して、投資判断に重要な影響を及ぼす情報の伝達を行う場合、その上場会社等は、原則として伝達と同時に(伝達時点において、伝達した情報が開示を求められる情報に該当することを知らなかった場合等については、伝達が行われたことを知った後、速やかに)、その情報を公表しなければならない、というものである。これは、米国におけるRegulation FDに倣ったものと考えられる。なお、米国における規制の詳細については、紙幅の関係上、本稿では立ち入らないが、米国においては、SECが制定した規則であるRegulation FDに基づいて情報の選択的開示が規制されており(なお、米国法においても、証券の発行者に対して、未公表の重要情報を開示することを一般的に義務づけることはなされていない)、これにより、一定の条件の下で証券の発行者等によってなされる第三者に対する未公表の重要情報の提供に当たっては、その発行者は、提供と同時に(第三者に対する未公表の重要情報の提供が意図的でない場合は、提供が行われたことを知った後、迅速に)、公表等の措置を講じることが求められている。

 以下では、改正後金商法下におけるFDルールの概要について、(1)義務の対象となる者、(2)情報伝達を行う者、(3)情報の受領者、(4)規制対象となる情報、(5)規制の適用対象となる行為、(6)上記(1)の者に課される義務、及び(7)規制に違反した場合の効果の7つの観点から解説する。

 なお、改正後金商法においては、その規制の具体的な内容の一部は政令及び内閣府令で定めるものとされているところ、これらの政令及び内閣府令については、本年10月24日付けで、金融庁からそれらの案が公表され、現在、パブリック・コメントの手続に付されている。本稿では、それらが現状「案」に留まっていることにも鑑み、それらの詳細については説明を割愛するが、大要、金融商品取引法施行令の改正案(以下、単に「政令案」という)においては、FDルールの対象となる「上場会社等」の範囲が、詳細に特定されており、また、内閣府令(「重要情報の公表に関する内閣府令」)案(以下、単に「重要情報公表府令案」という)においては、①FDルールの対象となる情報受領者の範囲が詳細に特定されているほか、②公表前の重要な情報を証券アナリスト等に提供した場合の当該情報の公表方法としては、EDINET等を通じた公表のほか、自社ホームページによる公表方法等が定められている。さらに、政令案・重要情報公表府令案とともに、FDルールに関する解釈を示したQ&A形式の「金融商品取引法第27条の36の規定に関する留意事項(フェア・ディスクロージャー・ルールガイドライン)」の案(以下、単に「FDルールガイドライン案」という)も公表されており、FDルール施行後の実務対応においては、このガイドラインも参考にすることが必要となる。

 (1) 義務の対象となる者

 改正後金商法の下で、後記(6)の公表義務を課されるのは、「上場会社等」であり、金融商品取引所に上場する株券、投資証券及び社債券等の発行者とされているところであって、いわゆる上場会社及び上場投資法人(いわゆる上場REIT=Jリート等)は、この「上場会社等」に該当するものと見込まれる。なお、投資法人については、改正後金商法27条の36第1項の文言上、政令の規定によって一定のものが除かれることが想定されているが、TF段階での事務局からの説明においても既に上場REITについて言及がされていたところであり(注2)、政令案の内容にも鑑みると、上場REITについては公表義務の対象となるものと見込まれる。

 (2) 情報伝達を行う者

 改正後金商法の下では、後記(5)のとおり規制対象となる行為である「伝達」が行われることによって、上場会社等が後記(6)の公表義務を課されるところ、この「伝達」を行う者には、前記(1)の「上場会社等」に加え、上場会社等である投資法人の資産運用会社が該当することとなるほか、これらの役員等も含まれる。ここでいう役員等には、役員(取締役、監査役、会計参与若しくは執行役又はこれらに準ずる者)のほか、代理人又は使用人等も含まれるが、代理人及び使用人等については、後記(5)のとおり、広報担当者やIR担当者による伝達が規制対象となる行為とされていることから、これらに該当しない従業員については、基本的には情報伝達を行う者には該当しないものと考えられる。

 (3) 重要情報の受領者

 改正後金商法の下で上場会社等による後記(6)の公表の義務を発生させることとなる伝達の相手方、即ち、「重要情報の受領者」とされているのは、①「金融商品取引業者、登録金融機関、信用格付業者若しくは投資法人…又はこれらの役員等」及び②「当該上場会社等の投資者に対する広報に係る業務に関して規制対象となる情報の伝達を受け、当該情報に基づく投資判断に基づいて当該上場会社等の上場有価証券等に係る売買等を行う蓋然性の高い者」であり、これらの者の具体的な内容は内閣府令の規定によって定められるものとされ(改正後金商法27条の36第1項各号)、重要情報公表府令案では、情報受領者の範囲が、金融商品取引業者及び登録金融機関等並びに広報に係る業務に関して情報伝達を受ける株主及び適格機関投資家等と定められ、新聞社や通信社等の報道機関等は除かれている。

 即ち、上記①の類型の重要情報の受領者としては、典型的には、証券会社等のアナリスト等が該当することになると見込まれ、上記②の類型の重要情報の受領者としては、上場会社等のIRセミナー等に参加して重要な情報を受領する株主や機関投資家等が該当することになると見込まれる。なお、上記①については、重要情報の適切な管理のための措置が講じられている場合において、金融商品取引業に係る業務に従事していない者は、規制の適用が問題となる「重要情報の受領者」の定義から除外されることとされている。

 従って、例えば、金融商品取引業者としての登録を受けながら金融商品取引業以外の業務も行っている企業において、金融商品取引業を行っている部署と金融商品取引業以外の業務を行っている部署との間で情報遮断措置(いわゆるファイアー・ウォールの設定)が講じられている場合、後者の部署に所属する従業員等は、「重要情報の受領者」から除外されることになると見込まれる。

 (4) 規制対象となる重要情報

 改正後金商法の下で、その伝達が問題とされるのは重要情報、即ち、「当該上場会社等の運営、業務又は財産に関する公表されていない重要な情報であって、投資者の投資判断に重要な影響を及ぼすもの」とされている。なお、この重要情報については、改正後金商法27条の36第1項の文言上、政令又は内閣府令の規定によって詳細を規定することが想定されていないが、インサイダー取引規制の適用対象となる「業務等に関する重要事実」におけるいわゆるバスケット条項(「投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの」)よりは広い範囲の情報が念頭に置かれている。なお、この点、TFにおいては、金融商品取引業者等の法人関係情報の取扱いに関する規制(注3)における法人関係情報(「顧客の投資判断に影響を及ぼすと認められる」等の重要な情報)との関係よりは狭いものと整理する議論もなされていたところである(注4)

 実務の対応としては、インサイダー取引規制の適用対象となる「業務等に関する重要事実」に該当するものを基礎としながら、例えば、軽微基準の適用によってインサイダー取引規制の適用対象からは外れる情報についても、株価に重要な影響を及ぼすものについては規制対象となる重要情報に該当すると考えられることから、別途重要情報から除外されるもの(注5)を除き、一律に、改正後金商法下のFDルールの適用があるものとして取り扱っていくとの対応が考えられる。

 もっとも、ある情報が規制対象となる重要情報に該当するか否かについて明確な線引きは必ずしも存在しないが、この点は、TF報告も指摘するとおり、何が重要情報となるかに関しては、発行者と投資家の対話の中でプラクティスを積み上げることが期待されており、今後の実務の状況を踏まえて、実務慣行が確立されることが期待されている。

 なお、工場見学や事業説明会で提供されるような情報等の、他の情報と組み合わさることによって投資判断に影響を及ぼし得るものの、それ単独では直ちに投資判断に影響を及ぼすとはいえない情報(いわゆるモザイク情報)については、重要情報から除外する旨が、TF報告において示されており、FDルールガイドライン案においても同様の考え方が示されている(FDルールガイドライン案(問4)③)。

 (5) 規制対象となる行為

 改正後金商法の下で後記(6)の公表の義務を生じさせる行為は、「伝達」である。改正後金商法27条の36第1項の文言上、伝達の意味内容については詳細な定めがあるわけではないが、業務に関して行われる伝達のみが規制の適用対象となる。したがって、例えば、たまたま重要情報を知ってしまった従業員が友人にこれを話すような場合は、基本的には、業務に関して行われたものではないものとして、規制の適用対象とはならないものと考えられる(注6)

 また、上場会社等又は上場会社等である投資法人の資産運用会社の代理人又は使用人等が行う伝達については、「取引関係者に情報を伝達する職務を行うこととされている者が行う伝達」に限られるため、広報部門やIR部門で職務に従事している者が行う伝達のみが規制の適用対象となるものと解される。

 (6) 前記(1)の者に課される義務

 前記(5)の重要情報の伝達が行われる場合、原則として、その伝達と同時に、その重要情報を公表することが必要とされるが、伝達が意図的でない場合は、事後の速やかな公表が必要とされる。伝達が意図的でない場合については、改正後金商法27条の36第2項の文言上、内閣府令の規定によって具体的に定められることが想定されているところ、例えば、発行者としては伝達する予定のなかった重要情報を、その役員がたまたま話の中で伝達してしまったような場合が考えられる(注7)。公表の方法については、改正後金商法27条の36第4項の文言上「インターネットその他の方法」によることが求められているほか、詳細については、内閣府令の規定によって定められることが想定されている。この点については、重要情報公表府令案では、EDINETやTDnetのほか、その発行会社が自社のホームページに掲載する方法等が指定されている。但し、重要情報公表府令案では、自社のホームページに掲載する方法については、当該ウェブサイトに掲載された重要情報が集約されている場合であって、掲載した時から少なくとも1年以上投資者が無償でかつ容易に重要情報を閲覧することができるようにされているときに限るとされている(重要情報公表府令案10条5号)点、留意が必要である。

 公表義務については、例えば、証券会社に資金調達の相談をする場合など、正当な事業活動として重要情報の提供が行われることが必要な状況が想定される旨が既にTF報告において示されており、以下の場合には、適用除外となるものとされている。即ち、重要情報の受領者が、法令又は契約により、提供を受けた重要情報の公表前にその重要情報に関する秘密を漏らしてはならず、かつ、その上場有価証券等に係る売買等の取引をしてはならない義務を負う場合は、そのような受領者に対する重要情報の伝達は、公表義務の適用除外とされている。もっとも、重要情報の受領者が上記の義務に違反した場合は、上場会社等は、原則として、そのことを知った後、速やかに、その重要情報を公表することが必要とされる。

 なお、この重要情報を事後に速やかに公表すべき義務は、やむを得ない理由によりその重要情報を公表できないときは発生しないものとされているが、公表義務が発生しない場合については、改正後金商法27条の36第3項但書の文言上、内閣府令の規定によって定められるものとされており、重要情報公表府令案では、重要情報を公表することが、かえって投資家に不利益を及ぼすこととなるような場合、具体的には、①重要情報の公表によって、合併、会社分割、株式移転・株式交換、TOB、資本提携、業務提携等の遂行に重大な支障が生ずるおそれ(それらにつき進行中の交渉が決裂するおそれ)がある場合や、②重要情報の公表によって、有価証券の募集若しくは売出し又はこれらに類する行為の遂行に重大な支障が生ずるおそれがあるとき、が定められている(重要情報公表府令案 9条)。

 (7) 規制に違反した場合の効果

 規制に違反した場合、即ち、前記(1)の上場会社等が前記(6)の公表義務に違反した場合、改正後金商法の規定上、報告徴求及び検査並びに公表の指示等の行政的な処分があるほか、刑事罰の対象となることも定められている。もっとも、刑事罰が科されるのは、①報告の徴求に従わなかった場合(資料不提出を含む)、若しくは虚偽の報告をし、若しくは資料を提出した場合、②検査を拒み、妨げ、若しくは忌避した場合、又は③公表等の指示に係る措置をとるべき命令に違反した場合であり、まずは行政的な処分が先行することが想定されている。この点については、TFにおける議論の中で、指示等の行政的な処分よりも、まずは、行政的な話し合いによって公表を促すことが想定されている旨の指摘があり(注8)、TF報告においても、発行者による積極的な公表を促したにもかかわらず適切な対応が執られないときは、行政的に指示・命令が行われることになる旨が示されている。

 4 今後のスケジュール及び展望等

 改正法は、公布の日である平成29年5月24日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行されるものとされている。改正後金商法下におけるFDルールの詳細については、前述したとおり、本年10月24日付けで、金融庁から関係する政令、内閣府令及びガイドラインの案が公表され、現在、パブリック・コメントの手続に付されているところである。

 改正後金商法下におけるFDルールは、個人投資家や海外投資家を含めた投資家に対する公平かつ適時な情報開示を確保し、全ての投資家が安心して取引できるようにするためのものであり、その導入によって、かえって上場会社等が投資家との

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