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欧州企業買収オークション(入札)参加への戦略

木津 嘉之

欧州企業買収とオークション戦略
 ~欧州企業買収の手引き 其三
 欧州企業買収とオークション戦略~

西村あさひ法律事務所
弁護士 木津 嘉之

木津 嘉之(きず・よしゆき)
 弁護士(西村あさひ法律事務所所属)。2015年ユニバーシティカレッジロンドン(LL.M.)、2006年慶應義塾大学法務研究科(J.D.)、2004年慶應義塾大学法学部法律学科(LL.B.)修了。グライスルッツ法律事務所(フランクフルト)、ジド法律事務所(パリ)、キオメンティ法律事務所(ローマ)のM&A/コーポレートチームにそれぞれ1年程度在籍。帰国後、欧州案件対応を強みとして、国内外のM&A案件を含む、企業法務全般にアドバイス。

1 はじめに

 欧州における企業買収に関する入札(以下「オークション」ないし「企業買収オークション」)は、米国や日本におけるものと比較しても、買主候補に対する売主の交渉力を活かせるよう、手続が精緻かつ巧妙に練り上げられているものが多い。手続が厳格に管理されていることを捉えて、“controlled auction”と呼ばれることもある。

 筆者も、売主サイドも含め、複数の欧州企業買収オークション案件を代理した経験があるが、そこでよく目にするのは、日本企業が買主候補(以下「ビッダー」)となる場合において、オークションのプロセスに馴染みがなく、結果としてそのスピード感についていけず、オークションに負けてしまうケースである。特に、意思決定プロセスがボトムアップ型の日本企業においては、オークションのプロセスと留意点を知悉した上で、前広に案件対応を実施することが重要となる。以下、欧州(注1)における企業買収オークションの概要と留意点を概説する。

2 欧州における企業買収オークション手続の概要

 まず、欧州における企業買収オークションは、日本及び米国のものに比べて、手続が画一的なものが多い。そのプロセスは、一次及び二次ビッド並びに最終契約交渉フェイズに分かれる。一次ビッドにおいては、インフォメーション・メモランダム(IM)と呼ばれる簡易的な企業の概要資料(対象会社グループに係る基礎的な情報に関する資料。戦略、事業計画及び価格算定に関するものを含む)が配布され、当該資料に記載された情報を主な参考資料として、各ビッダーが、買収価格を含む提案内容を検討することとなる。各ビッダーは一次ビッドの最後に法的拘束力のない(ノンバインディングの)一次提案書を提出し、当該提案が通過すると二次ビッドのプロセスに参加することができる。

 二次ビッドにおいては、より詳細な対象会社に関する資料/情報へのアクセス権が付与される。まず、クラウド上に設置されたデータルーム(VDR:ヴァーチャル・データルーム)において、対象企業のより詳細な一次資料及び情報が開示されることは、日本及び米国の実務と同様である。これに加えて、ヴェンダー・デューディリジェンス・レポート(売主が買主のために作成した対象会社グループに関する監査報告書。法務、会計及び税務について準備されることが多いが、対象事業の内容次第では、コマーシャル、許認可及び環境等のレポートが準備されることもある。以下「ヴェンダーDDレポート」)が、売主によって準備され、買主に提供されることが一般的である。売主がヴェンダーDDレポートを準備することにはいくつかの意義がある。まず、売主がデューディリジェンス(以下「DD」)を独自に実施することにより、売主が、買収対象となる事業に関するリスクを予め理解し、かかるリスクを勘案した上で、自己に有利な価格/契約条件を交渉することができるというメリットである。また、これに加えて、当該レポートの内容(の一部)が買主にも共有されることにより、ビッダーが当該オークションに参加する敷居(例えば、DDコスト)を低くすることで、参加するビッダーの数を増加させ、ひいては、売主が交渉力を強化することができる。更に、当該レポートをビッダーに開示することにより、各ビッダーからの質問数を限定することができる等、売主及び対象会社サイドからすると、結果として効率的な売却プロセスになることも多い。具体的には、欧州のオークション実務としては、既にヴェンダーDDレポートが開示されていることを前提として、各ビッダーからの質問数を全体で150~200問程度に限定し、一週間に提出できる数も30から50問等と制約するケースも少なくなく、これによりビッダーから生じる多数かつ類似の質問に対する回答を、売主及び対象会社グループの担当者が対応する必要がなくなる。かかる制限により、対象会社グループの事業運営に大きな支障を出すことなく、全体のプロセスを進めることができることになる。もっとも、売主が準備したヴェンダーDDレポートは、ビッダーにとってみると、自己が委託した契約事業者ではないことからこれに依拠することが必ずしも容易ではないこと(注2)、また、必ずしも、ビッダーが想定しているストラクチャーを前提にビッダーとして必要なリスクアセスメントの範囲をカバーしていないことから、ビッダーとしては、これとは別途のDDの実施が必要となる点には注意が必要である。

 次いで、ビッダーは、二次ビッドの期間終了時までに、法的拘束力のある提案書を提出することを要請される。また、二次ビッドのプロセスの間に、関連する取引契約書(株式譲渡取引の場合は、株式譲渡契約書)のファーストドラフトが、売主サイドのアドバイザーを通じて、ヴァーチャル・データルームにアップロードされ、当該二次ビッドの期間終了(又は、事前の交渉ができるよう2週間程度前)のタイミングにおいて、当該取引契約書へのマークアップ(コメント)の提出が求められる。

 二次ビッドに勝ち残った場合は、最終プロセスとして、ビッダーは、売主との間で、取引契約書の締結に向け、交渉を開始することとなる。かかる最終プロセスにおいては、一定の期間について、排他的交渉権が付与されることもある。

 なお、近時の欧州オークションの傾向としては、ビッド・プロセスにおいて、表明保証保険の利用が検討することが前提とされることが少なくない。特に、売主がPEファンド(Private Equity Fund)であるような場合、売主がクロージング後に一切の表明保証責任を負わないよう(クリーンエグジット(注3))、買主に表明保証保険を付保するよう求める傾向がある。このような場合、オークションを主導する売主は、保険ブローカーを通じて、数社の保険会社から、買主が購入することとなる保険内容の見積りを取得する。具体的には、想定される付保金額及び保険対象項目を前提として、保険料についての見積り(NBI:ノン・バインディング・インディケーション)を取得し、当該見積提案を纏めた資料(ノン・バインディング・インディケーション・レポート)を、保険ブローカーから取得する。その上で、オークションのプロセスにおいて、売主は、当該見積提案書をビッダーに開示し、当該保険ブローカーをビッダーに紹介し(注4)、各ビッダーが、当該保険ブローカーを通じて、保険会社の中から一社を選択し、表明保証保険の付保を検討することとなる。

3 欧州における企業買収オークションに関する留意点

 上記オークションプロセスについて、以下の点に注意が必要である。

 まず、オークションには時間の制約があることから、当該オークションプロセスを完全に理解した上で、迅速に対応策を決定する必要がある。例えば、日本におけるM&Aでは余り馴染みがないヴェンダーDDレポートではあるが、これが開示された場合、どのような点については当該レポートに依拠することができるのか、また、買主としてどの程度追加の監査を実施するか、迅速な検討が必要となる。さらに、表明保証保険を付保する場合、買主側のDDの範囲によって、かかる保険のカバレッジが変わることがある(注5)ため、保険の付保範囲に関する検討も重要である。

 また、売主側に有利なDDプロセス及び売主にフレンドリーな取引契約のファーストドラフトについて、どのようにコメントすべきかについては慎重な検討を要する。かかる観点からは、まず適切かつ効率的なDDによる状況の把握が必要となる。前述のとおり、欧州のオークションにおいては、DDにおける質問が著しく限定されることが少なくない。かかる質問の代わりに売主のアドバイザーへのヴェンダーDDレポートに関する質問セッションが設けられることもあるため、買主としては、このような機会を最大限活用しつつ、質問の優先度に基づいた効率的な案件対応が求められる。

 さらに、ビッダーとしては、将来の契約条件に係る交渉も見据えた上で、どのように魅力的な提案内容を組み立てるのかが重要である。買主としては、一定の範囲で売主側の要請は受け容れることで提案を魅力的なものにしたいのは山々であるが、最終契約の交渉において買主側として必須と考える買主保護のための条項を相手方に受諾させるための布石を何ら打つことなく提案を行った場合、最終的には不利な契約条件を呑まざるを得ないこととなる。このような事態を可及的に防止する観点からは、ビッダーとしての交渉ポジションを的確に把握した上で、最終的な契約交渉における落とし所も踏まえて、適切な提案を行うことが肝要である。例えば、欧州のオークションプロセスにおいては、売主側が案件実行の確実性を重視する傾向があり、米国及び日本におけるM&A案件と異なり、著しく前提条件(condition precedent)が制限されたファーストドラフトが提示されることが多い。このような場合に、米国及び日本におけるM&A案件では一般的に売主側にも許容される条項(例えば、重大な表明保証違反、義務違反、MACが生じた場合にwalk awayを認める旨の条項)についてどのようなコメントを返すかについては、慎重な検討が必要となる。

 最後に、表明保証保険の付保が求められた場合にどのように対応するかという視点も欠かせない。表明保証保険も万能策ではなく、買主がカバーしたい全ての表明保証事項及び特別補償事項がカバーされる訳ではない。例えば、欧州の一般的なM&Aのための表明保証保険においては、DDの過程で買主が認識している事実及びヴァーチャル・データルームで開示された資料に記載されている事実は保険によってはカバーされず、また、環境汚染、年金基金積立不足、一部の国におけるコンプライアンス違反といった、日本企業がいつも頭を悩ませるような内容も、一般的適用除外として、表明保証保険によってはカバーされないことが一般的である。売主に対して一定程度のリスク・責任の負担を求めることを含めて、事前の十分な検討が必要である。

4 結  語

 欧州における企業買収オークションにおいては、日本及び米国におけるそれらとは異なった実務慣行を考慮した迅速な対応が求められる。日本企業は、往々にして意思決定に時間を要することもあり、オークション戦略を事前に十分に練り上げておくことが必要である。対応の遅延は、ビッド・プロセスにおける選考にも大きな影

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