メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

新型コロナウイルス対策でフランスが会社法関連の緊急立法

菅 悠人

新型コロナウイルスの感染拡大を受けた
フランスにおける会社法分野の緊急対策立法

 

弁護士・フランス共和国弁護士・NY州弁護士
菅 悠人

菅 悠人(すが・ゆうじん)
 2009年弁護士登録。2008年東京大学法科大学院卒業。2016年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)、2017年パリ第二大学修士課程卒業(LL.M. de droit français, européen et international des affaires)。2017年フランス・パリ弁護士会登録、2018年ニューヨーク州弁護士登録。2017年より2018年までウィルマーヘイル法律事務所(ロンドンおよびブリュッセルオフィス)へ出向。
 周知のとおり、フランスにおいては日本よりも早い段階で新型コロナウイルスの感染が急速に拡大した結果、2020年4月17日時点で感染が確認された人数は147,101名、死者数も17,920名にのぼる(注1) 。感染拡大を受けて、マクロン大統領は3月17日よりフランス全土に向けて厳格な外出制限措置(confinement)を施行し、通常の経済活動も含めたフランスの国民生活は大幅な制約を受けることとなった。新型コロナウイルスの感染が蔓延する状況の下での株主総会の開催方法などについては、感染が拡大しつつある日本においても関心を集めているところ、フランスでは3月末に会社法分野の緊急対策立法が成立し、これに基づき株主らが会場に出頭することなく株主総会を実施できることなどの対応について法的な手当てが定められた。

1 緊急対策立法の概要

 フランスで成立した緊急対策立法の内容は、議会で可決された法律と、当該法律に基づいて政府が制定したオルドナンス(政府が制定する行政立法の一種で、一定の制約の下で法律と同等の価値を持ち得るとされるもの)からなる。

 まず、議会で可決された法律としては、2020年3月23日に議会で可決された「COVID-19感染の緊急対処に関する2020年3月23日付け法律第2020-290号」がある(注2) 。この中で定められた事項のうち会社法分野に関連するものとしては、当該法律の11条II項2号(f)において、感染拡大防止のため、会社等の株主総会を招集・開催するための条件その他株主総会に係る特則を定めるためのオルドナンスを制定する権限を政府に与えると定められていることが挙げられる。また、当該法律の11条II項2号(g)においては、政府に対して、会社等が提出または公表しなければならない決算その他の書類の公告・承認・監査等の期限および配当などの利益の分配に係る特則を定めるためのオルドナンスを制定する権限も与えられている。

 法律に定められた上記の各権限を受けて、政府は、株主が開催場所に出頭(物理的に出席)しない株主総会を許容することなどを定めた2020年3月25日付けオルドナンス第2020-321号(注3) と、会計監査や決算承認の期限を3ヶ月延期することを認める内容を定めた同日付けオルドナンス第2020-318号(注4)の2つのオルドナンスを制定している。

 上記のほか、上場会社に関しては、フランスの金融市場庁(Autorité des marchés financiers)が、3月上旬以降、上場会社の株主総会の開催方法や開示規制への対応等について指針を示したプレスリリースを複数公表してきていることも注目に値する。

2 株主総会の開催方法等に関する特則

 フランスの会社法制の下では、有限会社(société à responsabilité limitée)においては株主総会に関して書面決議を取得する方法も認められるものの、株式会社(société anonyme)の場合には実際に株式総会を開催しなければならないとされている。しかしながら、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、オルドナンス第2020-321号は、感染拡大を受けた一時的な措置として、この点について複数の特則を設けている。

 まず、当該オルドナンスは、株主総会の招集日または開催日において、保健衛生上の理由により集会等を禁止または制限する行政上の措置がなされている場合には、会社は株主が出頭しないまま株主総会を開催(いわゆるbehind the closed doorsの態様によるもの、以下「株主不出頭方式」という。)するか、または電話会議もしくはビデオ会議の方式(以下「電話・ビデオ会議方式」という。)により株主総会を開催することができると定めている。これらの開催方法を採用する場合、会社は、株主に対し、株主総会の日時および議決権行使方法についてあらゆる手段を用いて通知しなければならない。当該オルドナンスでは、既に通常の開催方式による株主総会の招集通知を発出してしまった場合であっても、株主総会開催予定日の3営業日前までに全ての株主に対して有効に通知(上場会社の場合には、可能な限り早い段階でプレスリリースを公表することにより通知)すれば、株主不出頭方式または電話・ビデオ会議方式による株主総会を開催することができ、これにより開催方式ないしは開催場所の変更が生じたとしても招集手続上の瑕疵とはならないことが明文で定められている。

 電話・ビデオ会議方式を採用する場合、会社は、株主総会に参加する株主でその身元を特定できる者については、これを定足数および過半数の算定に組み入れることができる。もっとも、技術的な障害が生じ得ることから、上場会社においては、特にビデオ会議の方式を採用することは実務上は困難との見方もある。また、金融市場庁は、いずれの開催方法による場合であっても、上場会社の場合には、インターネットでアクセスできる形式の映像または音声により、株主総会の進行の様子をリアルタイムで株主に提供することを推奨している。

 株主不出頭方式または電話・ビデオ会議方式により株主総会を開催する場合、株主の議決権行使は、①書面による議決権行使、②議決権の代理行使、③インターネット上で安全性を確保したオンラインプラットフォームを通じた議決権行使、というフランスの会社法制で認められている遠隔地からの議決権を行使する3つの方法のいずれかによることになる。また、これらに加えて、電話・ビデオ会議方式の場合には、音声・映像を通じて議決権を直接行使させることも可能であるが、上記のとおり、上場会社の場合にはビデオ会議の方式は実務上困難とされる可能性が残る。

 上記のほか、金融市場庁は、上場会社が株主総会において感染拡大を受けた一時的な措置を講じる場合のグッドプラクティスの一環として、①株主のメールアドレスが判明している場合にはなるべく電子メールも使用して株主へ必要事項の連絡を行うこと(但し、電子メールによる連絡は、あくまで非公式なものであり、郵送による法的な通知義務の履行に代わるものではない)や、②株主不出頭方式による株主総会を開催する場合には、会社が株主総会の開催前に株主からの書面による質問を受け付けるべきことなども推奨している。

3 会計監査および決算承認等の期限の延期に関する特則

 日本と同様、フランスの会社法制においても、会社は、事業年度の終了後一定の期間内に定時株主総会を開催し、決算の承認を受けなければならないものとされている。すなわち、株式会社および有限会社は、定時株主総会を事業年度の終了後6ヶ月以内に開催しなければならず、定時株主総会において決算の承認を受けなければならないことが法律により定められている(注5)

 この期限に関して、今般制定されたオルドナンス第2020-318号は、感染拡大を受けた一時的な措置として、法律で定められた決算の承認を受けるための定時株主総会の開催期限を3ヶ月延期することを定めている。この定めは、2019年9月30日から、法律第2020-290号で定める衛生緊急事態の終了から1ヶ月が経過する日(今のところ2020年6月24日)までの間に事業年度の終了を迎える会社に対して適用される。このため、12月を決算期とするフランスの会社の多くは、通常であれば6月末までに定時株主総会を開催するところ、当該オルドナンスの定めにより、2020年の定時株主総会は、9月末までに開催すれば足りることになる。

 但し、フランスにおける配当は、いわゆる期末配当が原則的な形とされ、通常であれば会社は定時株主総会で会社の決算の承認を受けた上で配当額を定める決議も可決し、配当することとなるところ、期末配当は事業年度の終了後9ヶ月以内に行わなければならないこととされている(注6)。この9ヶ月以内という期末配当の期限については今回の緊急対策立法によっても変更されていない。このため、配当を実施しようとする会社にとっては、オルドナンス第2020-318号が定める決算承認等の期限の延期に依拠したとしても、配当は通常の期限までに実施しなければならないことから、決算承認等の期限の延期に依拠するメリットは少ないとも指摘されている。

4 その他(買収防衛策等)

 今回の緊急対策立法に明示的な定めは設けられていないものの、今回の新型コロナウイルスの流行において、目下のところ欧州は世界的に見ても特に大きな経済的影響を受けていることから、欧州では、今後、株価の下落に伴って、欧州企業がより一層、中国をはじめとする外国企業による敵対的買収の標的になるとの懸念も広がっている。

 既に欧州委員会は、2020年3月25日付けで、今般の状況においては欧州の戦略的資産(医療・ヘルスケア分野の資産等)に対する外国企業の買収により、欧州市民の重要な医薬品・医療品等に対するニーズにマイナスの影響を及ぼし得る場合には、外国投資規制を積極的に活用してこれを防止すべきことを示したガイドラインを公表している(注7)。この問題をめぐっては、欧州委員会のフォンデアライエン委員長やベステアー競争担当委員も積極的に発言しているほか、フランスのルメール経済財務大臣も、フランス企業を守るために必要な場合には「躊躇なくあらゆる手段を講じる」と述べており、関心の高さが窺える。

 各国における外国投資規制の強化は近時の世界的な潮流となっているところ、フランスでも、2018年から2019年にかけて外国投資規制関連法令の改正を行っている(注8)。この先、実際にフランスでも外国企業による敵対的買収が増加した場合には、会社法分野も含めて更なる緊急立法等が行われる可能性も十分に考えられる。今後の動向が注目される。

 ▽注1: 米

・・・ログインして読む
(残り:約1535文字/本文:約5735文字)