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公益通報者保護、日本の改正法と英欧法制の比較、企業経営者への影響

遠藤 元一

グローバル公益通報者保護制度における改正公益通報者保護法の位置付けと企業経営者に及ぼす影響

東京霞ヶ関法律事務所 弁護士
遠藤 元一

遠藤 元一(えんどう・もとかず)
 東京霞ヶ関法律事務所 弁護士
 東京大学卒業、第二東京弁護士会所属、立教大学法科大学院(非常勤講師)、上智大学法科大学院(非常勤講師)。
 一般社団法人GBL(グローバルビジネスロー)研究会理事、日本内部統制研究学会理事等。

1 はじめに

 公益通報者保護法を改正する法律(以下「改正法」という)が本年6月8日に成立した。もともとの法律は2006年4月に施行され、施行後5年(2011年3月末)を目処に施行状況を検討し、その結果に基づき必要な措置を講じるとの附則2条があったが、にかかわらず、施行後14年もの間、改正がなされなかった経緯がある。すなわち、この10年、施行状況を踏まえた具体的な検討等が重ねられ、消費者委員会公益通報者保護専門調査会が2018年12月に「公益通報者保護専門調査会報告書」(以下「専門調査会報告書」という)を公表し、自民党消費者問題調査会公益通報者保護制度に関するプロジェクトチーム(PT)が2020年2月に「公益通報者保護制度の見直しに関する論点取りまとめ」をとりまとめ、それを踏まえて法案が策定され、衆・参議院の消費者問題特別委員会でそれぞれ附帯決議を付した上で成立した。施行日(成立から2年以内の日として政令で定めた日)までに、別途策定される指針を踏まえて改正法11条の「内部通報に適切に対処するための体制」をどのように整備するか等、実務の当面の関心も重要だが、公益通報保護に関する世界的な潮流の中で改正法の位置付けを確認し、残された課題を認識することも有意義であろう。このような関心から、本稿は、⑴海外の公益通報者保護に関わる代表的な2つの法制と比較して改正法の課題を明らかにするとともに、⑵改正法が企業の取締役・監査役等の行動にどのような影響を及ぼすかについても検討したい。

2 社会正義に基づいた公正な経済社会の形成に寄与する公益通報の保護の法的枠組みとして残された課題

 第1に、公益通報についての法制に関する世界的な潮流の中で改正法がどのように位置付けられるかを検討する。2006年の施行から改正までの14年間に国際社会では公益通報をめぐって以下のような動きがあった。.

  1. 2010年11月の主要国G20の首脳宣言附属書で、汚職・腐敗を防止するために設定されたアジェンダの中の1つに公益通報者の保護についてのルールの制定が盛り込まれ、「汚職・腐敗防止」の観点から重要な情報源である公益通報の保護の推進が不可欠であるとの認識が浸透し、また、
  2. 2013年のエドワード・スノーデン氏による米国家安全保障局(National Security Agency)に関する内部告発等を契機に「安全保障」の観点から安全保障分野での公益通報者保護の議論が活発化した。さらに
  3. 国連人権理事会の2015年9月の「意見表明と表現の自由に関する保護の促進」で、公益通報者の保護の重要性が謳われる等、公益通報が社会正義に基づいた公正な経済社会の形成に寄与する重要な意義を有するとの認識が世界的に浸透した。

 その結果、公益通報を法的に保護する機運がグローバルに高まり、モデル法、ガイドラインの制定や公益通報の保護の法的枠組みの導入や底上げが各国や経済領域において見られる状況にある。

 このような潮流の中で、今回成立した改正法をどう位置付け・評価するかを判断するには、日本の公益通報者保護法のモデルとなった英国の「公益開示法」(Public Interest Disclosure Act 1998)の改正法と、2019年10月に欧州連合(EU)理事会により承認され、今後のグローバルスタンダードになると想定される「EU公益通報者保護指令」(注1)の2つの法制度を座標軸とした対比が重要であろう。①通報対象事実、②通報先と各々の保護要件、③報復からの保護範囲・報復に対する救済、④通報への報復をした者に対する制裁、⑤資料収集の刑事責任、⑥不利益取扱いが通報を理由とすることの立証責任、⑦通報者の支援体制について、それらをおのおの比較すると、次のように整理することができる。

 まず、改正英国開示法(注2)は、①通報の対象事実を限定せず、犯罪だけでなく法的義務違反も広く対象とする。②内部通報に比べて外部機関への通報にはより厳格な保護要件が課されており、内部通報を重視する一方で外部通報の道も確保しておくことが事業者利益につながるとの考えに依拠した制度設計となっている。③通報を理由とする「いかなる不利益な取扱い」「通報することに恐れを与えるもの」等も含む広範な禁止事項を定め、報復に対する交渉、示談、司法救済等の包括的な救済に係る規定がある。④報復者に対する刑事罰の制裁はないが、雇用裁判所を通じて不利益取扱いをした使用者に対する民事制裁で対処される。⑤通報者が通報に伴い何らかの刑事上の罪を犯した場合、当該事由に基づき刑事責任が追及される可能性は否定されないが、実務上の運用では、通報者が誠実に通報した場合、刑事責任が追及される可能性は非常に低いとされている。⑥不利益取扱いが通報を「理由とすること」に係る立証責任は、当該不利益扱いが正当な理由に基づくことを使用者が立証しなければならないという意味で、使用者に課される。⑦通報者の支援体制について公益開示法に規定はないが、公益活動団体及びロビーイング団体であるProtect(注3)が公益通報と公益通報者のための支援と保護を増進させるために精力的に活動し、また、MIRS(Manx Industrial Relations Service)も公益通報者のバックアップを講じており、これらの団体により支援体制が整備されている。

 次に、EU公益通報者保護指令は、①通報対象について、EU法令の遵守を目的として様々な分野のEU法令に関する公益通報を対象とした具体的な対象法令リストを附則に列挙している。②内部通報が推奨されるが、外部通報(注・日本の公益通報者保護法の「2号通報(規制権限を有する行政機関に対する通報)」に相当する)との優先関係はない。また、原則として内部通報又は外部通報を先行し、それらによる是正が困難あるいは通報後に報復を受けるおそれがある場合等は、公の開示(注・日本の公益通報者保護法の「3号通報(被害拡大防止につながる報道機関など広い外部への通報)」に相当する)が可能となるような制度設計とする。③通報者の停職・降格・転勤・減給・有期雇用契約の更新停止等の報復を禁じ、報復から通報者を保護する措置を講じることが義務づけられる。④通報の隠蔽、通報への報復等は罰則を規定する。⑤通報を裏付ける資料の収集行為は単体で犯罪を構成するものでない限り、責任は生じない。⑥通報者が通報又は公の開示を行いかつ不利益取扱いを受けたことを立証した場合は、当該不利益取扱いは通報又は公の開示に対する報復のために行われたものと推定される。⑦通報者は、報復からの保護手続・救済手続について情報提供と助言を受けられ、所轄官庁から効果的な援助を受けられる等、通報者の支援体制が整備される。

 以上に対し、日本の改正法は、①通報対象事実の範囲を犯罪行為と行政罰違反(過料の理由とされている事実)に拡大したが、法目的(2条3項1号)による範囲の限定は維持している。②行政通報(2号通報)の保護要件に、真実相当性がなくても通報者が氏名、法令違反の事実の内容を書面で明らかにした場合を追加し、報道機関などへの3号通報が保護される場合に、通報者の特定につながる情報を故意に漏洩した場合、財産に対する回復困難な危害・重大な危害がある場合を追加する等、通報の保護要件を緩和しつつも、内部通報・行政通報・報道など外部通報と段階的に保護要件を加重する仕組みは維持している。③解雇、降格、減給等の不利益取扱いは禁止され、公益通報を理由とした損害賠償責任を負わないことの規定はあるが、それ以外は民事一般法の原則通りであり、報復からの保護範囲・救済は限定的である。④報復行為をしたことに対する行政措置も刑事罰も導入されていない。⑤公益通報を理由とした損害賠償責任を負わないとの規定はあるが、刑事責任についての特段の規定はなく、違法性を阻却する一般規定での対処に委ねられる(裁判例に委ねられるが、公益通報者保護法の解釈に言及した裁判例は少ない)。⑥通報を理由として不利益取扱いを受けたことの立証責任を事業者側に転換する規定はない。⑦公益通報者保護法には、支援体制に関する規定はなく、実態としても公益通報を支援する体制が整備されているとはいえない。

 日本の公益通報者保護法は、英国の改正公益開示法やEU公益通報者保護指令その他の公益通報の保護に関わる法制を参照し検討しながら改正が行われている。しかし英国の改正公益開示法やEUの公益通報者保護指令等のグローバルスタンダードな法的枠組みとの間でどの項目で、どのような理由から相違が残されているかを条文や専門調査会報告書、衆・参議院の附帯決議等を手がかりに確認することは有用である。報復に対する刑事罰の導入が見送られた点に絞って検討すると、専門調査会報告書は、行政措置として、助言・指導での任意の是正を促し、その上で重大かつ悪質な事案には勧告、勧告に従わない場合に公表を行うことが適当であり、命令制度の導入や刑事罰は今後必要に応じた検討にとどめている。所轄官庁側に人的リソース、公益通報者保護法や労働関係法令に関する執行実績がないこと等も、命令制度・刑事罰の導入を控えた背景にあることも窺われる(報告書34~35頁)。しかしながら、報復を受けた通報者の事後救済の充実も重要であるが、公益通報を促進するには、報復されるリスクを事前に低減する仕組みを構築して安心して通報できる環境を整えることがより重要であり、そのためには(今回の改正法では行政罰の導入が見送られたことを考えると、導入のハードルは高いが)報復を刑事罰で抑止することが必要不可欠である。というのは、通報対象事実に該当する深刻な違法行為は企業に利益をもたらすことも多く、通報者が深刻な違法行為を通報した場合、外部に知られないうちはその段階で事実を隠蔽し、外部に通報された場合でもその時点から証拠隠滅等を行うことでその後に生ずるダメージを最小限化し、それと同時に通報者に対する報復措置を行うインセンティブが企業側にはあるため、違法が直ちに是正されることを期待することが困難ではないかと考えられる。実際、FOI(大規模な粉飾決算を繰り返しながら監査人による監査、引受証券会社による引受審査、取引所による上場審査の三重審査のチェックをすべてすり抜けてマザーズに上場した後わずか半年足らずで上場廃止した会社で、上場前に主幹事証券会社及び取引所等に匿名の告発文書を送付したとされる内部監査室長が会社の圧力で配置転換・退社へと追込まれた)、JDI(本年4月13日付の第三者委員会報告書には、財務部所属の社員がCEO宛にコーポレート部門幹部が原価を操作していたことを通報し、約82億円の仕掛品の評価替えがあることを示す電子ファイルがあることを発見した事をメールで報告したが、CFO管轄下でのレポートラインで対応し、外部弁護士を起用して始めた調査も会社側が協力しないために立ち消えとなったことが書かれている)など、企業がそのような行動をとった実例も散見される。

 刑事罰は一般予防、特別予防の見地から有用なエンフォースメント手段であることは周知のとおりであり、公益通報を促進するには、通報者の保護の実効性を担保するため、事業者に対する刑事罰という形で担保されることが不可欠である。英国の公益開示法も刑事罰の規定はないが、英銀バークレイズのCEOが内部告発者の身元を特定しようとしたことに対し、英金融行動監視機構(FCA)と健全性監督機構(PRA)は、同CEOに罰金の支払命令を命じる等、通報妨害行為に対し強力な制裁を発動する実務を果敢に行うことで問題点を克服しようとしている点に留意する必要がある。公益通報を促進するためには、公益通報対応業務従事者(であった者を含む)に通報者を特定させる情報の守秘を義務付け(12条)、同義務違反に対する刑事罰を導入する(21条)との限定的な手当にとどまることなく、公益通報への報復を行うことに対し、所轄官庁の「サイロ化」した状況を克服し、関係省庁と横断的に連携・協力して積極的に各々所管する法執行のための手段を行使し、さらには報復されるリスクを事前に低減することを担保する仕組みとして報復への刑事罰を導入することが望まれる。

3 取締役・監査役等の行動に及ぼすことが想定される影響

 第2に、改正法は、企業の取締役・監査役等の内部通報・公益通報に対して企業の取締役・監査役としてとるべき対応にどのような影響を与えるか、を考察したい。

 どの程度の範囲でどのような通報体制を整備するかについて会社法は取締役の裁量に委ねている(裁判例も取締役の裁量を認めるものが多く見られる)。しかし、改正法11条は常時使用する労働者数が300人超の事業者に対し、内部通報(3条1号、6条1号所定の公益通報)に適切に対処するために必要な体制の整備等(窓口設定、調査、是正措置等)を義務付け、その実効性を担保するために行政措置を導入した(15・16条)。他方、会社法は、取締役は、善管注意義務の内容として相当な内部統制システムを整備する義務を負うことを前提に、大会社及び委員会型の株式会社に対して内部統制システムの整備を決定することを義務付けている(会社法362条4項6号・5項等)。内部通報体制は、会社の業務が法令等に適合するよう行われることを確保する体制(会社法362条4項6号、会社法施行規則100条1項4号等)として内部統制システムの内容の1つを構成すると考えられるが、改正法は、会社法では取締役の裁量にゆだねられている体制の整備につき一律のボトムラインモデルの構築・運用を内部統制システムの中にビルトインするものといえる。11条の「内部通報に適切に対処するための体制」の内容については別途策定される指針で明らかにされることが予定されているが、どの範囲でどのような水準の体制の整備が必要かが具体化され、企業側の裁量に委ねられる範囲は相当狭められることが想定される。

 次に、行政通報の要件が緩和されたこと(3条2号・3号)、取締役・監査役等の「役員」も、通報者に加えられ、調査是正措置をとることに努めた上で、あるいは調査是正措置を前提としなくても、一定の加重された要件を満たす場合は、行政通報・外部通報が可能とされたこと(6条3項)がもたらす影響も大きいと考えられる。

 取締役は、内部通報に適切に対処する体制を実効的に機能させるべく職務を遂行する義務(運用義務)を負い、また、違法・不正の兆候・端緒に気がついたときは、取締役会に報告して取締役会を通じて事実関係等を調査し、違法・不正な事実がある場合にはそれを是正する義務(違法[確認]調査・是正義務)を、監査役等は、違法・不正の兆候・端緒に気がついたときは、調査権限を行使する等して、違法な業務執行行為があるときはそれに適切な対処をして会社の損害発生を防止する義務(違法[確認]調査・対処義務)を負っている(取締役につき福岡高判平成24・4・13金判1399号24頁。東京地判平成28・7・14判時2351号69頁、東京高判令和元年5・16金判1585号12頁等も所与の前提としている。監査役等につき最判平成21・11・27金法1909号84頁)。

 行政通報、外部通報の要件が緩和された改正法の下では、内部通報を真摯に受け止め、適切に対処して自浄作用を発揮しないと行政通報、外部通報がなされる可能性が高まることが予想され、その場合、所轄官庁からの報告徴求、課徴金等の行政処分、取引所による措置、メディア対応等に忙殺される等、企業の意思とはかかわりなく事態が進展し、市場の信認を回復するために自律的に対処することが困難な窮境に陥る事態になりかねない。

 実際に通報窓口(通報対応業務従事者)に通報がなされた場合、通報受付から調査、是正措置が行われる全プロセスが公益通報対応業務従事者により適切に対処できているかを注視し、必要があれば問い合わせ・確認する等してバックアップし、また、通報対応業務従事者による対応のみでは迅速に実効的な対応が困難と判断される事案では、取締役は、取締役会として調査を実施すべきことを提案・実施し、監査役は監査・調査権を行使することが求められる。さらに取締役・監査役自らが、調査是正措置を講じることが困難な場合に、匿名での内部通報(公益通報者保護法の条文は匿名での通報を制約する構造となっていない)や行政通報、外部通報の選択肢を行使することも、善管注意義務を果たすために求められる場合も考えられる。

 このようにみてくると、通報窓口(通報対応業務従事者)が内部通報を受付けた局面や、役員として通報を検討するような局面では、取締役・監査役等が採りうる選択肢・手段についての裁量が相当に狭められ、通報を契機として違法・不正を調査し、是正あるいは損害発生防止のための措置を講じることが従来よりも促進されると考えられる。

4 終わりに

 2で

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