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[5]原発という無意識

エドガール・モラン「オルレアンのうわさ」

外岡秀俊 ジャーナリスト

 やはりそうか。それが、報道に接した第一印象だった。私が拠点にしている北海道でも8月末に、全国で問題になった「やらせメール」が発覚し、停止中の原発の再起動に黄信号がともったのである。

泊原発

 北海道にある唯一の原発は、日本海側に突き出る積丹半島の西の付け根、人口1900人の泊(とまり)村にある北海道電力・泊原発である。ここには1989年に運転を開始した1号機、91年の2号機、2009年の3号機と3機の原子炉が建ち、北電が道内に供給する電力の4割を占めている。もともとは夕張と同じく、地元の茅沼炭鉱閉山で過疎化が進んでいた地域だった。

 泊原発の1号機、2号機は定期点検のために停止中だが、3号機は今年3月7日に原子炉を再起動して調整運転を開始していた。そこに東日本大震災が起きたため、通常は1カ月の調整運転が、5カ月余も続いていた。

北海道電力の泊原発。左から1、2、3号機=北海道岩内町

 「調整運転」とは、いわば試運転に近い。形式的にはまだ定期検査中だが、実際は原子炉を起動して、フル稼働して電力を供給している中間的な段階だ。

 菅直人前政権は7月、国内の全原発について、地震や津波にどこまで耐えられるかという「安全性評価」(ストレステスト)を実施すると発表した。

 ところが、この評価は2段階にわかれ、1次は定期検査を終えた後の原発、2次は運転中の原発も含めて実施すると発表した。中間段階の泊の場合は、そのどちらに入るのか。北電、道庁、政府は、その解釈をめぐって混乱した。結局、政府が「泊原発3号機は、すでにフル稼働しているので、実質は営業運転と同じ」という趣旨の見解を示し、2次評価の対象に含めるとして、8月17日に営業運転が始まった。その結果、泊原発3号機は、東日本大震災以後、全国で初めて営業を再開した原発ということになった。

 「ストレステスト」は、もともと金融界で使われた用語で、金融危機以降、銀行などの健全性をチェックする「特別検査」を指す言葉として使われた。欧州連合(EU)は今年5月、福島原発の事故を受け、この用語を原発に転用し、域内の全原発について、自然災害やテロに対する安全性を審査することを決めた。

 5月下旬にフランスで開かれたG8サミットでは首脳宣言で、「原子力の安全性が、取り組むべき最優先課題」であり、「各国が安全性評価に乗り出したことを歓迎する」とうたった。これを受けて6月7日にパリで開かれた原子力安全に関する閣僚級会合でも、福島原発の事故を受け、すべての国でストレステストを実施するよう求める議長総括をしている。

 いわば、これがフクシマ以後の世界の潮流であり、事故の当事国である日本が、遅ればせながらストレステストに踏み切ったのは当然である。

 だが国内では「唐突だ」「聞いていない」との大合唱が起きた。とりわけ、直前にいったん海江田万里経産相が「安全宣言」を出し、夏までの再開を目指していた九州電力・玄海原発の地元佐賀県や玄海町は、「テストが終わるまでは再開しない」という菅首相の発言に、混乱した。その原因は、3・11以後、原発の安全性をめぐる世界の潮流が、いかに大きく変わったのかを伝えなかった政府の説明責任の欠如にあり、経済界の要請を受けて原発再開を急ぐ経産省と、「脱原発」に傾く菅首相とのせめぎあいが、閣内不一致のかたちで露呈したからだ。

 だが、その混乱にさらに拍車を駆ける問題が起きた。

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