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「暴力団組員」である一人の青年「カフカ君」

小野登志郎 ノンフィクションライター

 父親との激しい殴り合いどころか対話すらなく、自分と息子との境界線の曖昧な母親に育てられ、男として存在する自分の男性性や攻撃性について、少なからぬ大きな困難を抱えた現代のカフカ青年がいる。そんな今のカフカ君が、システムの「壁」に対して、小さな「卵」としてプチプチとぶつかっていっては、潰れ弾けている。こんな例があった。

 中国残留孤児三世であるA君は、片言の日本語しか話せず日本人社会に馴染めない残留孤児二世の母親と、仕事が忙しくA君とまともな会話をすることの無い日本人の父親の間に生まれた。小学生の頃、A君は自分の血に中国人の血が混じっていることに気付いたが、同じ境遇にあった先輩たちから聞くような、いじめに遭ったことはなかった。

 しかし、先輩たちとの交流が自然と深まり、彼らが作る集団に所属することになった。その集団は「怒羅権」を名乗り、「日本人のいじめに対する怒り、団結、権利」を標榜していた。

 A君は高校に進学せず、夜の街をふらつく毎日を送っていた。先輩たちの刺青に憧れ、自分の背中にも刺青を彫ってもらった。それを見た母親はただ泣くだけだった。父親はそれを見なかったことにした。

 刺青の世界に興味を持ったA君は、刺青師に師事することになり、ほどなくしてその伝手で、日本の暴力団組員となった。「怒羅権」に入ったことについても、「暴力団組員」になったことについても、わたしは彼にその理由を聞いたが、「いろいろ考えているけど、分からない。なんとなく」という曖昧な答えが返ってくるばかりだった。

 そんなある日、中国残留孤児二世、三世の先輩たちが作った「怒羅権」は、中国からの留学生との喧嘩で、その内の一人を殺害してしまう。「俺たちの仲間が、留学生の衣をまとった『マフィア』に殴られ、病院送りにされた報復だった」という。

 A君も、その報復と称した、人を殺すことになった集団リンチの現場にいた。先輩や仲間たちは警察に逮捕されたが、彼は、

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