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【無料】 ハックティヴィズムと社会運動――情報技術の政治利用は社会を変えるのか?

塚越健司(一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程)

 2011年はサイバー攻撃が多く取り上げられた年だった。9月に三菱重工がサイバー攻撃の被害を受けたかと思えば、同10月には衆議院議員を含む衆議院ネットワーク利用者の情報がウイルス感染によって流出された可能性があるとの発表がなされた。

 米国の著名なジャーナリストであるジョセフ・メン著『サイバークライム』によれば、近年のサイバー犯罪市場は麻薬市場を凌駕するほどまでに成長しているという。さらに米国防総省は2011年7月、サイバー空間を「陸、海、空、宇宙に続く第5の戦場」と定義し、サイバー攻撃に対しては武力攻撃を辞さない構えを宣言した。

 このようにサイバー空間をめぐっては、国家レベルの軍事問題、および企業を狙った犯罪集団との関連で関心が高まっている。しかし、サイバー空間をめぐる争い、つまり情報技術をめぐる争いはそれだけにとどまらない。

 多くの読者は、2010年に米外交公電の公開によって世界中から注目を浴びたリークサイト「ウィキリークス」を覚えているだろう。彼らは世界中の国家・企業の不正情報を収集・発信するサイトであるが、その高度な情報技術により、リーク情報提供者の情報源を秘匿することに成功した。

 彼らの特徴は、情報技術を金銭目的ではなく政治目的に利用している点にある。ウィキリークスと同様の政治的組織に、2011年4月、ソニーに違法行為であるDDoS攻撃(Distributed Denial of Service 分散型サービス拒否攻撃)を仕掛けた「アノニマス」と呼ばれる集団が存在する。彼らもまた金銭にかかわらず、政治的な関心から世界中の政府・企業にサイバー攻撃をはじめとした抗議を行っている。

 これらウィキリークスやアノニマスの活動のように、情報技術を政治目的に利用した運動は「ハックティヴィズム(hacktivism)」と呼ばれている。ハックティヴィズムとは、物事を技術によって改良する意味の「ハック(hack)」と、選挙やデモ、言論によって政治目的を達成する意味の「アクティヴィズム(activism)」を掛け合わせた造語である。

 金銭目的とはまた異なる政治運動としてのハックティヴィズムは、新たな社会制度の構築を目指し活動するが、彼らの何が新しく、そして何が問題なのだろうか。本稿ではハックティヴィスト団体「アノニマス」の活動を中心に、ハックティヴィズムについて考察したい。

●アノニマスとは

 アノニマスとは英語で「匿名(Anonymous)」を意味し、その起源は元々2003年にアメリカで誕生した画像掲示板「4chan」にある。4chanでは日本の2ちゃんねる同様、他愛もないコミュニケーションが営まれており、ユーザーの年齢や職業も幅広く、ユーザーの出入りが激しい流動的なサイトであった。しかし2006年あたりから一部のユーザー達が4chanを離れ、「情報の自由」を守るといった大義を掲げ、これに反する企業・団体に抗議行為をしはじめたことから、組織としてのアノニマスが誕生した。 

 では、実際にアノニマスはどのような活動をしているのだろうか。彼らを一躍有名にしたのは、2008年に米国の宗教団体「サイエントロジー」に対する抗議であった。これはYouTubeにアップされたある動画を、サイエントロジーが削除要求したことに対し、これを「情報の自由」への侵害であるとアノニマスが主張したことにはじまる。

 アノニマスは、サイエントロジーに対する抗議として大規模なデモを行った。2008年2月10日に行われたデモは、世界93都市で7000人が参加したと彼らは主張する。普段はネット上でコミュニケーションする彼らにとって国籍は関係ない。それが、93都市での同時多発的抗議を可能としたのである。

 近年のアノニマスの活動例をあげれば、2012年1月、オンラインストレージサービスの「Mega Upload」が米司法省と米連邦捜査局(FBI)によって停止させられたことに対する抗議として、米司法省や全米レコード協会のサイトに対するDDoS攻撃を実施。また同2月には、逮捕されたアノニマスメンバーに関するFBIと英国の捜査官による電話会議を録音したMP3を公開するなど、国家の中枢機関に対しても抗議の手を広げている。

●大義と仮面によるアピール

 アノニマスの抗議活動は2ちゃんねるにおいて時に行われている、いわゆる「祭り」と称されるデモと類似する点がある。しかしアノニマスは、「情報の自由を守る」という「大義」を掲げており、これに反する組織に対してだけ抗議する。この「大義」の存在がアノニマスの特徴の一つであり、この点が2ちゃんねるとアノニマスを区別する。

 アノニマスのもう一つの特徴は、メンバーが公の場に姿を見せるときにつける仮面である。その仮面は、17世紀のイギリスに実在したガイ・フォークスという人物を模している。自由に対する抵抗の証として、アノニマスは体制への反逆者の仮面を被る。そして、彼らはこの仮面を被って抗議することで、個々人は匿名的存在であり続けながら、マスメディアや一般大衆に、組織の主張と存在感をアピールできるのである。

 4chanを飛び出した彼らは世界各地に住む若者たちだが、Internet relay chat(IRC)というチャットシステムを利用し、個々の抗議活動(彼らはオペレーションと呼ぶ)ごとにリアルタイムに議論し、戦略を立てる。また、攻撃宣言動画の製作者を決定したり、実際の攻撃に関する細かな行動計画等が決定される。

 彼らはチュニジアやエジプトの革命時に民衆をサポートする一方で、その後も企業や政府に対する抗議を継続してきた。それらの抗議は、デモや声明の発表といった合法活動を超えて、違法なDDoS攻撃等を実践する機会も含まれている。

 アノニマス内部でも、法的に違法な手段を使用することには賛否両論があり、現在ではアノニマス内部に路線対立を巡って派閥が形成され、それぞれが抗議活動を展開している。これに限らず彼らの内部には多様な意見があり、メンバーの新陳代謝や脱退、分派、分裂の動きは絶えない。

 このように明確な指揮命令系統や指導者、組織内の序列は存在しないが、しかし彼らは「情報の自由を守る」という「大義」を共有し、同じ仮面を身につけることで、組織としての緩やかな連帯感を維持している。

●ハックティヴィストによる「政策無効化」戦略

 では、そうした緩やかな組織であるアノニマスは、実際に、どのような手段を用いて抗議活動を行っているのだろうか。彼らがよく用いるのは、先ほども触れたようにDDoS攻撃等のサイバー攻撃である。ウィキリークスも同様に、情報技術によってリークされた情報を効率的に収集し、発信している。彼らはいずれも政治的な主張をもった組織であると同時に、自らの優位を最大限に生かす戦略を有していると言えるだろう。

 ハックティヴィストの戦略については、「政策無効化(policy circumvention)」と呼ばれるキーワードがよく用いられる。その名の通り、政府や企業の政策・企業活動を実際に無効化し、結果的に対象となる法や政策の変更を否が応でも促すというものである。

 アノニマスはDDoS攻撃によって多くの政府・企業のHPを停止に追い込む。DDoS攻撃は法的に違法な行為だが、そうした行為を実際に取り締まることは技術的にも法的にも非常に難しい。高度な技術を用いれば、攻撃者の痕跡を限りなくゼロ化することが可能であると同時に、サーバーの設置場所等の問題により、一国だけでは法的影響力を及ぼすことも困難であるからだ。サイバースペースに国境の垣根は事実上ないのに等しい。

 このようにして彼らは、自らが攻撃対象の政策実行や企業活動を自由に制約することができる。彼らは、継続的なDDoS攻撃によって政府の政策や法、企業の活動方針の変更を促しているのだ。

 また、彼らは基本的に攻撃を受ける側との意見交換を行わない。彼らは一方的に攻撃を宣言し、抗議のための攻撃を行う。従って、彼らとの対話の実現、対話による攻撃中止は事実上、困難である。

 これに対して、ウィキリークスの活動は、「情報の透明性向上」を掛け声に特定の国の政府や企業、ある組織の多くの不正を暴き、既存の法ではカバーし切れない不正を告発しようとするものである。これもまた、法や政策の機能不全を生み出すことで、不正を監視する新たな制度構築に、間接的に貢献しているとも言える。そのほか、製作者の無罪が2011年12月に確定したファイル共有ソフト「Winny」(ウィニー)もまた、このソフトの利用拡大で著作権法が無効化するという形で、この問題に一石を投じているとも言える。

●ハックティヴィズムは社会運動か

 では、時に違法行為をも辞さないハックティヴィズムの運動は、ネット時代の新たな社会運動と言えるのだろうか? 確かにハックティヴィストの運動は、戦略の正当性や手段の違法性を度外視すれば、結果として既存の社会運動以上にラディカルな社会変革につながる効果が期待できるだろう。

 反原発デモは3・11以降頻繁に行われているが、仮にウィキリークスが原発に関する政府や東電の不正を示した内部資料を公開したとすればどうだろうか。また、アノニマスが政府や東電のHPにDDoS攻撃を仕掛けたらどうなるだろうか。それによって得られる政治的効果は、反原発デモの何倍もの効果を発揮するだろう。

 つまり、ハックティヴィズムは情報と情報技術をコントロールすることにより、巨大な権力に一般市民が立ち向かうことを可能にするのだ。このように考えれば、ハックティヴィズムは21世紀型の社会運動と言えるだろう。

 他方、ハックティヴィズムは不法行為を行うこともしばしばあるという側面も忘れてはならない。世界各国の法を打ち破るアノニマスがYouTubeにアップした動画の中で宣言するように、彼らは自らの行為を正当化するための主張を行う。確かにハックティヴィズムは法を無効化し、それ故に新たな法を創り上げることに寄与するかもしれない。

 しかし、ハックティヴィストとテロリストはどこが違うのか? 法とは社会のルールであり、法の変更は、社会における正しさを変更することである。だとすれば、社会における正しさを決定するのは誰か? そして、どのような意思決定の手続きを経れば、政治的主張や手段について正統性を確保できるのか? 

 今後ハックティヴィスト団体が、何が正義で何が善であるかを決定するのに大きな影響力を持つようになるのであれば、こうした点が多いに議論されなければならないだろう。次回、ハックティヴィストの団体内部で、どのような議論や手続きを経て意思決定がなされているか、そしてそれがウェブ世代の新しい民主主義につながりうるのか、詳しく論じたい。

●おわりに

 ハックティヴィスト団体は世界各国の若者を中心に支持を得ているが、それは言い換えれば、それだけ既存の法や政策、そしてそれを決定する国家に対する不信感が広がっていることの表れだとも言える。良くも悪くも、今後もハックティヴィストの活動はますます活発化するだろう。

 本稿ではハックティヴィズムの多様な側面を論じてきたが、ハックティヴィズムは情報技術を利用した新たな政治的運動であることは間違いない。また、ハックティヴィズムをめぐっては、合法行為・違法行為の差異や、それを既成社会の側が社会運動として認めるのか・認めないのか、といった問題など課題も多い。

 法的に違法な手段を取る運動はハックティヴィズムと区別され、クラックティヴィズムという名で呼ばれれることもある。これはサイバースペースにおける伝統の中で、俗にハッカー(善)とクラッカー(悪)の対比で語られてきた「ハッカー倫理」にその源流がある。

 だが、これらの言葉の整理はまだ厳密には行われておらず、その事自体、ハックティヴィズムという運動と概念それ自体が歴史の浅いものであることを表している。今後はさらに多くの議論を重ね、ハックティヴィズム運動から重要な論点を抽出し、その可能性と問題点を明らかにしなければならない。しかし、社会を変革する力をもつ運動であるだけに、今後もこの問題には注目する必要があることだけは確かだ。

塚越健司(つかごし・けんじ) 1984年、東京生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程。専門は社会哲学。ミシェル・フーコーの権力論からウィキリークスまで幅広く研究。編著に『統治を創造する』(春秋社)、共著に『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)。その他『週刊エコノミスト』、『月刊サイゾー』等に論考を寄稿。