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【復興アリーナ】情報と方法論をシェアし、社会の脆弱性を下げよ 荻上チキ

―― 復興アリーナ立ち上げのきっかけは?

荻上 立ち上げにあたって意識した役割は、大きく二つあります。一つ目は、隠れたニーズを可視化し、シェアすること。もう一つは、今回の震災対応をさまざまな角度から検証し、「次の災害」に活かすことです。

まず前者について。震災から一年半が経ちましたが、さまざまな情報のシェアがまだまだ足りていないと感じます。とくに、目に見えやすい被害ではなく、各地域、各産業などが長期間、取り組んでいかなくてはならない問題などに対して、じっくりと目を向ける作業が重要になると思います。

次に後者について。日本は震災大国です。いつまた大きな震災が起こるかわかりません。そのため、今回の震災の教訓を活かし、「次の災害」に備える必要があります。その際、何がうまく行って、何がうまくいかなかったのか、失敗学と成功学を、検証プロセスとともに残していく必要があると想います。そして、そのアーカイブそのものが、「次の災害」の際に参照されうるものにできればと思っています。

こうした仕事は、新聞や雑誌、テレビやラジオ、書籍といった形よりも、ウェブメディアのほうが得意でしょう。その得意分野を活かし、なかなか他のメディアではなされなかかった試みを、多く行なっていくつもりです。

虫瞰図と鳥瞰図とをつなげていくために

―― 災害に備えるためになにが必要となりますか

荻上 ハード面、ソフト面、システム面、人々の意識等、さまざまな分野の課題があります。復興アリーナでは、災害時にどういった対応をすべきか、何をするとよかったのかといった、情報面での強化を目論んでいます。そのためには今回の震災で、いかに情報が共有されていたのか、あるいはされていなかったのかを検証する必要がある。そして、それらをしっかりと情報化して、なにが脆弱だったのかを今の世代や次の世代で共有していかないといけません。

情報を洗い出すには、さまざまな当事者の声を聞いていかないといけません。「当事者」というのは、実に幅広いものです。ここで想定している「当事者」とは、ボランティア参加者も、現場をみた記者や研究者も含まれます。

虫瞰図と鳥瞰図とをつなげていくために、虫の目になって当事者の細かなニーズを掘り下げてきた人たちの活動を、互いにシェアし、鳥瞰図を共有していく。そうして、復興のかたち、防災のかたちを共有していくといった作業が重要です。

さまざまな立場の人が話し合い、情報をミックスする

―― 具体的にどういったことをするのでしょうか?

荻上 多くの企画が進んでいます。時間がかかるもの、予算がかかるものは後に回しながら、公開可能なものからどんどん発信していきます。

たとえば、どうも「福島県民は、情報を隠されていて何も知らない」といった思い込みを持っている人も多いようです。でも、地元にはさまざまなローカルメディアやペーパーが配布されており、独自の試みもたくさんある。いまだにある、被災地内外の情報需給ギャップを埋めるため、藍原寛子氏に地元のローカルメディアを整理・保存して頂きます。

災害時のローカルメディアをアーカイブ化することは、当時のリアリティを後世に伝えることにも役立ちますし、どういうニーズがあったのかの確認、どういう試みがあったのかの検証にもつながります。震災一年時点で、すでにメディア発行の役割を終えたところもあれば、仮設住宅やママ友などの間で今でこそ配られているメディアもある。そうした活動をしている方に呼びかけ、記録化を進めていきたく思っております。

東日本大震災の発生直後、いくつかの学会が、震災に関連する論文をウェブ上で公開していましたね。もちろん、震災に関連したさまざまな研究が現在も行われています。そうした蓄積は、特定の学会の会員だけでなく、広く読まれた方がいいものもたくさんあります。永松伸吾氏の紹介により、日本災害復興学会の方々の文章を紹介させていただけるのは、本当に光栄に思います。

この他にも、多くの企画を進めています。記者へのインタビュー、メディア関係者へのインタビュー、ボランティア参加者の方々などへのインタビューなどを通じて、支援や報道のあり方などを検討していきます。さまざまなプレイヤーたちの情報交換を応援し、セッションを開催し、その記録を公開します。

議論だけでなく、ワークショップも企画しています。分野の異なる支援団体の話し合いの場を設けることで、共通の課題や互いの活動単体では見えてこなかったことを認識できるかもしれません。あるいは被災者と支援者のワークショップを記事として公開することで、いろいろな人に参考にしてもらえるかもしれません。記者、政治家、学者、市民……さまざまな分野、立場の人が話し合い、情報をミックスする場を作っていきます。

「情報不信」を乗り越えるために

―― 東日本大震災は「不信」がひとつのキーワードだったと思います。

荻上 「政治不信」「メディア不信」「行政不信」、さまざまな不信感が語られています。「不信を回復するにはどうすればいいか」を考える役割は、当人たちが考えることなのでしょう。ここでは、何かを叩くことよりも、「よりマシな災害対策を作るにはどうすればいいか」に重点をおき、検証していきます。

明かりがともった仮設住宅。大熊町からの住民が避難生活を続けている=2012年1月10日夕、福島県会津若松市

さまざまな情報が入り乱れたことによる不信については、むしろ確かなデータやケーススタディなどを記録していくことで、「次の災害時」のてがかりになるでしょう。震災後、そして今でも、「メディアは嘘をついている。だから俺を信じろ」と言って影響力を行使してきた人がたくさんいます。文章を売るジャーナリストだったり、商品を売りつける商売人だったり。彼らにだまされ、手痛い失敗をしてしまったこともまた、今回の震災で学ぶ教訓ではあるでしょう。

『検証 東日本大震災の流言・デマ』という本に描きましたが、新たな流言が流れたとしても、「前にもこんな流言があったぞ」と思い出す人が増えれば、立ち止まって考え、拡散を抑止する力になると思います。ぼくは「流言ワクチン」と呼んでいますが、不活性化したデマ・誤情報を歴史として記録し、それを知ってもらうことで、新たなデマへの抗体として活用できると思うのです。

「こんな失敗があった」という情報は、とても価値があるものです。そうした情報を残していくことも重要です。

汎用性が高そうな支援のケース

―― 復興アリーナの可能性を示す事例をあげていただけますか

荻上 いまぼくは、『ソトコト』という雑誌で「サポトレ」というタイトルの連載を行なっております。そこでは、汎用性が高そうな支援のケースを紹介していっています。

たとえば、東京都杉並区が福島県南相馬市と災害時相互援助協定を結んでいたことで、さまざまな「水平的支援」が行われた。杉並区は、新潟の中越地震の支援も経験したため、行政支援などのノウハウが活かされた面もありました。

古着などの物資を送るのに悩んだ団体が、その物資を元にバザーを行い、そのお金を義援金に変えて送る、というケースがありました。物資余りに悩んでいたNPOにその話を伝えると、「そういう手段もあったのか」と言っていただけました。

NPO同士のグループインタビューを行った時には、地域が異なるにもかかわらず、「余り易い物資」「求められやすい物資」が共通していたりしました。お互いの共通点に、参加者自身が驚き、興奮しながら情報交換をしていました。

阪神淡路大震災や中越沖地震で得た教訓が、今回の東日本大震災の対応につながった面もあるように、具体的な事例を検証し、善意をムダにしないように議論できる場を作ることは重要です。

情報は伝わらなければ役に立たたない

―― 阪神淡路大震災後、内閣府は震災の教訓というページを作成しました。

荻上 情報は、伝わらなければ役に立ちません。専門家や役所だけでなく、「みんな」に開かれていることが重要だと思います。教訓を血肉化できるかどうかは、長い課題です。

先遣隊を送り、長期的な支援に成功した事例もあれば、ニーズをうまく把握できず、ムダなものを送ってしまった事例も多々ある。そうした話を別の人に伝えると、支援について考える大きなきっかけにしてもらえます。

『復興アリーナ』では、読者に読まれることを想定するため、大きなデータベースを作ることよりも、記事化して発信し続けるという方法を採用しました。そうして蓄積された知識やスキームを元に、また何らかのかたちにまとめられれば、と思います。

結論に至るまでの過程を示す

―― 東日本大震災では、過去に例がないほど、モノと人と情報が被災地に集中しました。

荻上 インターネットの存在も大きいと思います。みんなの「被災地を助けるぞ!」という善意が、ネット上で可視化されたことがエンパワーした面はあるでしょう。反面、「やるぞ」となったものの、支援の方法論が共有されていないために、効果的な支援ができなかったというケースも多々あるでしょう。誤った支援の呼びかけ、実際には行われていない支援の拡散など、「支援呼びかけ流言」も多く拡がりました。この反省点は活かされなくてはいけないと思います。

――声はあがりやすくなったが、実践まで到達できていないわけですね。

荻上 ムダだった、という話ではありません。スラックティビズムとして哂うだけでは、何も解決しません。「今よりもっと改善できる」という問題提起です。

ただ、注意点があります。「支援の時はこうしよう」といった具合に、ワンフレーズ化させすぎるのは問題です。必要な支援は、状況によって変わります。「冬」の「東北」の「津波」と「原発事故」に対する支援と、これが「夏の九州」での災害支援とでは、さまざまな条件も変わります。時代のメディア状況や技術状況によって、ベストな処方箋も変わってくる。だから、結論だけを示しても意味がありません。

そこで、結論に至るまでの過程を示すことで、考えるためのヒントにする。そうした中で、「明らかな誤り」は、事前に減らすこともできるかもしれない。そのプロセスを公開し続けることで、いつ起こるかわからない災害に備える。すでに報道も減っている今だからこそ、必要な支援、効果的な支援を検証し、共有していきたいと考えています。

【復興アリーナ】