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[10]全日本選手権リポート(上)

「待ってろ、羽生結弦!」

青嶋ひろの フリーライター

 「男子なんてね、全日本の最終グループ前だっていうのに、ロッカールームでおしゃべりしてるんですよ。楽しそうに、仲よさそうに! 女子なんてもう、ピリピリ。誰も一言も口きかない状況なのに!」

 とは、2004年全日本選手権での様子を語った当時の女子トップスケーターの言葉である。

 ほんの8年前まで、日本の男子フィギュアスケートは、こんな様子だったのだ。

羽生結弦

 メインはあくまでも、荒川静香や安藤美姫、浅田真央を擁する女子。たとえば2004年の全日本選手権放送ポスターを見ると、「日本フィギュアスケート、黄金時代到来」というキャッチが大きく記されている。

 しかし写真はといえば、女子は村主章枝を筆頭に、荒川、安藤、浅田舞・真央姉妹など10人がずらり。男子は本田武史、高橋大輔の顔写真が、申し訳程度に小さく写っているのみだ。

 それが今年2012年は、どうだろう。新聞を開けば「群雄割拠、男子に注目」などと見出しが踊り、女子の写真が1枚、男子の写真が4枚という紙面に目を見張ってしまう。

 実際、話題性だけではない。女子の参加30選手のうち、今季のグランプリシリーズ表彰台に立った選手は3人。

 対する男子は高橋大輔、羽生結弦、小塚崇彦、織田信成、さらに町田樹、無良崇人と6人。このうち、世界選手権代表に選ばれるのはたった3人なのだ。

 「ひょっとしたら、3人の枠に入れないかもしれない。そんな危機感は、今まででいちばん大きく感じています」(高橋大輔)

高橋大輔

 2012年全日本選手権男子シングル。間違いなく、世界一厳しい国内選手権だった。それどころか、もしかしたら史上最高に過酷な国内選手権だったかもしれない。

 最大の焦点、優勝争いは高橋大輔と羽生結弦に絞られた感があったが、見どころは決してその一点だけではなかった。

 まずは小塚崇彦、織田信成、町田樹、無良崇彦による3位争い。

 彼らのうち、小塚と織田は全日本チャンピオン経験者であり、町田と無良は今季グランプリシリーズのチャンピオン。しかも小塚はスケートアメリカで羽生を、町田は中国杯で高橋を下して優勝しており、「3位争い」などと決めつけるのは失礼な話だろう。しかし、ファイナルでパトリック・チャンを抑えてワンツーを決めたふたりが表彰台から落ちる気配はやはりなく、「もうひとつの椅子」を4人が争う形となった。

 残念だったのは、グランプリファイナルからの連戦が続いたふたり、小塚と町田が、それぞれ足の痛みや靴の不具合を抱えていたことだ。彼らはこのアクシンデントについて公式にはコメントを出さず、決して不調の言い訳にすることはなかった。しかし今季最悪、どころか、ここ数年で見たこともないほどぼろぼろの演技を見せてしまったフリーでのふたりは、とにかく悔しかったに違いない。

 「(ジャンプの失敗は)気合いが足りなかったんでしょう。ショートは何とかまとめたけれど、フリーはそう甘くなかった。最後まで自分の出来ることをしっかりきっちりと、と……最善は尽くしたつもりなので、これ以上どうしたらいいかは、今はわからないです。痛い経験、重い経験ですね……この後いったいどうなるのかな、と思いますが、小塚崇彦という人間の底力を出して、もう一度やり直します」(小塚)

 「たくさん不安要素を抱えたなか、失敗もたくさんしてしまったけれど、後悔はしていない。今の自分にできる全てをぶつけたつもりです。まだまだ僕の力じゃ、伝えたい思いも完全には皆さんには伝わっていないけれど……。もう今日から来シーズンに向けて、気持ちを切り替えてやっていきます。キス&クライで見ていただいたように、僕にはたくさんの尊敬する先生や、すばらしい仲間たちがいます。チームとともに来シーズン、もっと頑張りたいと思います」(町田)

 彼らふたりに加え、NHK杯で肩を脱臼し、今大会も無念の棄権となった村上大介。全員の調子が万全での戦いを、来年こそ全日本選手権で見られることを期待しよう。

 一方で健闘したのは、織田信成と無良崇人だ。織田は公式練習から誰よりも調子良くジャンプを決め、いつもは伏し目がちな事前取材でも、まっすぐにカメラや質問者の目を見て受け答えする姿に、大きな闘志を感じさせてくれた。ショートでもフリーでもジャンプミスはあったが、フリーで4回転をクリーンに決めた数少ない選手でもあり、総合4位。

 見た目が若々しいので忘れてしまいがちだが、彼も高橋より一つ若いだけの25歳。体力面の心配なベテランではあるが、まだまだ来シーズンに向けてがんばってくれそうだ。

 「今回は、自分が挑戦していく立場。自分が試されていることを強く感じた大会でした。失敗をしたので出来としては50点ですが、ショートで失敗した4回転をフリーで決められたのは良かった。ケガから復帰してきて、みんなのレベルの高さに驚いたけれど、そのおかげで自分をプッシュすることもできました。これからは体力面だけでなく、精神的なトレーニングもしっかり積んでいかなければいけないな」(織田)

 そして「3つ目の椅子」を見事につかんだのは、無良崇人。夏の時点で、町田や織田がいい感じで調子を上げていることは、誰の目にも明らかだった。しかし、「結弦や樹を見ていると、自分だけ出遅れてるような気がする……」とまで弱音を吐いていた男がここまで上げてくるとは、ほんとうに予想することができなかった。すべては11月、フランス・エリック杯において、ヨーロッパチャンピオンもファイナルチャンピオンも世界チャンピオンも揃う舞台で優勝したことがきっかけだろう。

 「僕自身、シーズン前は、あそこ(全日本の表彰台)に立てるとは思っていなかったです。でも、スケートカナダでの失敗とフランスでの優勝で、全てが変わりました。試合って流れなんだな、って。自分がいい状態でいれば、流れを利用することはできるし、逆に流されてしまうこともある。そこで、流れに負けない。よくない方向に進みそうになったら、いかに自分のやってきた練習で持ち直すか、なんですね」」(無良)

 自信、そして経験値。それが、戦う男たちにとって、どれだけ大きな栄養となるのか。まず精神面で、夏とはまるで別人になった彼は、既に持っていた「剛」のジャンプの迫力も、ここ数年で少しずつ身につけた「柔」の動きの滑らかさも、両方をしっかり見せて総合3位。

無良崇人

 世界選手権だけでなく四大陸選手権代表にも選出されたのは、大きな期待の表れだろう。高橋、羽生にもしものことがあれば、この無良にソチ五輪代表枠獲得という重圧がかかる。彼には3月までに、もっともっと強くなってもらわなければならない、と。

 また今回3枚目の切符を得た者が、世界選手権常連の小塚でも織田でもなく無良であったことは、日本男子全体に与える心理的影響も大きいようだ。

 もし高橋、羽生の

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