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過去の映像を生かす作品が物語る歴史としてのTV

川本裕司

川本裕司 朝日新聞記者

 過去の映像がもつ重み、時間の流れの提示というテレビの機能を再確認させられる二つの番組に、最近出あった。

 一つは、NHKのBS1で1月2日夜に放送された「伝説の名勝負 東洋の魔女」。現存しないといわれた東京五輪(1964年)女子バレーボール決勝・日本―ソ連戦の完全映像が注目された。ただ、その話題性以上に、試合で見せる日本代表の強さや立ち居振る舞い、一部紹介された記録映画に撮影された猛練習のシーンに、釘付けとなった。

 過去の名勝負の映像を探していたスタッフが、局外の人が持っていたNHK生中継映像を録画したビデオを発掘した。ビデオには音声が入っていなかったため、ラジオ中継を映像にのせて伝えた。NHKにはハイライトしかなく、完全映像の再放送は初めてだったという。当時の視聴率は66.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、世帯視聴率調査を始めた63年12月3日以降で第14回紅白歌合戦(63年)の81.4%に次ぎ現時点でも歴代2位となっている。

 このテレビ60年特別企画番組では、主将だった河西昌枝さんが対戦したソ連の選手2人とモスクワで再会して互いに試合を振り返ったり、日本代表のレギュラー選手6人に金メダルを獲得するまでの道のりをインタビューしたりした。

 「夜明けまで練習をしたこともあった」といった回顧には感慨深いものがあったが、圧巻はやはり当時の映像だった。

 女子バレー日本代表を追った記録映画が撮った映像には、編み出した回転レシーブの特訓や、守備の練習でボールを投げ続ける大松博文監督に向かっていく選手の姿が収められていた。3―0で宿敵を下した日本の決勝の戦いぶりは凡ミスが皆無で、鍛錬ぶりが素人目にもわかった。選手交代はほとんどない。スパイクが決まっても笑顔を見せず、チームメートと一言二言かわすだけ。観客もかたずをのんで見守っている。1点取るたびに全員が集まって大喜びする今のバレーボールとは別の競技のようだ。さながら武道の達人のようなプレーに、「東洋の魔女」と名付けられた理由がわかった気がした。

 もうひとつは、昨年6月30日に東海地方で放送された東海テレビ(フジテレビ系)のドラマ「約束」だ。

 1961年に三重県で起きた名張毒ぶどう酒事件で無罪を訴えながら死刑判決を受けた奥西勝死刑囚(87)の人生をドラマとして描いた。主演は仲代達矢、樹木希林が母親役を演じている。

 監督と脚本を手がけたのは、東海テレビのディレクターとして名張毒ぶどう酒事件をはじめ、光市母子殺害事件の弁護団、名古屋地裁の裁判長などの司法シリーズでドキュメンタリーの秀作を出し続けてきた斉藤潤一だ。ドラマ演出は初めて。プロデューサーはコンビを組んできた阿武野勝彦。

 5人が死亡した毒ぶどう酒事件の裁判は一審で無罪、二審で死刑、最高裁で72年に死刑判決が確定した。請求を繰り返した再審は、2005年に開始決定が一度は認められたが、検察の異議申し立てが認められ扉が閉められた。

 死の宣告と隣り合わせにある独房での奥西死刑囚の姿をほうふつとさせた仲代と、故郷を追われ独り暮らしをしながら名古屋拘置所に面会を続けた母を演じた樹木の熱演が、骨太の本格ドラマに作り上げたのは間違いない。

 異色の作品に奥行きを与えたのはニュースやドキュメンタリーの映像だった。ドラマに盛り込まれた捜査や公判、関係者の証言の記録性の強みだけでなく、長年にわたり関わってきた支援者や弁護士らの姿の変化を端的に示してもいた。名優の演技と歴史を物語る映像が結びつき、この事件の立体像がより一層明確になった。

 ドラマでは逮捕後、現場検証に訪れた奥西死刑囚(事件当時は山本太郎が演じた)を13歳の息子と5歳の娘が顔を合わせる場面がある。当時の新聞に載った娘の後ろ姿の写真も登場する。家族が切り裂かれてから半世紀以上たったが、元に戻る機会は訪れなかった。

 斉藤はこれまでにドキュメンタリーとして毒ぶどう酒事件を二度取り上げた蓄積を発揮している。裁判で焦点となった証拠の問題点をわかりやすく示し、拘置所については細部にわたって再現した。母、そして長男も失った奥西死刑囚は、八王子医療刑務所の病床にある。事実を伝えるテロップの一文字一文字に、取材者としての執念を感じさせた。

 「約束」は、東海テレビの製作・配給する劇場公開作品として、阿武野・斉藤コンビによる「平成ジレンマ」「死刑弁護人」に続く第3作となる。2月16日、東京・渋谷のユーロスペースを皮切りに順次、全国で公開される予定だ。

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