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[16]完璧な演技で世界選手権1位へ

青嶋ひろの フリーライター

■「フリーは何かが、ちょっと足りない」

 4回転サルコウ挑戦という難題、それを支える身体面の不安。その二つをもしクリアしたとしても、もう一つ羽生結弦のフリーは大きな課題を抱えている。それは「ノートルダム・ド・パリ」という作品を、18歳の彼がどこまで表現しきれるか、だ。

 日本の報道はどうしてもジャンプの成否などに偏りがちだが、総合スポーツであるフィギュアスケートは、やはり誰をも釘づけにする名演だったかどうかも、勝負の大きなカギとなる。

 たとえば今シーズンの、ハビエル・フェルナンデス(スペイン)のフリー、「チャップリン」。3本の4回転を入れるために休みどころの多いプログラム、という評価もあるが、止まって踊る部分にも印象的なマイムを散りばめ、まるで短編映画のようなドラマチックな作品に仕上がっている。ジュニアの選手たちに聞いても「ハビエルのフリーが好き!」という声が多く、間違いなく今シーズンを代表するプログラムの一つだろう。

 フェルナンデスだけでなく高橋大輔も、パトリック・チャン(カナダ)も、そして無良崇人も、シニア経験の長い選手たちはそれぞれに個性の強いプログラムを滑っており、四大陸選手権では2位の羽生よりも高橋、無良のフリーの方が心に残ったという人もいるだろう。そんなインパクトのある作品を滑る選手たちに、羽生は世界選手権で対抗できるか、どうか。

 プログラムとそれを演じる選手には、相性というものがある。今季の羽生でいえば、ショートプログラムとの相性は抜群にいい。高橋大輔でいえば、フリー「道化師」の方が彼自身の気持ちの乗り方がよく、全日本選手権では圧倒的な演技を見せてくれた。

 一方のショートプログラムはどうもしっくりこなかったらしく、シーズン途中での変更があった。どの選手にとっても自分に合うプログラムを手に入れることは至難で、単に選手と振付師の相性だけでなく、音楽と選手の相性だけでもないようだ。

世界選手権の公開練習で=カナダ・ロンドン

 他の選手、試合で緊張しやすい日本の西野友毬などは、「試合で音楽がかかっただけでリラックスできる、そんなプログラムがいい」という話をしてくれた。

 「試合でポーズをとって音楽が流れた瞬間、いつも『ああ、始まった……』って緊張するんです。でも『私のお父さん』(昨シーズンSP)だけは、すっと落ち着く。自分でもびっくりしましたね。『あれ、こんなに落ち着く曲があるんだ』って。そんな音楽に出会ったのは初めてで、おかげでこの年、ショートプログラムはうまくいく試合が多かったんです」

 また、どんなに選手本人が気に入り、周囲が名作と認めたプログラムであっても、シーズンを通して同じテンションで滑り続けることは難しい。長野五輪代表だった田村岳斗さんは、五輪イヤーに滑ったフリー「シェルブールの雨傘」をこんなふうに振り返っている。

 「すごく好きなプログラムでしたし、全日本(選手権)までは本当に乗って滑れた。でもオリンピックの時にはもう、音楽にも振り付けにも、飽きてしまっていたんですよ……。五輪のころには、『次は何を滑ろうかな。来シーズンはこんな曲がいいな』なんてことを、考えていましたから」

 プログラムとの相性、音楽への気持ちの乗せ方……難しいものだ。

 不思議なことに今シーズンの羽生の場合、シーズン前はフリーの方が、彼に合っているように見えてもいた。ちょっと大人っぽくて、ドラマチック。でも、若々しくて情熱的な、これまでの羽生のテイストの延長線上にあるプログラム。きっといいものを見せてくれるだろう、と。比べてショートの方はかなり冒険的で、こんなにセクシーで哀愁漂うプログラムが、彼に合うかどうか、心配する声も上がっていた。

 「でも今のところ……フリーは何かが、ちょっと足りない」

 シーズンが終盤を迎えた今、ブライアン・オーサーも語った通りで(連載15回)、まだ彼はフリーを「見せる」という点で、大きな壁を越えてはいない。ジャンプやステップの難関を乗り越えて、スタミナを持たせるのに精一杯、というところだ。

 ここで必要になってくるのは、「どんな『ノートルダム・ド・パリ』を見せたいか」という彼自身の意欲。2011-12年シーズンのフリー、「ロミオとジュリエット」の場合は、ことあるごとにそんな話を聞きだすことができた。

 「映画を見たんですが、

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