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渋谷再開発計画、成功のカギは無計画な「余白」

田中敏恵

田中敏恵 文筆家

 魅力的な駅舎は、それだけで目的地になる。昨年生まれ変わった東京駅の赤レンガの建築物は、その姿を写真に収めようとする人々が後を絶つことがない。ここ数カ月、同じように写真を撮る人たちがホームで列をなしている駅が都内にもうひとつあった。東急東横線  渋谷駅である。3月16日にスタートした東横線と東京メトロ副都心線への相互乗り入れのため、東横線は地下化。それに伴い駅も現在の位置から東へ、そして地下5階へと移動するのだ。

 東急東横線は、1927年に開通。現在の駅が竣工したのは1964年、東京オリンピック開催の年である。明治通りや渋谷川と並行するように3本のホームが設けられ、明治通りに面するハサードは半円型どった意匠、天井は三角の幾何学模様が連続する。60年代のモダニズム建築の匂いを今に伝える。名所となっている東京駅ほどではないが、都内にある駅としてはなかなか味わいがある。地上2階にあるホームは、同2階のJR、3階の銀座線へのアクセスも良好だ。

  しかし、3月16日には駅の位置も移動し、状況はずい分変わることになった。相互乗り入れにより東横線とすでにつながっているみなとみらい線、副都心線と乗り入れの東武東上線、西武有楽町、池袋線の5路線の直通運転が可能となるので、横浜や渋谷から新宿三丁目や池袋、その先の埼玉へのアクセスはとても便利になるが、今まで良好であったJRや銀座線への乗り換えは、かなり不便になる。

  また乗客が地下の駅に到着しても、車窓から街の景色が眺められるわけではない。渋谷についた、という感覚はずっと希薄になる。今まで渋谷へアクセスしにくかった路線からの集客は見込めるかも知れないが、元々東横線やみなとみらい線を利用している人たちにとって、この相互乗り入れが利便につながるのか? 新規の客のために、顧客がいささか我慢を強要させられてしまっていないか? しかし、その答えを今出すのは賢明ではない。この乗り入れは、渋谷エリア始まって以来となる大再開発の、スタートでしかないのだから。

 渋谷区は2010年2月に「渋谷区計画2010」を策定し、駅を中心に街区の大々的な再開発へのビジョンを打ち出した。「国際文化都市」として渋谷を世界へ発信するため、新しい渋谷の街づくりには、区のみならず国土交通省や東京都、東日本旅客鉄道、東京地下鉄、東京急行電鉄などがプロジェクトに参画。範囲は渋谷駅を中心に、東西南北500〜800メートルにおよび、東急東横線渋谷駅跡地には高層のビルの建設を予定している。その他、地下道の相互アクセスの充実や地上4階にデッキスペースを設け、現在246号線やJRの線路で分断されていた渋谷の街をひとつにつなげる計画もある。完成のめどは2028年。渋谷は15年もの歳月をかけて、新しい街へと生まれ変わるのである。

 渋谷という街ほど、年代によって個性豊かに変化を遂げてきた場所もない。前衛舞台の伝説的公演が数多く行われた小劇場「渋谷ジャンジャン」が1969年公園通り誕生し、アンダーグラウンドカルチャーが花開いた70年代。続いて73年にPARCOが誕生、併設された劇場やショップ、76年オープンの東急ハンズ、その他ミニシアター系映画館や輸入盤のレコードショップなど斬新で魅力的な施設が、クリエイターを刺激。80年代にはトレンドの一大発信地となっていく。  

  80年代終わりに渋谷をターミナルにする沿線の若者たちが流行していたアメリカ映画に触発され、チーマーと呼ばれる徒党を組み、街に出没するようになる(初期の彼らはファッションリーダーでもあった)。ライブハウスやレコード、CDショップなどを介してインディペンデント系の音楽や映画に触れ合う機会の多様さは、渋谷系というジャンルも生み出した。渋谷系は90年代のカルチャーシーンを語るのに欠かすことのできない存在だ。90年代後半〜00年代は109を拠点とし、独自のファッションスタイルを生み出したギャルが席巻する。ギャルファッションは東京だけでなく、世界中で認知されるようになった。渋谷という街は、まるで生き物のように常に変化をし続け、常に新しい顔を見せてきたのだ。良し悪しは人それぞれだが、刺激的な事象がこの渋谷からはずっと生まれているのである。そんな街は、日本中探してもここしかないだろう。

 渋谷のムーブメントを担ってきたのは、(きっかけはセゾンや東急という企業であったとしても)ストリートであった。担い手は、街にやって来る人たちだった。そしてそれこそが、渋谷が渋谷という個性を持ち続けられた所以なのである。

 巨額を投資し、官民一体となってはじまる大開発。それが渋谷という街から、らしさを消してしまう改悪になるのか、改良となるのか。16日にはじまった

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