メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

[20]ANAとの所属契約が持つ意味とは?

青嶋ひろの フリーライター

 「所属契約ということで、ふつうのスポンサー契約ではない、というお話。心から嬉しく思っています。ソチへの道は、遠く険しいもの。いただいたサポートを、しっかり受け止めていきたい」(羽生結弦) 

 7月1日、フィギュアスケートの新しいシーズン開幕の日。羽生結弦は全日本空輸(ANA)との所属契約を発表した。

全日空(ANA)との所属契約を発表した羽生結弦。左は全日空の常務取締役執行役員・西村健氏=2013年7月1日、青嶋ひろの・撮影全日空(ANA)との所属契約を発表した羽生結弦。左は全日空の常務取締役執行役員・西村健氏=2013年7月1日、青嶋ひろの・撮影
 フィギュアスケート選手が大手企業の「所属」となるのは、珍しいことではない。

 伊藤みどりや荒川静香、中野友加里はプリンスホテル、安藤美姫はトヨタ自動車、村主章枝がエイベックスにそれぞれ所属していたことがあるが(荒川は現在も)、ほとんどは女子選手。

 男子はわずかに、小塚崇彦が地元企業のトヨタ自動車に所属している例があるくらいだ(浅田真央、高橋大輔、村上佳菜子のように、一社ではなく数社のスポンサーを得、所属は在学中の大学としている人気選手もいる)。 

 フィギュアスケート男子は、今や「日本の時代」と言われている。2012年世界選手権では、高橋大輔が2位、羽生結弦が3位と、日本史上初の複数メダル獲得。

 ちなみに男子でひとつの国が複数のメダルを獲得するのは、2001年のロシア(エフゲニー・プルシェンコとアレクセイ・ヤグディン)以来、11年ぶりのことだった。また2012年には、6人しか進出できないグランプリシリーズのファイナルに、4人の日本人が出場(高橋、羽生に加え、小塚崇彦、町田樹)。かつ、高橋と羽生がワンツーフィニッシュを決め、世界を驚かせた。

 今年3月の世界選手権こそ、羽生のケガや高橋のジャンプ不調があって表彰台に手が届かなかったが、ソチ五輪に向け、「チームジャパン・メンズ」が勝負の行方を握る一大勢力であることに変わりはないだろう。日本スケート界が待ちに待った、「初の日本人男子五輪チャンピオン」誕生も、大いに期待できる状況だ。 

 しかし、ことここに至っても、世間的に「男子フィギュアスケート」の認知度は、まだまだ高くない。これだけ勝負の上で世界を席巻し、女性を中心に多くのファンを獲得しても、「男社会」の日本で、まだまだフィギュアスケートといえば女子のスポーツなのだ。取材の現場にいると実感できないことだが、あまりスケートに興味のない編集者らと話をする時、「そういえば男の選手もいるんですね」などと言われてしまい、愕然とすることがある。

 それが如実に現れるのは、スポンサー問題だ。オリンピック代表を射程範囲に収めた選手であっても、男子選手のほとんどは、金銭的に競技を続けることが難しい状況にある。「スケートの練習費って、羽が生えてるのかと思うくらいに、簡単に飛んでいきます。もう誰か、助けてくださーい、って感じです」などと、インタビューで率直に語る選手もいる。

 経済的な事情を理由に、まだ続けたい気持ちがありながら、今シーズン限りでの引退を考えている、という若い選手の話も何人か聞いた。今年、ペアに転向した木原龍一も、「できるだけ長く選手を続けたい、と思っていた。ペアを始めたことでそれが可能になったのは嬉しいこと」と話している。ペアの選手寿命がシングルより長いことと同時に、ペアの五輪代表を目指すことにより企業からのバックアップを得られたのだ。

 そんなふうに競技続行を迷ったり、引退を考えたりする男子選手を見るたびに、思う。スケーターはアスリートであるとともに、ひとりひとりが強い個性を持った芸術家でもある。ひとりの選手が引退する、そのことによって、私たちはひとつの表現を見る機会を失うことになるのだ、と。

 男子フィギュアスケートへの、真の意味での理解がなかなか進まない状況下、何人もの優れたアーティストがその表現活動を断念している……そこまで考えてしまうのは、悲観的過ぎるだろうか。 

 そんななか、羽生結弦のANA所属のニュースは、

・・・ログインして読む
(残り:約2314文字/本文:約3937文字)