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首相の汚染水発言報道に欠けた 違和感に応えるスピードと明快さ

水島宏明(ジャーナリスト、法政大学社会学部教授)

 報道は「スピード」が命だ。関心が集中するうちに取り上げ、適切に解説したかが問われる。ところが「汚染水」をめぐる首相発言について、マスコミはタイミングを完全に逃した。

東京のプレゼンテーションで演説する安倍晋三首相=7日、ブエノスアイレス 東京のプレゼンテーションで演説する安倍晋三首相=2013年9月7日、ブエノスアイレス

 日本時間の9月8日、日曜日。テレビは未明から生中継で「2020年 五輪開催地の決定」をブエノスアイレスのIOC総会の会場から特番やレギュラー番組の特集で放送した。

 56年ぶりに東京開催が決定して関係者の喜びの声が入り、経済効果は3兆円などとする皮算用をはじく報道も続いた。こうした奉祝ムードで、本来なすべき報道が後回しになった。

 招致の最終プレゼンで安倍晋三首相が福島第一原発の現状に触れた発言だ。

 「私が安全を保障します。状況はコントロールされています」「汚染水は福島第一原発の0・3平方キロメートルの港湾内に完全にブロックされている」

 生中継で首相の言葉を聞いて耳を疑った人は少なくない。汚染水が「港湾の内」にとどまっていないことは報道をフォローしていれば分かることだ。

 貯水タンクから漏れ出た汚染水は港の外の海に流れ込んでいた。水は港の内と外を絶えず行き来し、「完全にブロック」などといえる状態ではない。

 テレビ各社は8日朝から夜までニュースや報道番組で開催決定の「喜びの声」を伝え、経済効果等の報道に終始した。他方、首相発言を問題視する報道はなかった。これは翌9日月曜も夕方まで同じだった。

 9日夜になってテレビ朝日「報道ステーション」が「『影響は完全にブロック』汚染水…総理発言に地元は」、TBS「ニュース23」が「首相”全く問題ない”に波紋広がる」と報じ、首相発言を検証したが、他局のニュースは首相発言を問題視もしなかった。

 新聞はどう扱ったのか。8日は日曜で夕刊がなく、9日も休刊日で、五輪決定の初出しは9日夕刊だ。ここで全国紙各紙は奉祝一辺倒で首相発言の真偽を問題視していない。

 続く10日の朝刊はどうか。

 「汚染水不安 振り切る 首相『制御できている』 『私の責任で解決』」

 という見出しを掲げた朝日新聞は、

 「東電『遮断、完全ではない』」「憤る福島の漁師『言葉通りやってくれ』」

 と東電や漁師を主語にする見出しで首相発言に批判的な記事も載せている。
毎日新聞も同様で、

 「安倍首相:汚染水『完全にブロック』発言、東電と食い違い」(同9日、ウェブ掲載の見出し)

 「食い違い」とやや遠慮した表現で、東電が引用される。なぜ自社の記者の解説で、首相の「完全にブロック」発言は根拠なしと書けなかったのか。

「声」頼みの報道では視聴者に届かない

 新聞やテレビの「東電待ち」の姿勢のなか、ネットニュースでは当日の段階で、首相発言を問題視する記事が多数出ている。

 私自身も発言を聞いて違和感を抱き、ヤフーニュースの個人記事で8日午前中に発信した。

 「安倍首相が五輪招致でついた『ウソ』 ”汚染水は港湾内で完全にブロック”なんてありえない」という記事だ(http://bylines.news.yahoo.co.jp/mizushimahiroaki/
20130908-00027937/
)。

 実態とは明らかに違う発言を「ウソ」というやや挑発的な見出しにして批判的に記した。記者である自分の見識と責任で出した。あっと言う間にアクセス数は30万を超えた。

 一方、新聞やテレビは、少なくない国民が感じた違和感を無視したか、または記事にした場合も「東電」などを主語にする「及び腰」の報じ方だった。

 NHKもニュースは他社と変わりなかったが、9月11日の「時論公論」が異彩を放った。「”コントロールされている”のか 原発汚染水」と銘打ち、水野倫之解説委員が対策の現状を解説。「漏えいは続いている上に、対策に技術的な裏付けがあるわけではなく、違和感を持たざるを得ない」と首相の発言を批判した。記者が「自分の見識で」首相発言の間違いを指摘した数少ないテレビ報道だった。

 全国紙でもこうした姿勢の記事はほとんどなかった。首相発言をめぐっては、その後、東京電力のフェローが「制御できていない」と発言し波紋を広げた。さらに東電社長が政府に配慮し「制御できている」に修正。迷走した東電側の発言を引用する記事が大半だ。

 「東電『制御できていない』」(朝日新聞9月13日付夕刊)

 「汚染水『制御』迷走 東電フェロー『できていない』/官房長官『影響は港湾内』」「コントロール ほど遠く 福島第一 放射性物質検出相次ぐ」(同14日付朝刊)

 見出しに批判的な表現が現れるのは数日以上経ってからだ。

 「実態なき『ブロック』 汚染水『影響は港湾だけ』首相は明言」(同20日付朝刊)

 こうした見出しをなぜ首相発言の直後にすぐ打てなかったのだろう。発言が問題と感じたなら、即ニュースにするのが報道の鉄則。ネットと比べて、テレビや新聞の「スピード感」のなさが目立つ。

 しかも各社とも東電などの「声」に依拠する他人頼みの報道だ。水野解説委員のように自分の見識で論評していない。

 汚染水問題はその後も、2年におよぶ流出が判明し、タンクの下ばかりか上からも流出、新たな「港湾の外」への流出とセシウムの検出など事態は悪化。

 それでも首相は「完全にブロック」という発言を繰り返す。文字通り「完全にブロック」でないなら、それは「ウソ」というものだ。ウソをウソだと記者の責任で明言しない報道は読者や視聴者に届きにくい。

 「王様は裸だ!」

 そのことを「すぐに」「自分の見識で」伝えないなら、既存メディアがネットに取って代わられる日も近い。

     ◇

水島宏明(みずしま・ひろあき)
ジャーナリスト・法政大学社会学部教授。
1957年生まれ。札幌テレビ、日本テレビで海外特派員、ドキュメンタリー制作、解説キャスターなどを歴任。2012年4月から現職。主な番組に「原発爆発」「行くも地獄、戻るも地獄」など。主な著書に『ネットカフェ難民と貧困ニッポン』など。「ヤフーニュース・個人」で報道に関する記事を発信中。

本論考は朝日新聞の専門誌『Journaliosm』11月号より収録しています