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パソコン遠隔操作事件で考えた冤罪と可視化

小俣一平 東京都市大学教授(メディア情報学)

 パソコン遠隔操作事件で、威力業務妨害などの罪に問われた片山祐輔被告(32)の第11回公判が6月20日、東京地方裁判所(大野勝則裁判長)で行われ、片山被告になりすまされ、遠隔操作をしたとして誤認逮捕された三重県津市の29歳の男性が証人として出廷した。

 この中で、被害者の男性は逮捕された際、「認めたほうが早く家に帰れると考えたが、家族の説得で否認を貫いた」と証言した。例え無実の罪で拘束されていても、「罪を認めてしまうかもしれない」人間の弱さをリアルに証言していて、これまでにも多くの罪なき人々が同様にやってもいないにも関わらず、逮捕、起訴されたであろうことを想像させた。

 この事件は、インターネットを駆使した21世紀型の特異な犯罪の一つである。「なりすまし」という行為が、パソコン1台あれば簡単にできてしまうことが驚愕をもって受け取られると同時に、「今日は人の身、明日は我が身」であり、「対岸の火事」と眺めていられない戦慄を多くの人たちに与えたことは難くない。だからこそ、片山被告が主張する「私も被害者」はどことなく説得力があったし、冤罪事件で実績のある弁護士もベテランのジャーナリストも彼の言葉に耳を傾けた。その顛末を振り返ってみた。

 5月20日、片山被告が、「自分が真犯人だと自供した」と伝えられた直後、編集者から感想を訊ねられた。

 「驚きもせず、呆れもせず、笑いもせずっていうところですかね」というのが、口をついた第一声だった。

 「驚きもせず」と思ったのは、これまでの新聞・テレビの報道、毎週届く雑誌の特集記事などを読んできて、江ノ島、雲取山と奇妙に一致する偶然や片山被告が勾留されている間は「真犯人」の動きがピタリと止まり、保釈されると動きが出てくる状況に、「被告の抗弁には無理がある」と、人より幾分長く事件記者として過ごしてきた体験から強く感じていた。

 それ以上に、4人もの無関係な男性を誤認逮捕し、警察庁長官が謝罪までした、その後の逮捕が同様に誤認であれば、長官はもちろん関係幹部は軒並み辞表モノで、組織第一の警察が絶対的な自信無くして、「5人目の逮捕」という危険な賭けに出るはずもなく、またそんな逮捕を検察が容認するはずもないという発想があった。

 もう一つは、東京地検特捜部の検事が投入されことを知り、かつて日本共産党国際部長宅盗聴事件の告発を受けた特捜部が、神奈川県警による組織ぐるみの犯行だと突き止めた実績を思い出したことによる。特捜検事投入は、「乾坤一擲」の勝負だと見定めるのも、かつての “検察担当記者”的発想に他ならないのではあるが。

 「呆れもせず」は、表現に気をつければ、「パソコン偏愛者」もひとつ道を踏み外せば、「魔法の箱」を悪用するのだろうという認識が織り込み済みだったからだ。

 「笑いもせず」は、片山被告を弁護し続けたジャーナリストたちの存在である。弁護士は、弁護活動の途中で、依頼人が真実を語っていないと思っても、依頼人の不利になる弁護活動をすることは禁じられている。職業上ある種の運命共同体として、擬似当事者となるケースもあるので、それほど驚くべきことではない。

 一方、片山被告の”冤罪“を主張してきたジャーナリストたち、あるいはその論調に相乗りしたメディアはどうか。彼らは、結果として、

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