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韓国「セックスワーカーの日」レポート

澁谷知美 東京経済大准教授(社会学)

 6月29日、ソウル市麻浦区のイベントスペースにて、「セックスワーカーの日 韓国と日本の性労働者の人権状況」と銘うたれた報告会が開催された。主催者は、ジャイアント・ガールズ(以下、GG)。韓国のセックスワーカー人権グループである。この記事では、報告会と、同日行われたトランスジェンダー・セックスワーカーによる演劇公演の模様をレポートする。

 韓国では、6月29日は「セックスワーカー(性労働者)の日」である。当事者や支持者、業者などの民間が決めたもので、政府公認ではない。2005年6月29日にソウルオリンピック公園にて開催された「セックスワーカー宣言式」に起源を持つ。ワーカーによるデモ行進や関連イベントが行われたり、ワーカーたちが仕事を休み、一緒に餅を食べてお祝いすることもある。

 GGは当事者と、市民や研究者などの支持者から成るグループで、セックスワーカーの生存権、労働権、市民権の獲得を目ざして2009年に結成された。今年の性労働者の日、GGは、セックスワーカーの健康と安全のために活動している日本のグループSWASHを招き、報告会と演劇公演をおこなった。それぞれに市民や学生ら約30人が参加し、会場は満席となった(なお、こちらの記事ではSWASHの要友紀子氏にインタビューをしている)。

 韓国におけるセックスワークの位置づけについて、ごく簡単に言及しておきたい。韓国の性労働を取りまく状況は、きわめて厳しいものである。

 「セックスワーカーの日」が非公式にせよ決まっていて、セックスワーカーたちが要求を掲げて街をデモ行進するなどというと、韓国ではセックスワークは社会的に認められている印象を持つ人がいるかもしれない。また、あるフェミニスト団体はGGを応援し、団体主催のコロキアムでGGメンバーの発表機会を設けるなどしている。そんな話を聞くと、ますます認められている印象が強まるかもしれない。

 しかし、韓国社会全体からすれば、セックスワークへの風当たりはきわめて強い。セックスワークをすれば、1年以下の懲役または300万ウォン(約29万円)以下の罰金などに処される。後述するが、警察によるセックスワーカーへの人権侵害はたいへん深刻である。市民はそれに疑義をさしはさむどころか、自分たちが「ミニ警察」となって、率先して人権侵害をしようとしているように見える。フェミニスト団体にしても、GGを支持するのはまれで、多くの女性団体はセックスワークに否定的だ。のちに話題となる「性売買特別法」はセックスワークの根絶を目的の一つとしているが、女性団体の強力な推進運動のもと成立した経緯がある。

 そうした状況に抗うゆえの「セックスワーカーの日」のデモ行進であり、一部フェミニスト団体との連帯なのである。一筋縄ではいかないセックスワークの位置付けを念頭に、レポートを読んでいただければと思う。

セックスワーカーを危険にさらす法律

 この日のイベントで、GGメンバーのヨニ氏が発表した「韓国・性売買特別法の人権侵害事例報告」は、本法がワーカーにもたらしている被害を紹介したものである。

 本題に入る前に、「性売買特別法」について説明したい。この法は、「性売買防止および被害者保護などに関する法律(以下、防止法)」と「性売買斡旋等犯罪の処罰に関する法律(以下、処罰法)」の総称である。以前あった「淪落行為等禁止法」にとって代わるもので、2004年3月に制定、同年9月に施行された。セックスワーカー女性の保護とセックスワークの根絶を目的としており、いずれも女性団体の強い後押しによって成立した。

 韓国の女性運動にくわしい山下英愛によれば、きっかけは2000年に群山で起こった性売買業所の火災事件だったという。この店で働いていた女性たちは、多額の借金を背負わされ、部屋の外から鍵をかけられて監禁され、性奴隷状態に置かれていた。事実が明るみになるや、女性団体は地元の性売買の実態調査に取りくみ、2001年当時、新設されたばかりの女性部(日本の省に相当。現在の女性家族部)の後押しを受けながら性売買関連法の制定運動を行った(注1)。同じような人権侵害を防ぐための「善意」の運動だったといえる。

 しかし、女性団体は思わぬ事態に直面する。法施行直後、

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