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超分業、超多忙、素人記者、そして悪意が背景

水島宏明 ジャーナリスト、上智大学文学部新聞学科教授

  9月10日にテレビ朝日「報道ステーション」で起きたニュース映像の「捏造(ねつぞう)」には驚いた。いまどき、すぐにバレて大問題になりかねない恣意的な編集をやってはいけないことなど自明だったはず。それが行われていたテレビ朝日という会社の報道局や「報道ステーション」という番組で働く人々の規範意識の低さやチェック体制の甘さはあきれるほどだ。かつて自分がいた職場であればありえない。もし発覚したら、その実行者は職場にいられなくなるだろう。

  九州電力川内原発が福島第一原発事故後に新たに設けられた原子力規制委員会の規制基準に合格し、再稼働に向けてゴーサインが出たというニュース。

  記者会見した原子力規制委員会・田中俊一委員長が記者たちの質問に答えた映像と音声の前後に実際には記者から同じタイミングで発せられた質問とは違う内容が挟み込まれていたり、実際の流れとは違う文脈で発言が編集がされていたり…。

  30年間、テレビの地方局やキー局の報道の現場で働いていた筆者の経験でもニュースとしては禁じ手ばかりで「捏造」と言われて仕方ないものと判断する。あってはならないことが起きた。テレビ報道の信用につけた傷は致命的なほどだ。

  テレビ朝日側も「不適切な編集」があったことを認め、関係者をすでに処分している。さらにBPO(放送倫理・番組向上機構)も放送倫理検証委員会が審議に入って関係者等の調査を行っている。

  実際の記者会見でのやりとりはどんなもので、それはどのように「不適切」に編集されたのか?

 原子力規制委員会はこの経緯を「9月10日放送分の報道ステーション(テレビ朝日)での報道について」(https://www.nsr.go.jp/news/26/09/0911.html)というホームページに載せているので、「実際にあったこと」と「放送されたもの」を読み比べることが可能だ。

  放送内容を見てみると「火山」の審査基準についてのやりとりだとして田中俊一委員長がこう答える。
 「100%、100点だということを申し上げるつもりはなくて、それはすみやかに直して、きちっとバックフィット(基準の更新)が必要であればそういうふうにしていけばいいと」

  ところがこの部分の発言、実は「火山」に関する審査基準ではなく、「竜巻」に関する審査基準のやりとりの中で出てきた言葉だった。

  また放映された田中俊一委員長の記者会見の映像では田中氏が記者たちから次々に質問されながら、それに答えようとせずに会見を打ち切った、というふうに見える場面が登場する。火山についての審査基準は原子力規制委員会も一部適正ではないと認めているという説明の後で質問はこの点に集中したとする。そして字幕で「噴火前兆について」という補足が出される。

 ・記者Aの質問
  「火山に対する、予測であるとか影響に関して、(火山学者から)非常に大きな批判がありましたけれども?」

 ・記者Bの質問
  「現在の科学の知見をねじまげてこれで審査書を出すと…」

  (ここで映像を一度カットして、以下につなげている)

  「いわゆる安全神話の復活になるとは言えないのでしょうか?」

 ・田中委員長

  「答える必要ありますか? なさそうだからやめておきます」

  映像の編集は、一般的に実際は長い時間かかって行われているやりとりを、短く、視聴者などに分かりやすく伝えることが基本だ。何より「公正」であることが大前提だ。最後の一言はそこだけ聞けば田中氏が質問への回答を避けた印象が強いが、実際のやりとりでは記者Bが長々と持論を展開して何を聞きたいのか分かりにくい。田中氏はそれにあきれて打ち切ったのだろう。この質問をごく一部だけ切り取って、最後に田中氏の逃げるような「答える必要ありますか? なさそうだからやめておきます」で終わってはいかにも田中氏の印象が悪い。まるで逃げたようだ。

 さらに火山についての審査基準がたとえ一部であっても適正ではないと原子力規制委員会が自ら認めているというナレーションもあったが思わず耳を疑った。行政の一部である原子力規制委員会が(それぞれの委員の個人的な意見は別にして)「適正ではない」と認めることなど通常はありえないことだからだ。

  いったいここの部分のナレーションを書いた記者は官庁をどれだけ取材した経験があるのだろうと思った。

 質問1つに対し、回答も1つずつ合わせて編集するのも、本来の記者会見の映像のつなぐ場合の公正さの基本だ。原子力規制委員会のホームページに載せられたくわしいやりとりを見る限り、実際には田中氏は記者Aの質問には回答していた。

  こうした点だけでも、行政の一部である機関のトップの記者会見を編集するにはあまりにもずさんで、「公正さ」を保とうという意識がほとんどみられない放送だった。

  「一部適正ではない」という表現のナレーションについても

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