2014年11月18日
いたたまれない思いでいるうちに6分練習が再開され、なんと羽生結弦が現れてしまう。
「嘘だろ?」「羽生、滑る気なのか!」
彼らのケガの詳細は、この時点では一切わからなかったし、衝突シーンの映像なども場内に流れないので、状況も判明しない。
しかしどう考えても、これは狂気の沙汰にしか見えない。場内から大きな拍手と歓声が降りそそぐなか、頭にテーピングをした姿の羽生は、それでも4回転を手をついたりしながらも回っている。
「いやもう、滑りたい気持ちはわかったから、ここでやめよう!」
「誰か止める人はいないの?」
さすがにお客さんの掛ける声も悲鳴に近い。頭をガクカク揺らしながら滑り、それでもトリプルアクセル‐トリプルトウなどを跳ぼうとするのだから。
6分練習を終えた彼を追いかけるように、我々もインタビューエリアにとんでいく。遠目ではあるが、滑る前の彼の様子がそこからならうかがえるのだ。先に滑る3人の選手の演技中、頭を包帯でぐるぐる巻きにしたままの姿で、いったんスケート靴を脱ぎ、比較的平静な様子で彼は出番待ちをしていた。
廊下を行ったり来たりする姿は、いつもと変わりない。ただ、ときおり「ハン・ヤンは?」と、まだ治療中で、6分練習にも出てこなかった友人のことを気遣っている。彼の治療の様子を心配そうにのぞいたりもしている。この時点で、ハン・ヤンが棄権するかどうかは判明していない。
滑走前の待ち時間は、どう集中するか、どうテンションを上げるか、とても大事な時間だ。この時間をこの日の彼は、おそらく混乱に満たされたまま過ごしていた。友人の容態を気にしつつ、狂ってしまったタイムスケジュールを気にしつつ、自分の身体の状態を見極めることも、フリーをどう滑りきるかも、最後に気持ちを落ち着けることも、おそらく何もできていなかっただろう。
それでも極力いつもどおりの様子を見せ、心配する周囲の人には、こんな応えまでしていた。
「だいじょーぶ! 死ぬまでやる!」
ああ、これはダメだ、と思った。
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