メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

大学を災害が襲うとき(1)

迅速な休講判断を妨げる「15回縛り」の呪縛

みわよしこ フリーランスライター

 2018年9月6日、北海道胆振東部地震が最大震度7の揺れをもたらした時、幼稚園・小学校・中学校・高校は「夏休みが明けたばかり」というわけではなかった。冬の厳しい北海道では、もともと学校の冬休みが関東以南に比べて長く(2018年度予定では12月23日~1月8日)、夏休みは短い(2018年度は7月25日~8月18日)。地震当日の6日は、小・中・高などの公立学校1891校が休校または短縮授業となった。公立学校の約90%で、通常の授業を行えなかったことになる。週明けの10日、公立学校の約90%で授業が再開されたが、「給食の提供が困難なため午前中のみの短縮授業」という学校も多かった。

 一方、大学の多くは夏休み期間だった。本州以南でも多くの大学が夏休み期間だが、北海道でも夏休みが「もうすぐ終わる」という時期だった。これを「幸いにも」と見るか「不幸にして」と見るかは、見る人の置かれた状況によって、また大学にどのような立場で関わっているかによって、大きく異なるだろう。

 いずれにしても、大学に対する地震の影響は、最小に近かったはずだ。もちろん、ゼロではない。集中講義や社会人向け資格取得コースなど、夏休み中の学事もある。それに講義の有無にかかわらず、大学のどこかは、24時間365日動き続けているものだ。たとえば高次救急を担う大学病院に、「地震なので休業します」という対応は考えられない。

 本記事では、短期連載として、大阪府北部地震と西日本豪雨に際して、大学がどのように休講を判断したのか、その判断を受け止めた教員や学生の行動や思いを振り返る。そこからは、大学運営の現状と課題が浮かび上がってくるはずだ。

 本記事では、大学の休講判断を、いわゆる「15回縛り」から検証する。この「15回縛り」は、「2単位に対して、90分の講義15回(定期試験を除く)が必要である」とするもので、2008年に中教審が提出した答申「学士課程教育の構築に向けて(以下、「学士力答申」)」に基づく。2011年、東日本大震災の際、事実上は有名無実化されたと考えられるが、2018年現在も、地縛霊のようにしぶとく生き残っている。

大学設置基準を具体化した2008年の「学士力答申」と「15回縛り」

 大学の単位認定は、「大学設置基準」に記載されている。

 第21条(単位)によれば、各授業科目の単位数は大学が定める。しかし1単位あたりの学修時間は、学生の授業外学修を含めて「45時間」と定められている。また1単位あたりの授業時間数は、15~30時間(講義および演習)・30~45時間(実験・実習・実技)と定められている。授業期間(定期試験を含む)は35週にわたること、「前期」「後期」「セメスター」は「10週または15週にわたる期間」を単位とすることが原則とされている。「大学の自治」「学問の自由」とはいうものの、スケジューリングについては、もともと、一定の枠組みが存在していたのである。

 単位認定が「15回縛り」として明確化されたのは、2008年の学士力答申でのことだった。それまでの大学教育の内実や単位認定を不明瞭・不明確とする立場から「実質化」を求めた答申は、大学設置基準の規定に沿った授業時間数を「講義であれば1単位当たり最低でも15時間の確保が必要」、さらに「これには定期試験の期間を含めてはならない」とした。

 大学評価・学位授与機構の野田文香氏らは、2017年に発表した研究ノートにおいて、2005-2011年度の7年間にわたる大学機関別認証評価結果から、各大学が単位制度の実質化に対してどのように取り組んできたのかを分析した。大学の29%が「授業回数の15週(回)確保」を行ったと述べており、特に2009年以後に増大しているという。野田氏らはこのことについて、「(2008年の学士力答申による)法的コンプライアンスの影響」、さらに「各授業科目の授業期間あるいは授業回数そのものについて,設置基準の内容がこれまで十分に浸透していなかった実態が浮き彫りに」と述べている。

「15回縛り」がもたらす問題

 筆者は1980年代に、理学部物理学科で大学生活を送った。大学レジャーランド説が唱えられていた時期ではあるが、「遊んでいても単位が取れて卒業できる」という世界は理工系学生には無縁だった。教員が出席を評価するか否かにかかわらず、学ばなければ単位や好ましい成績を獲得できず、自分の将来の可能性が狭くなる。とはいえ、「教室には学生は5人しかいないのに、なぜか出席票は50人分ある」という状況も、一般教育科目を中心に存在した。教育に熱意を抱いていないため欠講の多い教員もいた。また、欠講が必ず補講されるとは限らなかった。

 80年代当時と現在、大学生の状況に関する最も大きな違いは、経済状況であろう。教育学者の舞田敏彦氏は、日大と全国大学生協の調査から、学生のアルバイトの目的が、主に旅行・交際・レジャーから生活費・学費へと移行していること、および、その背景と考えられる仕送り金額の減少を紹介している(ブログ記事)。貧困の拡大が親の経済状況を悪化させた結果、大学生の子どもは生活費と学費のためにアルバイトしなければならなくなる。休講に対して補講を行うことは、アルバイトによる収入機会を学生から奪うことにもつながる。そういった小さな障害の重なりは、真綿で首を絞めるように、学生の修学を困難にしていく。

東日本大震災は「15回縛り」を有名無実化できたのか?

 2011年3月25日に文部科学省が発行した事務連絡「東北地方太平洋沖地震の発生に伴う平成23年度学事日程等の取扱いについて」によって、「15回縛り」は事実上、有名無実化したと考えられている。この事務連絡には、
「平成23年度当初の授業期間については、東北地方太平洋沖地震の影響等に鑑み、1単位の学修時間が45時間である単位制度の趣旨を踏まえ、補講授業、インターネット等を活用した学修、課題研究等を活用し、大学設置基準第21条等で定める学修時間を確保するための方策を大学が講じていることを前提に、10週又は15週の期間について弾力的に取り扱って差し支えないこととすること」

とある。文科省は、「15週の前期の間に15回の授業」にこだわらずに、まだ講義など通常の大学の教育活動にもこだわらずに、各大学が弾力的に教育や単位認定を行うことを認めている。東日本大震災という非常事態において、やむを得ない、かつ妥当な判断であろう。ともあれ、少なくとも災害時、大学は「授業15回」の呪縛から解放されることとなった。

 2016年、立命館大学教授の仲井邦佳氏は、国内の各大学および海外の大学での単位認定に関する慣例を比較し、また学士力答申に至った中教審での議論を解きほぐし、「15回」と「15週」および「時間」と「期間」が混同された経緯、また定期試験の実施が必須であったわけではないことを明らかにした。そもそも中教審で目指されていたのは、学生が授業外で自発的に学修する時間を増加させることであった。「15回縛り」は、学生の授業外の学修とは、ほぼ無関係である。仲井氏は多様な検討の末、2単位の講義は「13回または14回の授業+試験」が妥当としている。

 いずれにしても、「半期15回の授業+定期試験」という「15回縛り」は、2011年時点で有名無実化されている。しかし国立大学だけを見ても、東大は授業13回+定期試験等であるのに対し、北大は授業15回+定期試験等となっている。私学では、概ね「授業14回+定期試験=15回」「授業15回+定期試験」としているところが多い。仲井氏が所属する立命館大学も「授業15回+定期試験」である。「15回縛り」は、やはり地縛霊のように、各大学の呪縛でありつづけていると考えるべきであろう。

 また、文科省だけでは決定できない事柄もある。看護師・保育士・自動車整備士などの資格を取得するためのコースの場合、資格要件を定めているのは厚労省や国交省などの他省である。また、病院で行う看護実習など、学外の他機関で行う必修の実習もある。このため文科省は、他省庁と合同で、「東日本大震災の発生に伴う医療関係職種の受験資格及び学校養成所の運営等に係る取扱いについて」などの事務連絡を発行し、資格要件となる単位や実習に関する弾力的な運用を要請している。

 文科省が「非常事態だから授業10回にレポート2本で2単位を認めても良い」としても、その単位を資格要件としている他省庁が認めなければ意味がない。これらの事務連絡の宛先には、各地の教育機関や資格認定機関が入っている。「文科省と厚労省(例)が共同で、柔軟な取り扱いをしても大丈夫だと宣言しますので、皆様、そのような取り扱いを」ということだ。しかし、資格そのものの質を下げることは許されない。かくして、いったん「15回縛り」を前提として組み立てたカリキュラムを、「柔軟に」と言われた際に実際に発揮できる柔軟性には、さまざまな方面から制約が加えられることになる。身体の柔軟性を誇る人でも、ウェットスーツを着せられたら「同様に」というわけには行かないであろう。

ありふれた災害が「想定外」や「特例」に、大学の休講規定はどうなっているのか

大阪北部地震で被害を受け、屋根にブルーシートが目立つ住宅地=7月16日、大阪府高槻市
 それでは、大阪府北部地震と西日本豪雨の際、休講の判断はどのように行われ、どのように通知されたのだろうか?

 6月18日、大阪府北部地震が関西を襲ったのは、午前7時58分だった。その日、大阪府内のP大学で教授職にあるAさんの担当授業はなかった。Aさんのもとに「終日休講」という連絡が入ったのは、10時ごろであった。なお、学生に対しては、安否確認システムを通じ、9時過ぎに「午前の授業はすべて休講、午後は未定」という通知、ついで10時過ぎに「終日休講」という通知が発せられた。発災から約2時間後のことであった。学長はじめ執行部の人々はベストを尽くしたのであろうが、教職員や学生は、その間も大学に向かおうとしていたはずだ。「遅いなあ」という印象は否めない。

 P大学には、もともと休講に関する規定が存在する。午前7時に支障が発生している時には自動的に午前中が休講、午前10時に同様の場合には自動的に午後が休講となる。支障の内容は、「大阪府内の特別警報および暴風警報」「大学へ到達する路線の運行停止」、この他、個別に休講の判断が行われる場合もある。

 大阪府北部地震は、気象警報によって予告されていたわけではない。しかし大学へ到達する路線は運休となっており、運行が再開されたのは同日夜だった。P大学の休講規定には該当するのだが、

・・・ログインして読む
(残り:約2402文字/本文:約6796文字)