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それでも先生になりたい アルバイト教師の実態

収入は正規よりずっと低いのに、きつい仕事ばかり回ってくる。これでも同じ「先生」か

佐久間亜紀 慶應義塾大学教授

KPG Payless/shutterstock.com_

 前回記事『先生が足りない! 教育現場の悲鳴』では、公立学校の教員不足が深刻化し、アルバイト教師に頼るしかない実情を報告した。なぜそこまで教員不足が進んだのか。その理由を探る前に、今回はアルバイト教師たちの実態を伝えたい。

6年生の担任になったアヤネさん

 「わたし、次の学校では、6年の担任らしいです」

 こんなラインが、春、アヤネさん(仮名)から送られてきた。

 「あれ、アヤネさん、教員採用試験受かったんだっけ?」

 「いえ、まだ臨採です!」

 私は絶句した。

 アヤネさんは、おととし大学を卒業したばかり。小学校教員をめざしていたが、教員採用試験に2回連続で不合格。でも、家庭の経済的事情でお金も必要なので、アルバイトで先生の仕事をしながら、教採の合格をめざしていたはずだった。

 教員経験がまだ2年しかない、しかもまだ「臨採」の先生に、一番仕事が難しくて大変な6年生の担任をさせるとは……。

 返す言葉を失った。

 「臨採」とは、臨時採用教員の略。学校教育の現場で広く使われている言葉だ。正式には「臨時的任用教員」と呼ばれ、非正規雇用されている教員の一種にあたる。

 労働の非正規化が社会のあちこちで拡大しているが、その波は教育界にも押し寄せている。2001年以降は、学校現場でも先生の「非正規化」が進んだ。いってみれば、アルバイトのような枠で採用される先生が、急激に増えたのだ。

 2001年まで、教職のほとんどは正規雇用枠で、身分が不安定な非正規雇用は、例外的な2つの場合に限られていた。

 一つは、非常勤講師という雇用形態で、主に中学校や高校で、英語科とか国語科とか、特定の学年の特定の授業だけを受け持つ。職位は一番下の講師の扱いで、しかも非常勤なので、「1コマいくら」の時間給で契約して、職務は授業だけに限定されている。自分の病気で休んだり、長期休暇で授業がなかったりするときは、収入がない。

 もう一つは、産休・育休代替と呼ばれる雇用形態だ。正規雇用されている先生が、妊娠出産休暇を取得したり、育児休業を取得したりして正規枠に欠員が生じたときに、その期間だけの任期付きで、いわば「代打」として教壇にたつ。

 休暇をとる先生が担っていた職務のほとんどを引き継ぐので、学級担任や部活顧問なども任され、フルタイムの常勤扱いになる。

「臨時」のはずが「常時」いる

 ところが、2001年以降、急増した非正規雇用の形態がある。それが「臨採」だ。

 最長1年間の任期付き採用だが、フルタイム(週40時間)の常勤で、学級担任や部活指導を任されたりする。

 「臨時的」に任用される先生が、学校現場に「常時」いることになったのである。

 仕事内容は、産休・育休代替教員のように、正規雇用の先生一人分の仕事を、ほとんど全部こなすことが期待されている。子どもや保護者からすれば、どの先生が正規雇用で誰がそうでないかは、すぐには見分けがつかない。

 でも、正規雇用ではないから、初任者研修もなければ、指導してくれる教員もつかない。それでも、いきなり授業ばかりか、学級担任までもたされた上、運動会や学芸会などの行事、委員会や部活など課外活動など子どもに対する教育活動はもちろん、保護者会など親への対応から、学校内のさまざまな業務の分担などを、立派にこなさなければならない。

 子どもからすれば、どの先生が非正規か、なんて関係ない。全力で、甘えたり、ぶつかったりしてくる。

 ひとたび教壇にたてばみんな同じ先生だ。

 保護者からしても、担任の雇用形態など知ったことではない。非正規雇用だろうが、ちゃんとやってくれなければ困る。

 だから臨採の先生たちはみんな、必死で頑張っている。でも、年収は、同じ歳の正規の先生の5~6割くらいにしかならない。

 まったく割にあわない待遇なのである。

maroke/shutterstock.com

それでも先生になりたい

 それでも、教員志望の学生たちは、もしも教員採用試験に受からなかったら、「臨採」の募集を求めて、教育委員会の名簿に登録を希望する。

 教員志望の若者からすれば、別の業種のアルバイトをするよりも、つきたい仕事なので働きがいを感じられるし、教員としての知識や技術を磨く下積みの経験になるからだ。

 しかも、「臨採」の経験があると、教員採用試験の時に有利になる可能性もある。多くの自治体では、一次の筆記試験が免除になったりするし、面接時にも実際の経験を踏まえた具体的な話をしやすいので、現役大学生より高得点をとりやすい。

 うまくいって臨採教員として頑張っている姿を校長から評価してもらえれば、採用後の配属で有利になる可能性もある。教員採用試験に合格した時に、慣れた学校で初任としてのキャリアを始められたりする場合もある。

 だから、多くの大学教員は、臨採教員の待遇の悪さは承知しつつも、「教員採用試験に合格するまで、なんとか無事に走り抜けて!」と祈るような気持ちで、毎春、学生を送り出してきた。

 ところが、この数年の臨採教員の働かされ方は、学生の下積み経験とか、学生と教育委員会のギブ・アンド・テイクの域をはるかに超えるような、異常なものになっているようにみえる。

正規の教師が敬遠するクラスを「臨採」に

 冒頭のアヤネさんは、臨採を2年経験しただけなのに、新しく着任する学校で、しかも未経験の6年生を担任させられるという。

 6年生の担任は、重責のうえ負担が重く、通常は、一定の評価を得た先生にしか任せられないポジションだ。

 まず、授業が難しい。授業時数が増え、学習内容の難易度が上がるのに、全教科の授業をしなければならない。社会科では日本史や世界史の通史を教え、理科も物理・化学・生物・地学の広領域を扱うため、子どもの疑問や質問にちゃんと答えるには、事前の勉強が不可欠だ。

 しかも、近年では教師主導型の一斉授業方法では許されず、子どもの探究活動がメインになるような授業形態を準備することが期待されている。そこに、道徳科や英語も加わった。

maroke/shutterstock.com

 また、6年生になると、出来ない子と出来る子の差が大きくなっていて、それぞれへの対応が求められる。一昔前は、子どもの平均的なレベルにあわせた授業をしていればよかったが、今は違う。下位層の子どもが追いつけるような個別学習を準備しながら、上位層の子どものための発展学習のプリントなども、用意するよう求められている。

 生徒指導にも力量がいる。6年生ともなると、子ども達は思春期まっさかり。子ども同士の人間関係が難しくなっていたり、大人への反抗心をむきだしにしてぶつかってくる子どもがいたりする。そんななかで、教科担任制の中学校で自立していけるように、小学校のうちに育てておくべきことを、総仕上げとして指導することが期待されている。

 何より、6年生は忙しい。最高学年として、ことあるごとにリーダーシップを発揮しなければならないので、休み時間も放課後も、打ち合わせや準備の作業が目白押しになる。移動教室など宿泊を伴う学習や、卒業文集やアルバム、式の練習など、卒業にむけた様々な行程もこなさなければならない。

 そんなわけで、6年生の担任は、残業が人一倍多くなるし、体力も指導力も必要になる。そのため、その是非はさておき、男性の先生が高学年を担当させられることが多くなってしまっているくらいなのだ。

 その仕事を、未経験のまま担わされ、同時に教員採用試験に備える自分の勉強をしながら、こなしていかなければならない。

 不合格なら、来年もこの状況が続く。落ち続ければ、永遠に非正規のままだし、一年ごとの契約更新なので、来年の仕事があるかどうかも不確かだ。

 しかも、臨採は一年ごとの契約なので、一年ごとに学校を変わるのが基本だ。学校側からすれば、教育委員会に対して、「一年間は臨採の先生で耐え忍ぶから、来年度は必ず正規雇用の先生を、人事で充当してください」という要望を出すわけで、非正規のポストはあちこちの学校に移っていくことになる。

 転勤は、誰だって苦労する一大事だ。同僚の顔と名前を覚えるだけだって大変なのに、新しい人間関係のなかに飛び込んで、一から信頼関係を築いていかなければならない。

 子どもの話を理解するのだって、地域の状況がわからなければ大変だ。例えば子ども達がよく口にする「サントク」が、スーパーの名前だったと、しばらくしてからやっとわかる、などというように。

 冒頭のアヤネさんの場合、後でわかったことだが、担任するようあてがわれたのが、前任者にいろいろあって、荒れてしまった大変な学級だったという。正規雇用の先生が誰も持ちたくないといい、仕方なく空いたポストにアヤネさんが着任することになったということだったらしい。

非正規の立場は圧倒的に弱い

 そのうえ、こんな重大な連絡が、校長からSNSで伝えられたという。

 「校長先生からの連絡は、これだけでした。先生はどう思われますか?」と送られてきたスクリーン・ショットの画像には、こんなメッセージがあった。

「6年の担任です。よろしく(^_^)」
「歴史の勉強しておいてください」

 いくら非正規でも、人事マターの伝達に、この対応はないのではないか――。ラインの画面を長いことみつめながら、私はもう一度、絶句した。

 私が校長に話をしようか、ともアヤネさんに提案した。でも本人は、正規雇用を目指しているし、校長先生の評価が人生を左右するから、ここで下手に波風をたてたくないという。

 非正規教員の立場は、圧倒的に弱いのだ。

 結局、アヤネさんは、教員採用試験の面接練習を、校長先生が直々にご指導くださるという約束をとりつけて、そのまま6年生の担任を受け持った。

 そして、彼女は本当に全力を尽くした。粉骨砕身とは、こういうことをいうのだと思う。

 学級の子どもと信頼関係をつくることを、まず目標にした。子どもの本音を聴けるように「一言日記」を書いてもらって、赤ペンで感想を書いて返す。そんな地道な作業を、毎日続けた。

 ある子どもは、放課後に、学校の外で事件をおこしたという。警察から連絡があって飛んでいき、児童相談所とやりとりしながら、子どものケアに心を砕いた。

 「家庭がしんどい子なんです。でも、本当は、とっても優しい子なんです。かわいいんです」

 アヤネさんは言った。

 別の子どもは、キレると手がつけられないくらい暴れて、他の子を怪我させてしまうという。ある時、事件がおきて、アヤネさん自身がその子に殴られたと、真っ赤に腫れ上がった腕の写真が送られてきた。

今日、他の学年の先生に、些細なことで注意を受けた子が、取り乱して大変でした。
私は腕をたたかれました。
この子は、自分なんかこの世に必要とされてないと思ってる子で。今までずっと話し合いをしてきました。手をあげることだけはやめようって約束して、ここ2ヶ月は、自分でクールダウンできるようになってきていたんです。
私、悔しくって。
他の学年の先生に、あの子のプライドとか、いままでの頑張りとか、一瞬で傷つけられたこと。
あの子が、約束を守ってくれなかったこと。
自分がまだまだ未熟だったこと。
子どもの前だったけど、泣いてしまいました・・・
もう、子どもと向き合うのも嫌になっちゃいました。
すみません、先生。ただ話を聴いてほしくて

そして、アヤネさんは…

 アヤネさんは、こんな修羅場を何度も経験しながら、全力で子どもと向き合った。そして、3月には、卒業式を立派に成功させたという。

 卒業式を感動のなかで終えられたというのは、アヤネさん一人の力であるはずがない。他の先生方も、みんなで力をあわせてくださっていたんだとわかり、私は安堵し、感謝し、アヤネさんと一緒に、電話口で泣いた。

 後日、卒業式の写真を見せてもらった。綺麗な袴姿のアヤネさんが、何人かの、いかにもやんちゃそうな子どもたちに囲まれて、笑っていた。

 どの顔も、笑顔、笑顔、笑顔。

 アヤネさんの目は、こんどは嬉し涙で真っ赤になっている。

 子ども達が、本当にいい表情をしている。

 納得いく一年を締めくくれたことの、証だ。

 子どもたちは、この一年間のこと、アヤネ先生のことを、一生、忘れないだろう。

 教職とは、こんなにやりがいのある仕事なのだ。

Princess_Anmitsu/shutterstock.com

 でも、アヤネさんは、非正規雇用の待遇にすぎない。

 そして、教員採用試験は

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