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教員不足6つの処方箋

いま必要なのは「教育改革」ではなく「教育予算改革」だ。それこそ政治の責任だ

佐久間亜紀 慶應義塾大学教授

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 いま学校現場では、先生がみつからなくて授業が実施できなくなったり、教頭先生が学級担任をもたざるをえなくなったりする異常事態がうまれている。(『先生が足りない! 教育現場の悲鳴』参照)

 不足が問題になっているのは、正規教員の数ではなく、非正規雇用の枠である。(『それでも先生になりたい アルバイト教師の実態』参照)

 なぜか。2001年以降の行財政改革の結果、正規教員の数が減らされ、地方自治体は非正規教員への依存を高めた。その一方で、国は教員免許をとりにくくする政策を展開したため供給数が減り、非正規を経てでも教職を目指す人の層が枯渇してしまったからだ。

 しかも、教育改革で仕事の量は増やされ続けたため、教員全体が疲弊しており、精神疾患による病休が増えるなどして、さらに非正規教員が必要になるという、負の連鎖が生じている。(『教員不足3つの理由 教員全体が疲れ切っている』参照)

 いったいどうしたらよいのだろうか。

 ここでは、教員不足に必要な対策を、6つ示したい。

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1 教員不足の実態把握

 いま起きている教員不足は、非正規雇用教員の不足だ。

 その不足の実態は、教員を雇用している都道府県・政令指定都市ごとに、大きく異なっている。同じ県内でも格差がある場合も大きい。ところが、教員不足の数値を公表していない自治体も少なくない。

 教員不足への対策を進めるには、まずは、現状把握が急務だ。

 学校の窮状をご理解くださった読者諸氏には、まずは、自分が住む地域の学校が、いったいどんな実情になっているか知りたいと、声をあげてほしい。地方紙やNHK地方局の報道番組などに、問い合わせや要望のメールを送れば、記者さんたちが動きやすくなるはずだ。

 各教育委員会も、堂々と数値を公表し、ここまで現場が大変な事態になっていることを、きちんと議会や市民に訴えるべきだ。批判を恐れる必要はない。教員不足は、前回までの記事で書いてきたように、マクロの規模で起きた構造的な問題の帰結なのだから。

 各都道府県議会の議員諸氏には、各自治体の教員不足の実態を認識した上で、対策にいくら支出できるのか、財政の優先順位を建設的に議論していただきたいと思う。

2 非正規教員の待遇改善

 公表の結果、非正規への依存率が高いことがわかったら、前の記事『それでも先生になりたい アルバイト教師の実態』で触れたアヤネ先生のように、非正規の先生の待遇が悪すぎないかと、声をあげてほしい。

 いま問題になっている非正規教員の不足を解消するためには、非正規を経てでも教職につきたいと思う人を、増やさなければならない。その対策が必須となる。

 しかし、特に臨時的任用教員(臨採の先生たち)の待遇があまりに厳しすぎて、正規で採用する前に力尽きて病気になったり、教員への夢を断念して別の仕事についたりしてしまっている。文科省が2019年10月に11の自治体に行ったアンケートでも、過半数にあたる6つの自治体が、臨時的任用教員の不足要因として「採用候補者が教員以外の職に就職した」と回答したという。(文部科学省『いわゆる「教員不足」について』参照)

 つまり現状では、教員を育て増やすどころか、使い捨てにしている実態がある。せっかく養成した高度専門職の人々を使い捨てにするのは非効率だし、大きな社会的損失だ。

 臨時的任用教員の待遇を大幅に改善して、正規雇用を希望する人が採用されるまでサポートすると共に、学校現場に彼らを育てる余力をとりもどす必要がある。

 そもそも、国から各自治体へは、1学級40人という条件を前提に、必要とされる先生の数が計算されて、その給与の三分の一が支給されている。だから、せめて国が定める教員定数分は、非正規教員としてではなく、きちんと正規教員として確保してほしい。

 ただし、これを読んだ各都道府県・政令指定都市の採用計画担当者は、すかさず私に怒濤のツッコミを入れているはずである。「そもそも予算がつかないからこうなっているんだ!」と。

 だから、各自治体が非正規教員の待遇を改善したり、正規教員として雇用したりするための予算を計上するよう、住民が声をあげて、その声を議会に届けていくしかない。

 国に対しても、先生の数を確保するための責任を果たすよう、あちこちから声をあげてほしい。子ども達がきちんと教育を受けられるようにするのは、国の責任、私達みんなの責任だ。

3 対症療法

 国レベルでは、文科省は2018年10月に、3年間だけ有効の「臨時免許状」を、各都道府県教育委員会が出すための要件を緩和する対策をとった。期限切れになってしまった教員免許をもっている人などが、先生がみつからず授業が実施できなくなった教室で急きょ教えられるようにするための措置となる。

 教員免許の乱発は望ましくないが、かといって、もうすでに、実際に誰も教える人がいなくて子どもが授業を受けられない教室がこれだけ増えているのだから、やむを得ない判断だと言わざるをえない。

 ただし、あくまでもこれは、急場を凌ぐための短期的な対症療法に過ぎない。以下のような、中長期的で、抜本的な対策が求められる。

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4 教員志望者を増やす

 非正規教員の不足は、ある意味、巨大地震の前触れのようなものだ。この不足は、いま教職をめざす人が急激に減っており、近い将来、正規教員すら不足する可能性が高まっていることを示している。

 2018年度の全国の公立小学校の教員採用試験の倍率は3.2倍(前年度比0.3ポイント減)で過去最低、7年連続の減少を記録した(毎日新聞2019年5月9日朝刊)。このままでは、正規教員さえ確保できなくなってしまう危険な状態だ。

 教員養成の現場では、いま大きな対策が打ちだされなければ、さらに教員志願者は減るだろうという悲観的見通しが、広く共有されている。

 これほど「ブラック」な学校教員の労働実態が知られるようになってしまったのだから、優秀な若者ほど敬遠するのは無理もない。いまや、現職教員でさえ、教職を目指そうかと迷う我が子に「やめたほうがいい」と言わざるをえないと、嘆いている。

 教員の数が足りない事態となれば、教育の質や先生の質など二の次、三の次にならざるをえない。教員志望者の減少は、子どもたちが受ける教育の質に直結する問題だ。

 教職の魅力を高め、教員を志す人を増やすことが、真の対策となる。

5 教職の働き方改革を

 教職を目指したいと思う人を増やす、あるいは転職してでも教職を目指したいという人を増やすためには、教職につく魅力を増していく必要がある。

 教職の給与や待遇は、同等の能力をもつ人が選択できる他職種と比較して、相対的にどんどん切り下げられてきた。例えば、人に教えられるほど充分な英語力があるなら、英語科教員などよりも、ずっと給与や待遇のよい魅力的な仕事など、他にいくらでもある。

 特に、志願者減少の最大の原因となっている教員のブラックな労働環境は、即刻改善していく必要がある。働き方改革の実現は、教員不足に必須の対策だ。

 教育界はこの20年、ずっと業務の効率化や長時間労働の改善に取り組んできた。しかし、文部科学省の教員勤務実態調査によれば、平成18年(2007)度の前回調査と比べ、28年(2017)度調査では逆に教員の勤務時間が長くなってしまっていることが明らかになった。

 なぜか。業務効率化による効果以上に、度重なる教育改革で、どんどん業務を増やされ、そこへベテラン(団塊世代)の大量退職や、人員削減が重なってきたからだ。

 中央教育審議会が指摘しているとおり、教職には、効率化できる仕事とできない仕事がある。たとえば、いじめを訴えて相談にきた子どもに「お話は要点のみを手短に」といえるわけがない。

 そもそも、効率化どころか、教員一人あたりの仕事量が、物理的にどう考えたって勤務時間内に収まるはずのない分量になっている実態は、もっと社会に知られるべきだと思う。

 例えば小学校6年生の担任なら、朝8時すぎに子どもが登校してからずっと授業をし、子どもが下校するのが16時くらいになる。教員の場合、労働基準法に照らせば、終業時刻は16時15分までだ(教員は現状では、人手不足で労働基準法で規定された45分の休憩すら日中にとることができない。昼食中でさえ、給食の配膳指導や食育の指導、急性食物アレルギー反応への備えなどの重要な職務があって、子どもから離れて休憩などできないからだ。だから理論上は、17時から45分前倒しした16時15分が終業予定時刻という計算になる)。授業の準備だけに限定したって、1日8時間で終わるはずがないではないか。

 「1コマ45分の授業を準備するのに、いったい何分かかるって思われているんだろう」と多くの教員がぼやいている。読者諸氏には、会社や営業先で45分のプレゼンテーションをするのに、いったいどれくらい時間をかけて準備しているか、ちょっと考えてみていただきたい。しかも授業の準備以外の仕事だって、文字通り死ぬほど、たくさん割り当てられているのだ。

 中学校や高校なら、子ども達の登校は朝8時ごろ、子どもが全員下校するのは夜8時ごろになる。12時間の業務を、正規の8時間労働で考えるなら、今の1.5倍の人手が必要になる計算になる。これほど多くの業務量を、効率化だけでこなせるはずがない。

 つまり、必要なのは、先生たちの仕事の仕方を効率化することなどではなく、何人の先生が最低限必要なのかを計算する基準(義務標準法)を、仕事量の増加に応じて適正に改善していくことのほうなのだ。(この点に関しては、山﨑洋介・ゆとりある教育を求め全国の教育条件を調べる会『いま学校に必要なのは人と予算』新日本出版社、2017年に詳しい)

 一方、文科省は2015年、教員の仕事を減らすために新しい方針を打ち出した。「チームとしての学校」政策だ。今まで何でもかんでも教員が担わされてきた仕事を分業制にし、スクール・カウンセラーやスクール・ソーシャルワーカーなどの専門家にやってもらうことで、教員の負担を減らそうという作戦だ。

 ところが、これも今のところ業務削減どころか、もっと忙しくなったという教員の声も根強い。十分な予算がつかなかったせいだ。

 予算がつかなかったので、結局、カウンセラーもソーシャルワーカーも、学校に1人程度の少ない人数しか配置されなかった。しかも、週1日勤務程度の非常勤配置しか実現しなかった。子ども達の生活は毎日ドラマの連続だ。朝から夕方まで、毎日さまざまな事件が起こる。一週間、その子に何があって、事態がどう動いたのかを、カウンセラーに伝える業務連絡だけだって、大変な時間を要する仕事になる。

 教員の多忙化を軽減するなら、つまり先生たちが担ってきた職務を肩代わりしてもらうなら、カウンセラーもソーシャルワーカーも、学校に常駐してくれなければ肩代わりにならない。この政策も、本来なら膨大な人件費が必要な政策だった。ただ、そんな予算がつくなら教員を雇ってくれたほうが、様々な業務を担えて助かるじゃないか、という現場の声も根強い。

6 子ども一人あたりの教職員数をふやす

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 つまり、教育界が一丸となって求めている対策はただ一つ、子ども一人あたりの教職員数の増加だ。教員ではダメだというなら、カウンセラーでもソーシャルワーカーでも、特別支援教育の支援員、事務職員でもいい。学校教育に関する専門的な知識をもち、なおかつ学校に常駐できる人手を増やしてほしい。この一言につきる。

 厚生労働省の『過労死等防止対策白書』によれば、教員3万5640人へのアンケートで、「過重労働防止に向けて必要だと感じる取組」として教員が挙げたのは、「教員の増員」が78.5%とダントツ1位、2位の「学校行事の見直し」54.4%を大幅に上回っている。

 ところが、実際にとられた対策は「校内会議時間の短縮」(39.1%)、「管理職から教員への積極的な声かけ」(34.0%)で、「教員の増員」は6.8%しかない。

 こんな対策しかとられない原因となっているのが、1971年「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(給特法)」だ。教員には一律4%の手当を出すから、あとの残業代は不要と定めたこの法律(いわば「定額働かせ放題制度」)があるため、抜本的な対策がとらないまま、ズルズルとこの問題が放置されてきた。(働き方改革の動向についての詳細は、川崎祥子「学校における働き方改革」『立法と調査』2018年9月、70-83頁、参照)

 要するに、非正規教員不足がこれ以上深刻化する事態、ひいては正規教員が不足する事態を回避するためには、きちんと予算をつけ、教職の給与や労働環境を大幅に改善し、教職の魅力を増していく以外に、道はない。この点は、多くの教育関係者の、一致した見解だ。

 実は、少子化時代の今は、教員の質を落とさずに、教員数を増やしていくには絶好の時代だ。教員の実数を増やす必要はない。教員削減を止めて、いまの教員数を維持すれば、子ども一人あたりの教員数は増えることになる。ピンチをチャンスにすればいい。

八方塞がりの教育界

 この問題に抜本的な対策を打ってくれるかもしれない、と教育界の期待を集めたのが、2017年に中央教育審議会に設置された「学校における働き方改革特別部会」だった。

 しかし、その期待は露と消えた。

 部会長をつとめた小川正人放送大学教授は、去る4月27日の講演で、「教員の負担軽減の本丸は、教員の大幅増員や(教職員)定数の大幅改善だったはずだという指摘を受ける」と述べた上で、教員数が増やせなかった理由を語った。

 小川部会長によれば、すでに政府や財務省が教員定数のさらなる削減を既定路線としていたという。また、今後の消費税増税分は、幼児教育や高等教育に向けることがすでに決定されていたという。教職調整額(残業代のかわりとなる手当)を増額するという案も、財源がなくて断念したそうだ。そして、「今後も教員の大幅増員は見通せない」というのである。(教育新聞、2019年5月7日

 要するに、教育界が一丸となって望んでいる学校教員数の増加は、絶対に認めないという政府の政治決定が先にあるというのだ。

 既に財務省は、2017年度予算編成にあたって「教職員定数の見通しに関する試算」を公表し、10年間でさらに5万人の教員削減を打ち出していた。文科省は全力を挙げて抵抗してきたが、国の財布を握っているのは財務省であり、今回の特別部会の結果も、初めから予想されたものだったともいえる。(こちら参照)

 今の教員不足が、文部科学省のせいだと批判する人には、文科省や中央教育審議会はむしろ、教育の機会均等を守ることに関しては、この二十年間、ずっと頑張ってきた面もあると伝えたい。義務教育費国庫負担の削減には総力をあげて最後まで抵抗したし、教職員定数を増やせと毎年の概算要求で財務省に求め続けてきた。

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何のための教育予算か

 いま、ありとあらゆる教育改革は、「教育予算は絶対に増えない」という前提で動いている。だから、すでに先生が足りなくて授業を受けられない子どもが出現し始めているのに、もはや中央教育審議会でさえなす術がない、八方塞がりだ、というのだ。

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