メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

「放射線副読本」はなぜ回収されたのか

放射線誤情報に翻弄されるメディア・政治・行政

大石雅寿 国立天文台特任教授(天文学)

読者のみな様へのお詫びと背景の説明:7月2日に公開した本記事は7月10日に一部を削除しました。削除した時点でお知らせするべきでしたが、読者のみな様に説明することなく削除したことをお詫びいたします。本記事については、参院選の候補者であったおしどりマコ氏から、選挙の公示日(7月4日)の翌5日付けで、名誉毀損にあたるのではないかとの申し入れを受けました。朝日新聞社で検討した結果、記事に名誉毀損に当たる記載はないと判断しました。ただ、選挙の公正さを守る見地から記事の一部を削除することを決め、著者に提案して了承を得たうえで削除しました。論座としては、今回の件を踏まえ、今後ともネット報道と選挙の関係について考えてまいります。

人工放射性物質だからダメ?

 2019年4月25日の朝日新聞に、「文科省の放射線副読本を回収 野洲市教委、記述を問題視」という記事(注1)が掲載された。驚いて記事を読んでみると、教育委員会が副読本を回収することにした理由として、放射線の安全性を強調するような印象を受ける記述が多い、被災者の生の声が少ない、小中学生にとって内容が高度、が挙げられていた。これは、2019年3月8日に開催された野洲市議会で田中陽介議員から「人工と自然界の放射性物質を同列のように扱い、(放射性物質が)安全であると印象を操作しようとしている」などと指摘を受けての判断であるという。

 野洲市は市議会での質疑の様子を録画し、インターネットに公開している。早速視聴してみると、田中議員は、自然放射性物質と人工放射性物質からの放射能は全然違う、(自然に存在する)放射性カリウム(40K)などは代謝や崩壊が速いので人体にあまり影響を与えない、という趣旨の発言をしていた。ちなみに、40Kの半減期は12.5億年であるので崩壊は非常にゆっくりである。

 よく知られているように、不安定な原子核から放出される放射線にはα線(ヘリウム原子核)、β線(電子)、γ線(高エネルギー光子)がある。これらの粒子には、自然に存在する放射性物質の原子核から出たのかあるいは人工的に作った放射性物質から出たのかの情報は載っていない。違うのはエネルギーだけである。

 生物は、その進化の過程で自然放射線に耐える能力を獲得したが、人類が人工放射性物質を作れるようになってからわずか数十年程度しか経っていないので生物は人工放射性物質からの放射線には耐えられない、という言説がネット等で流れている。もちろんこれは誤りである。田中議員は「そのような正確な知識を飛ばして人工の放射性物質と自然の放射性物質を同列のように扱い、ありふれたものであり安全であるという印象を操作しようとしていることは明白です。」と発言していた(市議会議事録で確認可能=注2)。大変残念である。

量の概念が重要 — 安全vs.危険ではない

 放射線の持つエネルギーは、おおよそ100万電子ボルト(1MeV)である。生物の体は化学結合した原子が集まって構成されている。化学結合のエネルギーは数電子ボルト程度なので、生物の体に放射線が当たると化学結合を切断することが起き得る。当然、細胞内にあるDNAの化学結合が切断される場合もある。DNAが切断されたままであると生物活動に支障が出る場合がある。従って、放射線による被曝は避けた方が良い。しかし私達は

・・・ログインして読む
(残り:約3564文字/本文:約5034文字)