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警察記者クラブへの疑問と記者への期待(下)

「警察が安倍首相の演説をヤジった人を排除したわけ」続編(3)

原田宏二 警察ジャーナリスト 元北海道警察警視長

安倍首相の演説時にヤジを飛ばし、北海道警に排除される女性=2019年7月15日、札幌市中央区のJR札幌駅前、北海道テレビ放送(HTB)提供

現場で目撃したテレビはすぐに報道しなかった

 『警察記者クラブへの疑問と記者への期待(上)』では、安倍晋三首相が札幌市内で選挙演説した際にヤジを飛ばした市民が北海道警に排除された問題を題材に、警察権力をチェックするべきマスコミの機能不全について考察した。

 当初、ヤジ排除問題を報道しなかった各社がのちに報道した新聞紙面の写真、テレビでの映像には決定的瞬間がおさえられていた。当時現場にいた各社の記者、カメラマンは問題だと思ったからこそ、レンズを向け、現場を追い、インタビューしたのだ。現場の判断はまっとうだった。それがなぜ、封じられたのか。

 さらに続けたい。

 この問題を巡るマスコミの対応について2つ目の疑問は、なぜテレビ各局は首相演説ヤジ排除問題が生じた当日の7月15日にこの問題を報じなかったのか、ということだ。

 テレビ報道の強みは速報性と映像による視聴者へ与える影響の大きさだ。事件・事故が起きた直後から、現場の生々しい様子をお茶の間のテレビに伝える。それに比べて新聞は朝・夕の2回、文字と写真による報道だ。

 今回の問題は安倍首相の街頭演説の場で起きた。そこには各テレビ局のカメラがあった。そうだとしたら、15日のニュースで報じられてしかるべきだった。

 地元テレビ局の中でこの問題を最初に報じたのはHTBだった。しかし、HTBが伝えたのは朝日新聞が17日朝刊で報じた後の17日午前11時52分だったのだ。

 私はこれまで警察官の不祥事問題などでHTBの取材に何度も応じてきた。どちらかと言えば警察に対する厳しい姿勢を堅持しているテレビ局だとみている。

 おそらく、HTBの社内には報じることに反対の意見もあったのだろうと思う。反対の表向きの理由は選挙期間中、つまり報じることにより選挙の公正に影響を与えないかということだったのか。

 しかし、それは的外れの考えであることは前回記事『警察記者クラブへの疑問と記者への期待(上)』で詳しく指摘した。

 安倍首相の演説場所には、報道陣の場所が設定され、そこには各社のカメラがあった。警察官による聴衆の排除はそのすぐ近くで起きた。各局のカメラはその状況を克明に記録していたはずだ。その場にいたカメラマンや記者たちは、目の前で起きている事実は異常だと感じ、必死でカメラを回し取材したはずだ。

 そうだとすると、編集の時間を考慮しても、HTBをはじめテレビ各局は遅くても15日夕方以降には報じるべきであった。

 その映像は真実が記録されている。ねつ造されたものでも歪曲されたものでもない。選挙の公正を害する恐れもなかった。

 むしろ、この事実を報じないことの方が選挙の公正を害することになる。テレビ局が保有する映像情報は市民のものでもある。

 各局が安倍首相演説ヤジ排除問題の放送を躊躇、逡巡したのは、道警の報復を恐れたからではないかと私は疑っている。

 テレビ各局に警察記者クラブ制度のもとで警察に対する遠慮や忖度があるなら、民間テレビニュースはいらない。歌番組やお笑い番組で足りる。FacebookやTwitterを見ていれば世の中の動きは分かる。

東京・渋谷のNHK放送センター

NHKに報道しなかった理由を聞いた

 最後の「なぜ」。公共放送NHKが報道しなかった理由は何か。

 2004年3月4日、私は道警の裏金問題で北海道議会総務委員会に参考人として出席、捜査費や旅費などの大半が裏金に回り、幹部が私的流用していたことなどを証言した。このときの様子をNHKは全道中継した。

 私は昨年5月26日に放映されたNHKの逆転人生という番組に出演を依頼され、東京・渋谷のNHKスタジオで収録したこともある。内容は大阪府警の杜撰な捜査で若いミュージシャンが誤認逮捕された事件に関するものだった。

 そのNHKが今回の問題を全く報じなかったのはなぜか。安倍首相の演説の様子はニュースで伝えられていたのだ。おそらく、NHKのカメラもヤジを飛ばした男性らやこれを排除する警察官の様子を撮影していただろう。

 7月28日、視聴者の一人として、NHK札幌放送局へメールで放送をしなかった理由を尋ねてみた。私の予想では選挙の最中でもあり、選挙への影響を避けるため報道しなかったとでも回答するのだろうと考えていた。

 回答がなかったので31日にも再度督促のメールをしたが、現在に至るも回答がない。

 そのままで終わらせることはできなので、今度はジャーナリストとして東京・渋谷のNHKに聞いてみることにした。8月9日、代表電話に電話した。

 電話口の女性の「お名前とご用件を」に対して「NHKの報道について伺いたい」と伝えた。女性は「それではふれあいセンターへおつなぎします」とどこかへ電話を回そうとした。

 私は「ちょっと待ってください、私はジャーナリストとして取材のため電話しているのです」と伝え、視聴者としての問い合わせでなく取材であることを強調した。すると、女性は「しばらくお待ちください」とどこかへ確認しているようだった。

 1、2分待ったと思う。再び、同じ声の女性が「ふれあいセンターの責任者におつなぎします」といい、今度は「ふれあいセンターのスミタニです」と名乗る男性が電話口に出た。

 私は「札幌在住です。7月15日の安倍首相の街頭演説ヤジ排除問題で朝日新聞の言論サイト『論座』にも投稿しています。NHKはその問題を放送していないと思いますが、事実でしょうか。事実としたらその理由をお聞かせください」と尋ねた。

 スミタニなる男性は、最初の問いには「ちょっとお待ちください」と言った後「事実です。全国、ローカルとも放送していません」とし、次の質問については「何をニュースとして報道した、しないの理由について、個別的に説明をしていません。あくまで現場の自主的な判断で決めていることです」と答えた。

 私はさらに「ただいまのお話について文書またはメールで回答いただけませんか」と尋ねた。それに対しスミタニ氏は「メールでのお問い合わせはNHKオンラインウエブサイトからであればお答えすることもあります。文書での回答はできません」とのことだった。

 そこで私は「これまで2回NHK札幌局にメールでお尋ねしているが、いまだに回答がないのでそちらに電話したのですが」と尋ねると、スミタニ氏は「朝日の記者であれば対応するが、個人としての問い合わせには対応できません」と答えた。

 スミタニ氏とのやり取りは以上で終わったが、念のためスミタニ氏の名前と役職を確認したいと同じ番号へ電話をしたところ、電話に出た女性は「NHKでは名前は公表していませんし、姓の漢字説明もできません」とけんもほろろな答えだった。

 私は公共放送NHKがこれほど閉鎖的だとは予想していなかった。

道警幹部とNHK上層部の「手打ち」

 日本放送協会番組基準の第2章各種放送番組の基準第5項「報道番組」には、以下のようにある。

第5項 報道番組
1 言論の自由を維持し、真実を報道する。
2 ニュースは、事実を客観的に取り扱い、ゆがめたり、隠したり、また、せん動的な表現はしない。

 安倍首相演説ヤジ排除問題に関するNHKの対応は、明らかにこの「番組基準」に反している。

 私にはNHK札幌放送局が今回の問題を放送しなかった理由に心あたりがある。

 NHKは2016年9月、道警の現職の男性警察官が交番内の女性専用仮眠室で仮眠中の女性警察官をのぞき見したという不祥事を朝のニュースで報道したことで、道警に出入り禁止なったことがある。

 この問題については札幌のフリーのジャーナリスト小笠原淳さんが「見えない不祥事」(リーダーズノート)で詳しく書いている。出入り禁止になった事実については私も当時のNHK記者から直接聞いている。

 小笠原さんによると、当初、無期限とされていた出入り禁止は9日間で収束した。道警幹部からの打診でNHK上層部と道警幹部による夜の席で「手打ち」が行われたからだという。

 小笠原さんは道警とNHKに取材を申し込んだ。道警の回答は「本件は、報道発表を行っていない事案であり、取材への対応もしておりませんので、お答えは差し控えさせていただきます」。NHKは小笠原さんの取材申し込みに対してニュースで放送したことは認めたが、「NHKと道警の関係について第三者に申し上げることは控えさせていただきます。個別の取材先とのやり取りについてはお答えしていません」と回答したという。

講演する筆者の原田宏二さん=岐阜県大垣市

私の名はタブー

 安倍首相演説ヤジ排除問題での新聞やテレビの報道姿勢には、昔から続いてきた記者クラブ制度の弊害が如実にあらわれているように、私には見える。本来警察を監視する使命がある記者クラブが、警察の御用機関のようになっていたのではないか。私は北海道警裏金問題のときから疑問に思ってきたが、それが今回、顕在化したように思う。

 ただそれも、一部の人しか気付いていない。

 安倍首相演説ヤジ排除問題で取材を受けた人は、記者に「朝日が記事にしたからうちでも取り上げることにした」と言われたと話していた。各社、記者が自分の目で見て証拠映像を撮っていながら、朝日新聞が報じなかったら、どこのメディアもまともに取り上げず、そのままこの問題が闇に葬られた可能性があるのだ。

 警察の締め付けを恐れるあまり、本来報道するべき報道を躊躇する、1社が報じると「赤信号みんなが渡れば怖くない」とばかり報道する。

 親しい記者たちの話では、道警の裏金問題の告発以来今日まで警察改革を訴え続ける私は取材対象から外されているらしい。その理由はどうやら私の名前が紙上に載ると道警のご機嫌を損ねるからということらしい。

 2017年の共謀罪問題では、私は道内を始め全国各地を講演で飛び回った。新聞やテレビの取材もあった。

 一方ではこんなこともあった。1月29日に札幌市教育文化会館で行われたある団体主催の学習会で札幌弁護士会の弁護士と私の2人が行った講演と対談でのことだ。UHB、毎日新聞、北海道新聞の記者が取材に来た。

 北海道新聞の取材は女性記者だった。あいさつし名刺交換になった。私が「あれ! 私の取材はタブーでは」と聞いてみた。女性記者は答えなかった。

 翌日の北海道新聞にはその学習会の記事が載ったが、事前の道新のお知らせ記事では私と川上有弁護士の2人の講演と対談と紹介していたにもかかわらず、学習会が行われたという記事に載ったのは川上弁護士の写真と名前、それに講演内容だけ。私の名前も講演した事実も対談も載っていなかった。

 この事実を私は主催者から知った。

 実際、最近では、警察の不祥事等に対してコメントを求めてくるのは北海道以外の新聞が多い。今年7月には東京新聞と中国新聞から警察官の不祥事に関する取材があった。今回の問題では地元の共同通信の記者とネットメディアから取材があった。

 8月12日にはTBSから電話取材があった。この夜のNEWS23では、元北海道警警視長としての私のコメントが放映された。私は「最近、警察の組織の中に、治安維持のためなら多少の違法行為も許されるんじゃないかという風潮があって、演説が総理だったということも相まって、多少のことはいいんじゃないのという感じでやったのだろうと思う」と述べた。

 8月4日付の朝日新聞1面トップには「表現の不自由展 中止 テロ予告・脅迫相次ぐ」という記事が載った。記事によると、事務局への電話やメールなどによる抗議や脅迫が2日までに計1千件以上あったという。

 今回の安倍首相演説ヤジ排除問題は警察という権力機関による表現の自由に対する侵害である。警察権力の暴走の背後には何かあるのか。

 私が2003年2月10日、記者会見を開いて道警の裏金を告発したときには、賛同してくれるはずの地元のノンフィクション作家、親しい新聞記者、テレビ局のディレクターらが必死になって記者会見をキャンセルするように迫った。

 そのあとには、連日のように誹謗中傷のはがきや封書が自宅に届けられた。外出すれば尾行がついた。自宅も監視された。家族はおびえた。

 私はこうした状況を「警察内部告発者が見たマスコミの裏の裏」というタイトルの原稿にまとめたが、引き受けてくれるはずだったジャーナリストのところで眠ったままだ。理由はわからない。

 真実を語ろうとする人々、それを伝えようとする人々の口を封じようとする動きが徐々に密かに広がってきた。

 そうした動きはこのところ一気に広がりを見せ、表面に出てきつつある。多くの新聞もテレビもそれを知りながら伝えることを躊躇する。

 今回の安倍首相演説ヤジ排除問題は、札幌という地方都市での選挙中に起きた特異な出来事として片づけてはならない。そのバックには、市民の口を封じようとする得体のしれない巨大な動きがあるのだ。

 このまま放置すればやがて市民が自由にものを言えない時代がくる。いや、もう来ているのだ。

「ヤジも言えないこんな世の中じゃ…デモ」

大通公園周辺をデモ行進する市民たち=2019年8月10日、札幌市中央区

 道警に排除された大杉雅栄さんらは、8月10日、札幌市中央区大通4丁目で集会、そのあと道警本部まで「ヤジも言えないこんな世の中じゃ…デモ」を行った。

 長い間、警察改革に取り組んできた私にとっては、若い人たちがこうした警察の違法な権限行使に関心を持ってくれることはありがたいことだ。私も参加することにした。

 会場には集会が始まる前から取材の記者やテレビ局のカメラが集まっていた。ここにきて新聞やテレビがこの問題に関心を持ち始めたことを知った。

 午後4時半からの集会では、道警に抗議した神保大地弁護士が「身体拘束は違法」、排除された大杉雅栄さんが「法的根拠のない排除は違法」などと訴えた。

 私もマイクを握り、

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