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アンガーマネジメントが虐待防止に役立つ理由

不要な怒りに振り回されず、必要なときには怒りを表現できるようになろう。

田辺有理子 横浜市立大学医学部看護学科講師、日本アンガーマネジメント協会トレーニングプロフェッショナル

 介護難民、老老介護、認知介護、ダブルケア、ヤングケアラー、介護離職……。介護にまつわる課題を示すキーワードだ。高齢社会の日本であり、支え手不足の中、これらの課題は、時に悲しい出来事を生じさせてしまう。各地を飛び回り、介護や看護の現場職員にアンガーマネジメントを指導する横浜市立大学医学部講師の田辺有理子さんに、アンガーマネジメントの視点から虐待防止を考察・提言してもらいます。(「論座」編集部)

法制度ができても虐待は増加傾向

 国の総人口は減り、高齢者は増える――。

 内閣府の発表では、2015年には人口の約3割、2060年には約4割が65歳以上になるとの予測も出ている。そこで直面するのが介護の問題だ。

  • 施設に入所できない、必要な介護サービスを受けられないといった「介護難民」
  • 65歳以上の高齢者が高齢者を介護する「老老介護」
  • 介護する人も介護される人も認知症という「認認介護」
  • 育児と介護が同時進行する「ダブルケア」
  • 親の介護のために仕事を辞める「介護離職」
  • 介護の担い手として子どもに負担がかかる「ヤングケアラー」

 これらの言葉が示すように、介護にまつわる問題は多様化深刻化している。こうした状況のなかで、介護者への負担が増し、その歪みの先にある問題が高齢者虐待だ。

虐待イメージ写真 CGN089/shutterstock.com

 虐待の防止に関しては、2000年に児童虐待防止法(児童虐待の防止等に関する法律)、2001年にDV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律)、2005年に高齢者虐待防止法(高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律)、2011年に障害者虐待防止法(障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律)がそれぞれ成立し、虐待・暴力などの対策について一通りの法制度が整った段階にあるといえる。

「不適切ケア」を顕在化させるのは難しい

 虐待の発生要因や支援などについては共通する部分もあり、またひとつの家族単位のなかに領域をまたがる事案が発生しても縦割りの制度の隙間に落ちてしまうこともあるので、今後は包括的な対策や関係学会など横のつながりをもちながら対策が進んでいくかもしれない。

 とはいえ、法制度が整えば虐待はなくなるかといえば、簡単なことではないだろう。

 例えば、高齢者虐待防止法では、高齢者虐待への対応状況などの把握が定められ、毎年通報件数や虐待判断件数などについての統計がとられ公表されている。2019年3月に公表された2017年度まで、相談・通報を受理した件数も、虐待と判断された件数もほぼ右肩上がりに推移している。これは虐待の件数が増えたかどうかというよりも、通報の意識づけの途上で把握の件数が増えてきている状態であるととらえることもできる。

 殺人などの重篤事案が発生すれば、一時的にニュースになって騒がれるが、それで虐待防止対策が進むかといえば、これもまたうまくはいかない。

 重篤事案の背後には、虐待につながる小さな事案が潜在していることは容易に推察できる。諸外国では、「マルトリートメント」という概念を用い、日本でいう身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、ネグレクトなどをもっと広範囲に「不適切ケア」ととらえる。各種虐待防止法は、もともと虐待した人を罰するためのものではなく、養護者への支援を含め重篤事案に至らない不適切ケアに働きかける体制作りを目指している。しかし、そうした事案はなかなか顕在化させて対応につなげるのが難しい。

「職員のストレスや感情コントロールの問題」

 虐待は施設でも起こるし、在宅でも起こるが、今回は施設のほうに目を向けてみたい。

 2017年度の「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果によると、養介護施設従事者などによる高齢者虐待の発生要因としては、「教育・知識・介護技術等に関する問題」が 303件(60.1%)で最も多く、次いで「職員のストレスや感情コントロールの問題」が 133件(26.4%)、「倫理観や理念の欠如」が 58件(11.5%)だった(複数回答)。

 この結果については年による大きな差異はなく、この「職員のストレスや感情コントロールの問題」の部分にアンガーマネジメントをぜひ活用してほしいと思っている。アンガーマネジメントの「アンガー(anger)」は「怒り」、すなわちアンガーマネジメントは怒りやイライラといった自身の感情をマネジメントする手法である。

虐待イメージ写真 CGN089/shutterstock.com

アンガーマネジメントが有効な二つの理由

 虐待の防止にアンガーマネジメントを活用してほしい理由を二つ挙げておく。

 まず一つ目は、虐待の要因となる感情コントロール、特に衝動性のコントロールに有効だからだ。

 虐待や不適切ケアが発生するとき、本人は相手に手をあげてはいけないことなど百も承知で、それでもその瞬間、「つい」「カッとなって」「頭が真っ白になって」自分を抑えられないのだ。その1回が取り返しのつかない事態を招くこともあれば、大ごとにならなくても我に返って自分を責めてしまうこともあるだろう。それゆえに、施設における職員向けの虐待防止研修などにおける、介護の知識や技術、あるいは倫理教育を補完するのに活用する価値はあると思う。

 二つ目は、虐待の要因となる職員のストレスへの耐性をつくり、職員間のコミュニケーションを円滑にするために有効だからだ。

 介護の仕事の多くは、組織やチームが協働してケアを提供する体制をとる。特に介護の業界は深刻な人材不足のなか、多様なキャリアのスタッフが採用され、外国人労働者の雇用も始まり、価値観や仕事への姿勢、教育背景など様々なスタッフが協働することになる。もともと対人援助の業種は人間関係などにストレスが高いといわれている。人が集まれば、職員間のいじめやハラスメントが生じ、それが介護ユーザーに向けた暴力や虐待として連鎖していく。そこにアンガーマネジメントが注目されているのである。

「怒り」はすべての人がもつ自然な感情

 私は医療や介護の教育に携わることが多いため、高齢者虐待防止に活用できると考えているが、本来アンガーマネジメントは虐待防止に特化したものではない。

 アンガーマネジメントは、不要な怒りに振り回されず、必要なときには怒りを表現できるようになるためのトレーニングだ。

 「怒り」はすべての人がもつ自然な感情のひとつであり、なくすことはできない。言い換えると、何があっても怒らないというのは不可能だ。しかし、私たちは時に怒りという感情を持て余してしまい、必要以上に怒りを表出して、あとから言い過ぎたと反省したり、怒っているのにその場では堪えて、あとになって「やっぱりあの時怒っておけばよかった」と悔やんだりする。だから、無駄なことに怒らないでいられることも、必要なときに上手に怒ることも練習して身につけておくと良い。

 怒っても良いというと誤解を招くかもしれないが、これは虐待や暴力を容認するものではない。怒るというのは、相手を脅かしたり傷つけたりせず、物に当たったり壊したりせず、また自分のなかにため込み過ぎず、怒りという感情を上手に伝えていくことだ。

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