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[29]様々な組織が絡む「水」の災害時供給

福和伸夫 名古屋大学減災連携研究センター教授

多雨の国・日本

 アジアモンスーン地帯に位置し、脊梁山脈を有するわが国は、多雨の国である。

 かつてより「水を制するものは国を制す」と言う。水は恵みと災いをもたらす。社会の維持には、洪水などを抑制する治水と、水を活用する利水の両面が必要である。現代の水事情を考えてみる。

治水

今年の台風19号で腰の高さまで浸水した宮城県大崎市鹿島台=2019年10月18日

 甚大な被害をもたらした昨年の西日本豪雨や今年の台風19号は記憶に新しい。台風19号では、ダムや堤防などによるハード対策と、適切な避難誘導などのソフト対策の大切さを改めて認識した。

 治水のために、ダム、堤防、護岸、水門、遊水池、放水路などの整備がされ、流路の付け替えや河道浚渫(しゅんせつ)などのハード対策が行われている。大河川の治水は、主に、国土交通省の水管理・国土保全局が担っているが、中小河川は自治体の土木部局が受け持っている。国土強靭化の流れもあり、国管理の大河川のハード対策は進みつつあるが、中小河川の対策は遅れている。

 元来、頻繁に台風や梅雨に見舞われてきた西日本の河川と、雪解け水が中心だった東日本の河川とでは河川の性格が異なる。気候変動で梅雨の範囲が広がり、東日本を台風が襲うようになってきた昨今、従来とは異なる状況にあると感じる。

 260万人もが居住する東京の江東5区(墨田、江東、足立、葛飾、江戸川)のように、天井川に囲まれた場所の問題も大きい。台風19号では、首都外郭放水路が機能して難を逃れたが、江戸川や荒川などが決壊すればほぼ全域が浸水する。

「色」がついた利水

 多くの日本人は、蛇口をひねれば水が出るのは当たり前だと思っているが、水の安定供給にも黄色信号が灯っている。水には用途によって「色」がついている。飲む水、水田で使う水、工場で使う水は、河川などの水源から別々のルートで送られる。家庭などで使った水は、キレイにして川や海に戻される。これらは、上水、農水、工水、下水と呼ばれ、管理主体も異なる。

 先日、日本水道協会の愛知県支部の集まりで、愛知県半田市を訪れた。訪問に当たって、半田市の水事情を調べた。半田市は、酢や日本酒の醸造が有名で、運河周辺に古い倉庫が並ぶ風情ある港町である。過去、安政東海地震、昭和東南海地震や伊勢湾台風など多くの災害にも見舞われてきた。

 驚いたことに、半田市では、上水、農水、工水が、異なる川の水を利用している。上水は長良川の河口堰から取水し、長良導水で知多浄水場まで34km導水し、知多浄水場で浄水した水を、配水池を経由して給水している。農水は、木曽川の牧尾ダムなどの水を岐阜県八百津町にある兼山取水口で取水し、愛知用水で愛知池を経由して届けられる。そして、工業用水は、矢作ダムに貯めた矢作川の水を豊田市の水源で農業用水の明治用水に取水し、安城市内の中井筋で明治用水から工業用水に分岐し、愛知県企業庁が管理する安城浄水場で水をきれいにし、西三河工業用水で届けられている。

 このように、家庭では長良川、水田では木曽川、工場では矢作川の水を使っている。そして、下水は、愛知県衣浦西部流域下水道の衣浦西部浄化センターで処理し、衣浦港に放流している。市役所では上下水道は扱うが、農水と工水には携わっていない。このため、このような状況はあまり認識されていない。

難しい水利権

 水は、恵みと災いをもたらすため、かつてから、水との付き合い方は争いの種だった。治水で言えば、上流と下流の争い、右岸と左岸の争いがある。上流で水が溢れることで下流が救われるので、上流と下流の争いが生じる。また、右岸と左岸の堤防の高さで決壊する堤防が決まる。例えば、筆者が住む地域の川は尾張藩の城下側の堤防が高い。

1976年台風17号で長良川(左中)の堤防が決壊、冠水した岐阜県安八町。右は揖斐川、左奥が木曽川=1976年9月13日

 利水に関しても同様で、上流と下流の水利権の争いは絶えなかった。近年は、用途上の争いもある。最初に河川の水を利用したのは農業である。当初は湧水やため池の水を使っていたが、堰や水車で河川の水をくみ上げ用水を整備して新田開発をした。このように河川の水を最初に農業に使ったため、農水の水利権は大きく、水使用量の2/3は農業用水が占めている。ちなみに、農業に必要な水の量は、田植え前のしろかきの時期、かんがいの時期、その他の期間で異なるので、農業用水の水利権の水量は、時期によって異なる。

 次に整備されたのは上水道である。人が集まる都市では飲み水が不足する。かつては湧水や井戸水を使っていたが、都市を中心に上水道が整備された。上水の使用量の季節変化は小さい。このため、河川の流量変動や季節による農業用水の水利権の違いを利用し、余剰の水をダムで蓄え、それを利用した。

 最後に整備されたのは工業用水である。産業の維持に必要となる工水は、我が国の産業規模が大きくなるに従い

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