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映画「宮本から君へ」の裁判を目前に「様子見」のメディアの皆様へ

助成金不交付決定処分の取消を求める訴訟が始まる。表現の自由について今一度考えたい

河村光庸 映画プロデューサー

 私のプロデュース作品である映画『宮本から君へ』の助成金不交付決定処分の取消を求める訴訟が、来たる2月25日に東京地方裁判所で始まります。

 映画における表現の自由<憲法21条>を問う行政訴訟としては日本では初めてのケースであるが故に、初公判に向け世論の大きな盛り上がりを期待せざるを得ません。

 ご承知のように昨年の秋以降、本件だけでなく芸術・文化に関わる全ての表現者にとって極めて重要な出来事が相次ぎ、多くの議論を呼びました。

 しかしながら、年を越した途端に一部のメディアを除いて、あたかも口裏を合わせたかのようにこれらの話題が終息していく印象を持ったのは私だけでしょうか。

 国及びその外郭行政法人を相手に本件は憲法21条<表現の自由の保障>だけではなく、憲法25条<すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する>を問う、映画においては日本で初めての画期的行政訴訟と言えるでしょう。

©2019「宮本から君へ」製作委員会

「萎縮の連鎖」を食い止める

 『宮本から君へ』を巡る提訴の経緯は、論座2019年12月20日『本日、「宮本から君へ」助成金不交付を提訴した!』や同11月11日『助成金不交付~官僚とメディアに広がる同調圧力』に記したとおりですが、あらためてこの訴訟と「表現の自由」(憲法21条)との関係を整理すると以下の通りです。

①当該出演者のシーンの削除や撮り直しをしなかったため助成金が交付されなかった
⇒「出演者の選択(キャスティング)」など表現方法への介入
②「公益性の観点」という曖昧かつ漠然とした理由で助成金の不交付を決定
⇒今後の文化活動、その他の表現行為に大きな萎縮効果を与える

 このような表現の自由の侵害や「文化」芸術活動への規制による萎縮は映画だけでなく文化芸術に関わる全ての表現者にとって絶対に放置してはいけない、いや、あってはならない最重要な問題であるはずです。

 我々はこれらによって起こる「萎縮の連鎖」を食い止めなければなりません。

 しかしながら、昨年12月にこの問題を提起し、司法への提訴を行った時に、現実には決して多くの人の賛同を得るところまではいきませんでした。一部を除くメディアは総じて無視もしくは傍観し、そして映画に携わる人々まで賛同するも一律に「様子見」ということで見過ごされてしまいました。

憲法と文化芸術に対する現政権の蛮行に抗する

 「憲法」と「文化芸術」。この国の為政者は、勿論全くと言っていいほど国民の視線は眼中になく、その頭は憲法であれば「戦争のできる国」にするための<憲法9条>の改悪、文化芸術であれば「経済効果」=金になる文化助成の悪用、それ以外は我々の血税を武器購入や株価維持に大量に使い込むことしか考えていない輩どもです。

 「憲法」と「文化芸術」に対する現政権の目に余る「蛮行」「軽視」に抗し、是非この裁判に注目して頂きたい。

 「いったいどうしてこのような状況が生まれているのか?」の議論を決してやめず、継続していくことを切にお願いするものであります。