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コロナ報道におけるテレビ朝日・玉川徹コメンテーターへの疑問

生命に関わる問題があぶり出したよろずコメンテーターの限界

川本裕司 朝日新聞記者

玉川徹氏(左)と羽鳥慎一氏

 在宅勤務の日に朝の情報番組を視聴する機会が多くなり、新型コロナウイルス報道により接するようになった。そこで、午前8~9時台で最も視聴率が高いといわれるテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」の玉川徹コメンテーターの発言ぶりに違和感をもった。その要因をたどると、出演者個人の問題ではなく、多くの人々の生命に関わる感染症について専門外のコメンテーターが論じること自体の限界があぶり出されたのだと思い至った。

 今回の論考は視聴者の立場から感じたことを綴った。玉川氏が他番組のコメンテーターよりも問題があると判断したわけではなく、代表的な情報番組の出演者という立場から取り上げたことを断っておきたい。

論理の一貫性の欠如を露呈させたコメント

 4月7日に7都府県に緊急事態宣言が出された直後、番組に出演した政治ジャーナリスト田崎史郎氏が外出自粛を要請し2週間後の感染者数増加を抑える方針について「2週間の様子を見てから」という政府の考えを説明した。これに対し、玉川氏は「旧日本軍がやって大失敗した戦力の逐次投入をやろうとしている。投入できるものは一気に投入する。閉めてくださいという要請には一気にお願いする。基本は『家にいる』です」という趣旨の発言をした。番組の演出なのか、田崎氏対玉川氏という二項対立で激論が続けられていった。

 ところが、数日前、玉川氏は違う理屈を展開していた。コロナ問題で減収に見舞われた人たちの救済策として、玉川氏は「スピードを優先させまず現金を配る。足りなければまた配ればいい。それを繰り返せばいい」といった主張をした。現金給付については、逐次投入の姿勢を示していた。論理の一貫性の欠如を露呈させていた。発言の信頼性に関わるような変わり身だった。これでは安倍政権を批判するためならどんな理屈をつけても構わない、と受け止められても仕方がない。しかも、無意識なのか、場数を踏んできたたまものなのか、玉川氏は顔色を変えることもなく、強い調子で持論を展開し続ける。

 玉川氏は「この件については以前取材したことがあるのですが」としばしば言う。説得力のありかをにおわせる振る舞いといえる。ただ、コロナ問題についてこの言葉は視聴した限りでは聞いたことがないから、感染症については取材した経験がないのだろう。そのためか、新型コロナの検査のあり方や外出自粛などの対処については、連日出演している岡田晴恵・白鷗大教授(感染症学)の主張と同じ立場についているように映る。

 3月5日にコロナ問題の特別措置法改正に政府がこだわる理由の識者のコメントを伝えた「モーニングショー」に対し、内閣官房が公式ツイッターで異例の反論をした。このあと、玉川氏は番組で「圧力がかかったことがわかれば生放送で言いますよ」と発言した。その野党精神はすばらしい。勤務先のテレビ朝日などに対する忖度をせず思ったことを率直に語る歯切れの良さは群を抜いている。

 毎回登場するスタッフの充実した取材で情報量あふれるパネルを中心にした番組進行、玉川氏らの行き過ぎた発言をときにセーブしながら機転の利いた司会をする羽鳥慎一氏の存在が、番組の成功を導いてきた。数年前まで特集の企画力で光っていたフジテレビ「とくダネ!」が鋭さを失うなかで、「モーニングショー」が視聴者の支持を集めたのは理由があるといえる。

視聴者が求めているのは知識の基づいた確かな助言

 ただ、多くの人々の生命に関わる進行形のコロナ問題を連日取り上げるようになったいま、感染症の専門性に欠けるコメンテーターの一言の影響力に危惧を持たざるを得ない。新型コロナに関する知見を持たないコメンテーターが、自信をもって発言するのはそもそも無理がある。今後、いま以上に緊迫した局面が訪れる機会があるにちがいない。そのとき視聴者が求めているのは、テレビの作法や芸を身につけた反射神経のコメントではなく、知識に基づいた確かな助言のはずだ。

 ニュース番組のコメンテーターは、不得意な分野についてはコメントをはさまないことが少なくない。しかし、放送時間が長く出演者のやり取りが多い情報番組では、コメンテーターはどんな話題でも対応せざるを得ない。情報番組のコメンテーターは、よろず屋のような役割を担わされてきた。しかし、「コロナ後」は医学、物理学から音楽、美術まで造詣の深いレオナルド・ダビンチのような人物でなければ、コメンテーターが務まらない時代になったといえる。現実的にはそうした人物はまずいない。

 いま、コロナ問題を取り上げるニュース・情報番組のコメンテーターやキャスターは、政府の施策に対して思い思いの意見を述べるか、政府・自治体に成り代わるかのように「家にいましょう」と呼びかけるか、だ。東日本大震災による東京電力福島第1原発事故のあと、東日本各地の視聴者は被曝の恐怖にさらされ、原発の知識がないコメンテーターの言葉に耳を傾ける気持ちにはなれなかった。そして原発報道のあり方は根底から見直しを迫られた。コロナ問題は、終息の見通しが立たない危機に陥った中で生命に関わるテーマについて、これまでとは異なる向き合い方を情報番組のコメンテーターに求めているように思える。