メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

宗教不毛の社会で「あの世」を信じる人が増加中

武田徹 評論家

 実は開高健も葬儀について書いたことがある。『すばり東京』の中に「“死の儀式”の裏側」と題した章があり、アメリカの葬儀屋が日本に上陸し、生きているうちから葬式の月賦販売を始めた話から書き始めている。新規参入に熱心なのは夏のエンディング産業展に出展している企業と変わらないが、迎え撃つ側の状況は大きく変わった。

 外資の参入を恐るるにたらんと鼻で嗤(わら)う日本の葬儀屋組合の談話を紹介した後に開高はこう書いている。

日本人には香奠(こうでん)という習慣があるので、たいていの家は額こそ違え、葬式の現金にきりきり舞するということがないから、なにも生きているうちに棺桶を買うまでのことはない。またわが国の死者にたいする篤実な心の習慣はそういうことをゲンクソのわるいことだと拒みたい反応を示す。また、ラジオだ、洗濯機だ、ハイファイだ、ナンだ、カンだと、みんな月賦に追いたおされていて、とても棺桶がわりこむ余地はないようである。

 確かにこの時に鳴り物入りで登場した外資系月賦葬儀社は今や影も形もなかった。日本伝統の葬儀の壁は厚かったということか。しかし歴史に守られて盤石と思われた“民族系”葬儀社も今や危機に瀕している。葬儀を行う場合も、参加者が減ってしまって香奠(香典)に頼れない。地方出身者も出身地には誰も残っていないので都内に墓を持とうと思っても地価を反映して高価だ。そこで機械式の納骨堂に期待が寄せられる。

 今回、記事を書くためにそのひとつを見学させてもらった。スマホで地図を見ながら探して歩いていたが、分譲を開始したばかりの新築マンションかと思って一度通り過ぎてしまった。1階は、寺社らしさをまったく感じない、新築の温泉旅館のエントランスのような清潔感あふれる白木作りのロビーがあり、奥に3、6階の墓参エリアに上るエレベーターが用意されていた。

 墓参階で降りると、他の墓参者が使っていない墓参室=ひとつずつ区切られたお参りスペースをタッチパネルで選び、ICチップ入りの参拝カードをカードリーダーにかざす。墓参スペースで待っていると正面の小さなドア=参拝口が開いて中から小さな墓石と厨子(ずし)が現れる。ドアの奥ではリクエストに応じて墓石を載せたボックスがコンベアで移動しており、立体駐車場の納骨堂バージョンだと思えばイメージが湧きやすいのではないか。花と香は用意されているのでICカードだけあれば墓参できる気軽さが特徴だ。

 防火対策上、火の使用は制限されるが電熱器の上に香を載せることで焼香はできるし(遠慮がちに煙があがる)、希望すれば参拝口横の画面に遺影や動画、戒名などを表示することも可能だ。

 寺のコンサルタントを営む(株)寺院デザインの薄井秀夫代表取締役にこうした納骨堂について話を聞いてみた。

 「高度経済成長と檀家制度は面白い関係にあって、この時期に地域コミュニティの力が弱まり、地元の寺から離れて生活する人も増えた。結果的に檀家制度の維持が困難になり、寺の経営が難しくなり始めたのがその時期からなのは間違いないが、変化が表面化するまでに少し時間がかかった。それは当時の日本人が裕福だったからですよ。出身地に墓を残していたし、寺が檀家に寄付を募っても裕福だったので言うことを聞いていた。ただ、それは信仰心ではなくて、子供の頃に村で育っているので地元の檀家制が理解できたから。しかし一代過ぎて、檀家同士のつきあいがなかったり、東京で生まれた世代になるとそうした檀家制の実感がないし、自由に使えるお金も減ってきた」

 そして親の出身地にあった墓を「墓じまい」し、都内に墓を作ろうとする。しかし墓を買えば150万円は下らない。そこで80万円ぐらいで買える機械式の納骨堂が魅力的に感じられる(実際、先に見学した納骨堂は3階のベーシックタイプが85万円と年間維持会費1万2000円、黒御影石使用の6階のハイグレードタイプがラウンジ使用権もついて98万円と同1万3000円だった)。

 こうしたニーズに応えられる納骨堂はエンディング産業の成長株と期待されて異業種からの参入も多い。開高の時代とは違う取り組みだが、外資の金融業も出資しているという。

「エンディング産業展」で=2019年8月、東京ビッグサイト 撮影・大野洋介「エンディング産業展」で=2019年8月、東京ビッグサイト 撮影・大野洋介

ネットで料金を支払い、お坊さんを呼ぶ

 機械式納骨堂がハードウェアの葬儀革命なのに対してソフトの革新の受け皿が永代供養墓である。

 「平成元年(1989)にすがも平和霊苑がもやいの碑、新潟の妙光寺が安穏廟をそれぞれ別々に始めましたが、申し込みが殺到して他のお寺もだんだん永代供養墓を作るようになりました。やはり少子化の影響は大きくて子供がいない人が増えている。彼らは墓を買いたくても子どもがいないので無縁墓になると言われ、断られることが多かったんですね」

 ただ、ここも商売は厳しくて場所が悪い、募集に対する考えが甘いなどの理由で永代供養墓の7割は元が取れていないのではないかと薄井は言う。

 勝ち組と負け組が分かれつつある。それはエンディング産業界全般の実情だ。象徴的だったのが2009年のイオンによる葬儀ビジネスへの参入だった。死亡者数は増えているので全国をカバーするチェーン展開ができればビジネスチャンスは確実に増える。大手流通の葬儀ビジネス参入はそうした勝利の方程式に基づいている。

 そしてイオンは新規参入らしく因習に縛られなかった。衝撃的に価格破壊したうえでその費用を明示したのだ。イオンが「火葬式」と呼ぶ直葬は19万8000円(当時)。これが、葬儀を出した経験がなく、いくらかかるか分からないという不安を感じていた都市民にヒットした。そしてイオンでは通夜、告別式をセットにした家族葬もメニューも載せた。

家族葬専門の葬儀場。リビングや和室、風呂も備えている=2018年8月29日、長野市家族葬専門の葬儀場。リビングや和室、風呂も備えている=長野市

 しかしここでは地雷を踏む。というのも直葬ならよいが、葬式を行うと僧侶に経を唱えてもらわないといけない。そこで

・・・ログインして読む
(残り:約3793文字/本文:約6288文字)