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「マスク着用条例」 アウトかセーフか

市長が「専決」で制定。コロナ緊急事態での地方自治の在り方とは

小田博士 神奈川県大和市議会議員 元産経新聞記者

Supawat Eurthanaboon/shutterstock
 新型コロナウイルス感染症は、世界中に混乱をもたらし、私たちが暮らす地域社会を揺るがせている。改正新型インフルエンザ等対策特別措置法は、地方自治体に大きな権限を与える枠組みとなっており、特措法に基づく政府の緊急事態宣言発令は、地方自治や首長のあり方を問うことになった。

全国初「マスク条例」、議会に諮らずスピード制定

 私が市議会議員を務める神奈川県大和市では4月16日、大木哲市長の発案から、「おもいやりマスク着用条例」が公布、施行された。

 議会に諮らない専決処分だった。

 大木市長は「全国初」事業へのこだわりが人一倍強く、コロナ問題では、消毒用の次亜塩素酸水の配布、歯科医師が参加するPCR検査といった独自の対策を、他自治体に先駆けて打ち出している。スピーディーな取り組みは市長の評価を高める一方、「非常時とはいえ、首長が理念条例を専決処分してよいのか」といった、地方自治上の問題点も浮き彫りにしている。

ベッドタウンに響く「感謝の鐘」

 カーン、カーン、カーン、カーン…。

 大和市では週末の午後7時、市内90カ所の防災行政無線のスピーカーから、鐘の音が鳴り響く。新型コロナウイルスの治療にあたる医療従事者に感謝の意を伝えるための取り組みで、東京・銀座の和光の時計塔が実施する「命の鐘アクション」に賛同したものだという。プロレスラーの引退や追悼時に行われるテンカウントゴングのような重苦しい響きは、今の日本が「準戦時体制」にあることも連想させる。

市民には文化人や芸術家も多い。「ぴあ」の表紙を長年描いたイラストレーター及川正通さんはベッドタウンを走る市のコミュニティーバスを無償でデザインした
海上自衛隊と在日米海軍の軍用機の拠点である厚木基地。大和市と綾瀬市にまたがり、周辺は住宅密集地だ

 大和市は、神奈川県のほぼ中央に位置している。小田急江ノ島線、東急田園都市線、相鉄線の私鉄3線が乗り入れ、都心の渋谷や横浜まで約30分。人口23万人のベッドタウンだ。海上自衛隊と在日米海軍が共同利用する厚木基地を抱え、渋滞の名所として知られる東名高速・大和トンネルがある。

 サッカーの女子ワールドカップ日本代表選手を数多く輩出したことで名高く、市は「女子サッカーのまち」を売りにする。

 2016年11月には図書館や市民ホール、生涯学習センターなどが同居する文化複合施設「シリウス」がオープン。市外からも多くが訪れるランドマークとなっている。市は「図書館城下町」を標榜するが、この施設も現在、コロナ禍への対策で休館となっている。

女子サッカーが盛んでワールドカップ優勝メンバーらを多く輩出。写真は、郷里の大和市で子供たちにメダルをかける大野忍、川澄奈穂美両選手
図書館を中心とする複合施設「文化創造拠点シリウス」。市の集計では、来館者は年間300万人以上で、同種施設では全国一という

一変した街

 地域の様子は一変した。外出自粛要請に伴い、時間短縮や休業を迫られる飲食店が増え、「無期限で臨時休業します」との張り出しも目に付くようになった。大手ショッピングモールは、スーパー以外の専門店の多くが休業中だ。

 鉄道各駅の利用客も減少傾向にあるようだ。詳細なデータは把握できないが、東急電鉄によると、全線の乗降客数は大型連休機関中の5月2~6日は、対前年比で7、8割も減少したという。

アルバイト従業員の感染が発覚した外食チェーン店。現在、改装工事中だ
 市内では市立病院や警察署で感染が発覚した。某外食チェーン店は、アルバイト従業員がコロナに感染したことで営業を休止し、改装工事を行うことになった。本社のホームページでは「当初より予定されていた改装工事にそのまま入ることとなった。新しい店舗として年内にオープンを予定する」と記し、風評被害の払拭を目的とした工事との見方を否定する。

 だが、覆いが被さったままの店舗は、コロナ禍のシンボルのように見えてならない。

モデルは、スペインかぜ当時のサンフランシスコ

GoodStudio/shutterstock
 そんな大和市で、マスク着用条例が4月16日に公布、同日施行された。1918年のスペインかぜの際に米サンフランシスコ市が制定したマスク条例が効果を上げたことに着想を得て、大木市長が発案したという。施行のタイミングは、政府による布マスクの支給が予定されていた時期に合わせたようだ。

 条例は前文で、「思いやりの心をもってマスクを着用することが、感染症等の予防及び拡大防止を図り、思いやりあふれる社会の実現に資する」と明示する。その内容は極めてシンプルで、「市民はマスクの着用を心がけるよう努める」「市は意識の啓発等必要な施策を推進する」の2点のみである。罰則規定はなく、「理念条例」として位置づけられる。

啓発は大切。条例には重大問題

 市民の反応は賛否両論だ。「入店者にはマスクをしないで咳をする人もいる。マスク着用への理解が高まることは有難い」と評価がある一方、「入手しづらいのだから、マスクを配布することが先決だ」との批判も聞かれる。市は、マスクの作り方をホームページに掲載。5月になって、寄贈を受けたマスクを、高齢者らに配り始めた。

 マスク着用の啓発を推進すること自体に、私も異存はない。だが、この条例は、重要な問題を抱えていると考える。

 それは、①理念条例と呼ばれる市独自の政策条例を「首長の専決処分」で行ってよいのか②「マスクの感染防止効果を過大視」していないか③エチケットやマナーに属する事柄が「地方の法律」と言える条例になじむのか――の3点だ

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