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コロナ危機を乗り越えよう。動き始めた芸術文化の分野・役割を超えた連帯

オンライン署名、クラウドファンディング……新しい芸術文化を目指す動きが続々

落合千華 リサーチャー・コンサルタント

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、美術館、劇場等への自粛要請が始まった2月下旬。芸術文化は「不要不急」。そう突き付けられたかのような、突然の出来事だった。

SNSの投稿から不安がひしひしと

 私はふだん、地域や子どもたちのための芸術文化活動を中心に、コンサルティング支援や調査研究をしている。文化庁やアーツカウンシル(文化や芸術にかかわる事業を支援する組織)などと共に、制度に関する調査、助成事業に関する支援などの仕事をすることもある。

 一口に芸術文化といっても、その内容は様々だ。まさしく多様な人や組織が、生き生きと色彩豊かに躍動している世界なのだ。地域で土着の伝統芸能を守っている人もいれば、都心で新たな芸術を切り開いている現代舞踊家もいる。彼らの生き生きとした姿が急に止まったことに驚くとともに、ある意味現場の外にいる私ができることをしなければ、と思った。

 これまで一緒に仕事をしてきた芸術文化にかかわる方々が発するSNS上の投稿からは、不安が広がっていく様子がひしひしと伝わってきた。「とにかく行き先不安で困っている」「金銭的に大変になる」……。そういった投稿を読みながら、まずは実際にはどういった人がどのように困っていて、どんな支援があるといいか、具体的に明らかにする必要があると考えた。

延期になった「世界こども音楽祭」

福島県相馬市民会館でアンゴラの子どもたちとの共演したエル・システマジャパンの子供たち=2016年(エル・システマジャパン提供)

 私が2015年度から関係してきた団体に一般社団法人エル・システマジャパンがある。2011年の東日本大震災の後、福島県や岩手県を拠点に、子どもたちが音楽を共に奏でる場所を提供し続けてきた。2020年4月3、4日には東京芸術劇場で「世界こども音楽祭」を開催する予定だった(エル・システマジャパンの詳細は「こちら」)。

 この音楽祭では、エル・システマジャパンの子どもたちと、アメリカ、アンゴラ、イギリス、韓国、ベネズエラなど8カ国からやってきた子どもたちが共演するコンサートが企画されていた。震災から来年で10年。エル・システマジャパンにとって象徴的な意味を持つこのコンサートには助成や寄付も集まり、なにより子どもたち並々ならぬやる気をもって、頑張って練習してきたと聞いている。

 それが、コロナのために延期(2021年3月予定)になってしまった。金銭的に打撃なのはもちろんだが、楽しみにしてきた子どもたちの成長にも大きな影響がある。私は居ても立っても居られない気持ちであった。

 振り返ってみれば、東日本大震災の時も子どもたちから「遊ぶ場」が奪われた。とりわけ福島では、原発事故の影響もあり、野外での活動がかなり制限された。地域から外へ移動した人も少なくないが、家族と共に福島に残った子どもたちにとって、「音楽を共に奏でる」という新しい場ができたことは、心の支えとなり、健やかな成長に好影響をもたらしてきた。

 そう、コンサートは不要でも不急でもない。活動が止まってしまうことに対して、何らかの新しい手を打つ必要があるのは明らかである。

Grandomart/shutterstock.com

オンラインでアンケートを実施

 何から手をつけようか。まず着手したのが、「それぞれの不安を明確にし、伝える」ためのアンケートだった。

 芸術文化にかかわる人を対象に、4月3日~10日にオンラインで実施。質問項目は、「主にどんな困りごとがあるのか」「どんな支援があるとよいのか」などだ。最終的には政策提言や基金設立に役立てることが目的なので、とりわけ金銭的支援や非金銭的支援について、そのときの行政、民間からの支援が十分と感じているかどうか、短期的・長期的にはどのような支援が必要か、詳しくたずねた。

 SNSのシェア、メディアへの掲載が奏功し、1週間で3500近くの回答が集まった。その数に驚くとともに、「このような意見を吐き出せる場所を、つくってくれてありがとうございます」などの感謝のコメントから、彼らが声を届ける場がいかに少なかったか、あるいは声を届けたいと思っても、その手段がわからなかったかを、つくづく思い知らされた。

 アンケート回答者の約7割はフリーランスだった。また、行政、民間問わず、その時点での(資金的・非資金的問わず)支援には約9割が、不足していると答えていた。短期的には金銭的支援を、長期的には活動再開に関する支援を求める声が多かったのも特徴的だ。

 約900人の方からは、緊迫したフリーコメントもいただいた。なかには「3ヶ月先の仕事もなくなり生活が困窮しています。すぐ援助を」「(業界の体質もあり)明確な書類が出せない状況のフリーランスに対しての救済措置が必要」といったものもあった

 以下にアンケート結果の要旨を示す(アンケート結果の一覧は「こちら」から)。

 アンケートに集まった声、とりわけフリーランスの声を世間に広く届けるため、記者会見も開いた。オンラインでの会見には、私のほか、アンケートの拡散に協力してもらった早稲⽥⼤学⽂学学術院教授の藤井慎太郎氏、A.T.カーニー⽇本法⼈会⻑/ナイトタイムエコノミー推進協議会の梅澤高明氏、アーティストとして活躍する5人が参加した。アンケートの内容を共有するだけではなく、有識者、現場のアーティストの生の声を届ける場となったと思う。

 会見での発言は、数多くのメディアに取り上げられた。芸術文化関係者のフリーランスがおかれた苦境と要望が伝わったはずである。また、アンケート結果は東京都に対する政策提言にも活用された。

オンラインでおこなった記者会見

アンケートから生まれたコミュニティー

 アンケートを実施したことと結果を共有するなかで、二つの大きな動きが生まれた。

 一つは、芸術文化関係者の方々と何か一緒にできないかという緩やかなつながり、一種の“コミュニティー”ができたことである。

 これまで連絡を取ることがなかった人とも、SNSやビデオ会議で簡単につながることができた。その結果、芸術文化関連の中間支援組織や公益財団法人の関係者、大学教授、弁護士、公認会計士など、いわゆる芸術文化を支える側の人たちが、情報を共有し、議論し、連帯して動いていかなければならない、という意識で動くようになった。

 また、Facebook上で立ち上げた「新型コロナウイルス状況下における芸術文化関連情報」というグループには、アーティストや中間支援組織の人、有識者等多様な人を含む2984名(5月22日現在)が参加し、金銭的支援の情報、海外における取組等の情報交換をさかんに行うようになった。

 京都府、長野市、横浜市など地方自治体の支援や、稲盛財団などの民間財団の支援が立ち上がるなか、こうした横のつながりができたことで、情報が素早く共有され、支援につながりやすい人が増えるとともに、新たな支援が生まれるきっかけになるはずだ。

フリーランス支援に特化した基金を創設

 もう一つは、アンケートで得られた芸術文化関係者、特にフリーランスの方々が求める支援を、実現するための基金の創設である。

 900近く寄せられたフリーコメントを日々眺めるうちに、私は自分の小さなお金をシードマネーにして、賛同いただける方々の寄付を募ろうと決意した。複数の行政関係者と意見交換をするなかで、フリーランスは、組織や業界団体等と比べてどうしても支援から漏れやすいと知った。ならば、民間で基金をつくり、フリーランスに特化した支援につなげようと考えたのだ。

 アンケートの結果発表から2週間がたった5月1日、私はフリーランスで活動する芸術文化関係者の支援を行うArts United Fund(AUF)という基金を立ち上げた。公益財団法人パブリックリソース財団で立ち上げた基金で、税制優遇措置の対象にもなる。クラウドファンディングサイトCampfireで寄付を5月30日まで募る。5月22日現在、約300名の方々から、約470万円の寄付が集まっている。

 この基金は、コロナ禍で影響を受けたフリーランスを対象に、俳優や演奏家といったアーティストはもちろん、照明スタッフやサウンドエンジニア、批評家といった幅広い方々を対象にする。一人一人が芸術文化という生態系を支えている存在であるというコンセプトに立ち、支援対象者を公募して選定したのち、彼らの活動や声を動画や記事にして紹介する予定である。動画の配信支援には、ヤフー株式会社が協力する予定だ。

分野を超えた「連帯」で新しい芸術文化を

 こうした活動は、先述した“コミュニティー”の創成ともつながる。今後の、いわゆる「ウィズコロナ」「アフターコロナ」と呼ばれる世界の中で、新しい芸術文化が生み出すコミュニティーとして育つことを期待している。

 Arts United Fundだけでなく、分野ごとに、連帯してクラウドファンディングを募る動きが幾つもある。たとえば全国の小規模映画館ミニシアターを守る「ミニシアター・エイド(Mini-Theater AID)基金」、日本全国の小劇場を守るための「小劇場エイド」、舞台芸術に携わる出演者・クリエーター・スタッフを支援する「舞台芸術を未来に繋ぐ基金=Mirai Performing Arts Fund」。いずれも動き始めている。

 署名などの運動も起きている。「#SaveOurSpace」は新型コロナウイルス感染拡大防止のため、営業を停止している文化施設に対する国による助成金を求め、3月末には30万筆を超える署名を集め、4月末には政府・与野党連絡協議会へ要望書を提出。現在、100万筆を目指して活動している。さらに、SaveOurSpace、SAVE the CINEMA(映画)、演劇緊急支援プロジェクト(演劇)の三者共同の「#WeNeedCulture」は、文化芸術復興基金創設へ向けた活動を行っており、22日、文化庁関係者に要望書を提出した。こうした動きはまさに、分野を超えた連帯だと言える。

 新型コロナウイルスのやっかいなところは、芸術や文化につきものの「人が集う」「リアルに作品に浴する」「場で作り上げる」といった本質を損ねる点にある。以前のような活動が再開されるまでには、まだまだ時間がかかるだろう。そもそも、以前と同じ形で活動再開が可能になるかも不明である。

 だが、こうした状況下だからこそ、私たちは「連帯“Unite”」していく必要があるだろう。新型コロナウイルスを乗り越え、新しい芸術文化を生み出していくために、異なる分野や役割の人々、組織が、ひとつの“生態系”としてつながっていくことが大切だ。オンラインという連帯を促すツールもある。

 ひょっとすると、こうした連帯は初めてのことなのかもしれない。そこから、いまだかつて見たことのない、美しいものが生み出されるのではないか。

 複数の行政や財団の支援、複数の運動やAUFを含むクラウドファンディング、各組織による政策提言、各団体やアーティストによるオンラインでの新たな活動など、様々な新しい動きが生まれている。それらがゆるやかにつながり、分野や役割を超えた連帯を目指すことで、より大きな可能性が生まれ、新たな次元が広がっていく――。

 私はそう信じている。

※新型コロナウイルス状況下における芸術文化関連情報は「こちら