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一刻も早く学校らしい授業の再開を!

教育的配慮のもと、工夫次第で対面授業は実現可能だ

薄雲鈴代 ライター

 いよいよ大学や専門学校の後期の授業が始まった。

 今年はコロナ禍に遭い、4月から新年度をスタートできず、新入生は入学式どころか学校にも行けず、京都の多くの学生が5月の連休明けからオンライン授業を受けることとなった。

 それでも6月以降、小中高校をはじめ、一部の専門学校や大学では、ソーシャルディスタンスに配慮しながら、教室の配置や時間割に工夫を重ねて、対面授業を再開させた(京都の教育委員会も対面授業を推進していたときく)。それなのに、京都のかなりの大学や関連校は、オンライン授業のままであった。私が非常勤講師を務めている京都市内の専門学校でも、いつ対面に戻るのかと待ちわびながら、結局のところ、前期15回の授業は、すべてオンライン授業で通された。

 では、後期(秋学期)こそ対面授業に戻ると思いきや、リモートでの授業継続の連絡を受けた。そんな殺生な、と心底愕然とした。

名古屋商科大でのオンライン授業の様子。4月66日から学部生向けのオンライン授業を始め、論述式の期末試験もオンラインで実施した=2020年4月7日、名古屋市中区(写真は本文と直接関係ありません)

「いいね」を押して出席をとるリモート(遠隔)授業

 私が勤めている学校では、なかなか新学期が迎えられなかった4月中旬に、世間の動向と同じくオンラインでの開講の話が持ち上がった。そこでゴールデンウイーク期間中に、大学での講習を受けて、にわか仕込みの手探りの中、連休明けの5月6日から遠隔授業がスタートした。

 まずもって眉を顰めたのは、授業開始時に出欠を取る方法である。学生は「いいね」を押すことによって、その授業に出席したことになる。90分の授業のあいだ、学生がどのような状態で授業を受けているのか、そこに居るのか居ないのか、実態はつかめない。

 前期、学生の出席率が高かったと聞くが、首を傾げたくなることも多々ある。ゲスの勘繰りをすると、最初に出席だけとって中抜けしていても、こちらには分らないのである(こちらも慣れてきて、授業の途中で、再度出席確認をしたりすると、最初は居たのに、応答のない学生も折々あった)。

 授業の中抜けや、トイレに席を立つ学生は、実際の教室の授業でもいるわけで、言い訳はたつように見えるが、教育において、この出欠確認の仕方こそ、リモート授業がいかにダメかを象徴している問題点である。

 私は学生時代、教育実習に行くときに、授業のはじめの出席確認がいかに大事なことかを蔵田敏明先生(現・名古屋外国語大学名誉教授)から学んだ。

 「単に点呼しているだけではない。名前を呼び、その子の返事の仕方、顔の表情で、調子が良いのか悪いのか、元気なのかどうか、いろんなことがわかる。出席をとることを疎かにしてはいけません」

 だから、「いいね」のボタンを押しただけの出席では、その子の状態が見えないのである。

学生の負担、教師のストレスフリー?

 リモート授業でも、昨今のテレビ番組で見るように、顔を見せて応答すればいいではないかということだが、私の周辺の教育現場では儘ならなかった。

 企業のオンライン会議や、テレビの番組内では、パソコン機材も揃っていようし、通信費も使い放題かもしれないが、学校においては、その費用はそのまま学生の負担になる。

 にわかにオンライン授業に切り替わった時、すべての学生がパソコンや通信環境を完備していたわけではない。(学校が、パソコン購入の補助金を出したと聞くが、それは微々たるもので)、スマホで授業を受ける学生が

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