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旭川の「医療崩壊」が映す日本の「危機管理」

旭川市が直面した新型コロナウイルス対応の現状と課題を地元から報告する

古本尚樹 防災・危機管理アドバイザー

 新型コロナウイルスの第3波ともいうべき感染拡大の影響が大きくなっている。私が居住している札幌市や生まれ故郷の旭川市では更に深刻な事態となっている。

 そこで、これらの地域での感染拡大を危機管理の側面から様々に考察したい。地元にいる研究者としての意見を呈したい。

 私は、地域総合防災や新型コロナウイルスを含めた感染症対策、災害を契機とした被災者の健康格差等を中心に研究してきた。北海道では近年、2年前に発生した北海道胆振東部地震を除いて大きな災害はなかった。それは幸いなことだが、今回の新型コロナウイルス感染拡大では、地域医療の課題や災害対応(危機管理)など様々な課題が浮かんだ。

 「災害慣れ」は望ましくないが、関係機関や関係者のスキルと知見向上には、やはり経験が必要だ。その意味で、今回の旭川市等での対応は、明らかに慣れていない、経験不足と言わざるを得ない。

新型コロナウイルスのクラスターが発生した吉田病院=2020年11月16日、北海道旭川市

活かされなかった今年春の先行事例

 旭川市の人口は札幌市に次いで2位、30万人あまりである。北海道では札幌市への一極集中が進んでおり、旭川市からは数年前に百貨店が消えた。

 私が住んでいた頃は製紙業も盛んだった。旭川家具も有名だが、全体としてこの地域の経済は他地域と同様、鈍化している。

 旭川市の高規格医療機関(大学病院など)は、最北端の稚内市や利尻・礼文など離島を含め広大な地域をカバーする地域医療の要である。これら道北地域は四国4県とほぼ同等の広さになるが、それをまかなうのだから、患者らのニーズと、医療・保健・福祉そして高齢社会の進展にともなう介護等の総合的サービス供給のバランスは、普段から大きく崩れている。

 今回の新型コロナウイルスの感染拡大は、このアンバランスを更に助長した。それとともに北海道の危機管理における脆弱性を露呈したと言っても過言ではない。

 2020年春にコロナウイルスが感染拡大し始めた時に、札幌の高齢者介護施設茨戸アカシアハイツで起きた事例を思い出さずにはいられない。やはりクラスター化により入所者の感染が拡大し、さらに第2波で施設の介護職員や看護職が不足した。

大規模なクラスターが発生した茨戸アカシアハイツ=2020年4月30日、札幌市北区

 この時は職員の家族が出勤に反対するケースもあり、一方PCR検査の受診自体ままならなかった。清掃の職員も感染拡大を受けて対応できず、その結果、施設の介護等職員が清掃等も行い、負担と負荷が大きくなった。施設側は札幌市へ入所者の入院対応を依頼したとのことだが、間に合わず10数人が亡くなり、その後入院先でも数人が亡くなったと記憶している。

 自ら感染リスクを負いながら勤務した施設の介護職員達の負荷の大きさ、過酷さは理解できよう。

 一方で、札幌市など関係機関は事態の深刻さを施設側と共有できていたのかは疑問だ。初期対応は大きく遅れた。足りなくなったマンパワーの補完とそのマンパワーのメンタルなどのサポートも十分とは言えなかった。

 こうした介護施設は対策本部を立ち上げ、関係機関と協働で対応することが望まれた。いわゆる業務継続計画(BCP)を確立し、その訓練を重ね、そのうえで今回の新型コロナウイルス等感染症対策も盛り込む必要があった。これらの部分で課題は少なくない。

 今回の旭川市における第3波感染拡大は、その主な原因として医療機関等におけるクラスター化が大きく、先述の茨戸アカシアハイツの事例は活かされなかったのか、という疑問が最初に生じてくる。

 クラスターが発生した医療機関への自衛隊派遣は、問題が表面化した後に旭川市から北海道を経由してようやく要請され、実現したようだ。

 さらに、旭川市の場合、当初初期症状のある罹患者について、例えば民間ホテルを貸し切って隔離する等の対応が見られなかったのはなぜなのか、という疑問もある。用意するつもりがなかったのか、用意できなかったのか、いずれかだろうが、感染拡大を防ぐ初期段階から対応が不十分だったと言わざるを得ない。

 先行事例があったにもかかわらず、全く活かされていないことに、旭川市、また北海道全体の危機管理の未熟さが露呈している。おそらくこうした大量の感染者が生じることを想定していなかったと思われる。また多くの医療機関を中心にクラスター化が発生することも考えていなかったのだろう。

人口の少ない地域にも広がる感染

 あくまで私見だが、企業内やコールセンターと違って、医療機関内でクラスター化が発生しても、医療スタッフが自前で用意されているのだから単一の医療機関で対応できる、という慢心が行政サイドにあったのではないか。また、各医療機関には「関連病院」があり、個別のつながりで医療スタッフや医療サービスも確保できるのではないか、という「おまかせ」体質もあったように思える。

 しかし、今回の旭川市では当初、大学病院等の関連病院も協力に積極的ではなかったと報じられており、個別の協力関係には限界があった。

 自前のスタッフが感染した場合、自分達の医療機関が機能しなくなる。ただでさえ、各地の医療機関の経営悪化が指摘される中で、医療機関が閉鎖したりスタッフが不足したりすれば経営そのものへ影響は大きい。感染者が出た医療機関、更にはクラスター化が発生した医療機関への通院が敬遠される「風評被害」を含め、悪影響を避けたい思いは理解できる。

 先述のように旭川市は道北の地域医療の中心だ。道北の住民は旭川市との往来の機会が当然あるわけで、道北地域一体にも数は少ないとはいえ、広範囲に感染者が生じてきている傾向がうかがえる。

 そればかりか、人口の少ない、隣接するオホーツク管内にも最近感染者が生じてきていて、これらも旭川市との往来の影響をぬぐいきれない。旭川市や札幌市は、経済活動等を含め、広範な地域とのつながりがあるのだ。

 確かにGo Toの影響もあるだろう。しかし、北海道は人口密度が低いにもかかわらず日本全国で上位の感染者の多さを記録している。北海道の都市部からの「感染移譲」の可能性は否定できまい。

過疎地域に重くのしかかるコロナ対応

 道北の各自治体における国保病院など「自治体立」の医療機関の多くは赤字体質になっている。高齢者の増加に加え、旭川市の医療機関が機能しなくなると、非常勤で道北の各地へ派遣されている医師が減少し、診療自体に影響が出ることが危惧される。それにより経営への影響がさらに深刻化し、地域住民が望んでいながら治療を受けることができない事態が想定される。

 新型コロナウイルスによる感染拡大はこうした地域医療の拠点地域で医療提供体制を崩壊させかねないだけでなく、広域にわたる地域、ひいては北海道全体の地域医療に影響を及ぼすという認識が必要である。単に感染症に関する問題だけではないのだ。

 さらに、この課題が長引けば、過疎地域の財政圧迫に拍車をかけるにちがいない。

 一見関係が無いように見えるが、先に北海道の寿都町と神恵内村が、原子力発電所の使用済み核燃料から出る高レベル放射性廃棄物、いわゆる「核のごみ」の最終処分場の選定をめぐり、選定の第1段階となる「文献調査」に応募することが議論を呼んだが、過疎地域の財政難で大きな負担になっているのは高齢化と連動して地域が抱える医療や保健、福祉等のサービスに関わる部分であり、今後もこの分野の自治体負担は大きくなるはずだ。

 自主財源の確保が難しい過疎地域で、いわゆる核のゴミの文献調査に手を挙げざるを得なくなるのは、もう手段がなくなった末でのことと思われる。すなわち新型コロナの感染拡大→過疎地域における医療等サービス低下(アクセス格差)や医療等の非効率化→自治体の財政悪化→新たな財源の必要性、という負のスパイラルが見えてくる。極端な考え方かもしれないが、それくらい北海道の各自治体における医療や保健、福祉、介護の負担は大きくなるばかりだ。

北海道神恵内村で開かれた「核のごみ」最終処分場に関する住民説明会=2020年9月30日

 新型コロナウイルスの問題は、単に感染を防ぐとか、その拡大をこれ以上増やさないという単純な問題ではなく、こうした地域における波及度合が大きいことを忘れてはならない。他の地域においても「他人事」ではない、自分達にも起こりうる問題として認識してほしい。

旭川市の事例を全国の教訓に

 私自身はノロウイルス調査・研究等も行い、現在は新型コロナウイルス対策の講演も多く行っているが、先述のBCPにも新型コロナウイルス対策をどう盛り込むかが、先端のトピックになっている。

 これからの防災・減災対策では、感染症対策における組織や個人レベルでの危機管理体制を地震など自然災害同様に加味していくことが不可欠になった。そのためには、クラスター化や感染拡大した旭川市などの事例を集約して今後の教訓としなければならない。医師や研究者だけでなく、市民レベルからも情報を得て、全体としてどう動くかが重要となる。

 今なお、感染拡大は続いているが、いずれ収束した時が終わりではない。そこから、次の感染症対策が始まっている。特に、今回記述したように我が国の地域・自治体がおかれた厳しい環境下での対策は、各地域の現状を踏まえた配慮が望まれる。

 広範囲への影響をも考慮した対策が必要で、単一の地域・自治体だけの問題ではないことが多い。視野を広げて、この新型コロナウイルスについての現状と課題を多角的に考察しなくてならない。

 今回は、旭川市の事例から派生した案件を記述したが、札幌市の飲食店、例えばススキノの現状や、基幹産業の観光業などが直面する課題などについて、地元にいる研究者として次回以降、記述してみたい。