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「東京五輪中止」の現実味をスルーする日本マスコミの病理

「五輪開催盛り上げ報道」に漂う異様感

高田昌幸 東京都市大学メディア情報学部教授、ジャーナリスト

 新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。連日、新聞もテレビもコロナ禍報道一色である。今夏の東京オリンピック・パラリンピック開催も相当難しそうだ。世論調査でも8割ほどの国民が今夏の開催に否定的な態度や疑問を示している。

 そうした中、ここに来てようやく、主要全国紙にも開催に懐疑的な視点からの取材記事が出始めた。「そろり、そろり」を地でゆく実に慎重な動きだが、読者の疑問や関心に応えるのが報道の役割であると自任するのなら、報道機関はこの問題を避け続けるのではなく、早急に徹底取材し、報道せねばならないはずだ。

 折しも米紙ニューヨーク・タイムズは1月15日の電子版で、今夏の開催は中止になる可能性があると伝えた。日本の国家的催しの行方についても、報道は「外圧」頼みなのか。

2020年3月25日、東京都新宿区

東京五輪の開催機運を盛り上げ続けるメディア

 今夏の東京オリンピック・パラリンピック開催について、国民はどのように考えているのか。

 共同通信社が今年1月9、10の両日に実施した世論調査によると、東京オリンピック・パラリンピックの今夏の開催を「中止するべきだ」は35.3%になった。「再延期するべきだ」の44.8%を含めると、80.1%が見直しを求めたことになる。調査はコロナに関する緊急事態宣言が1都3県に出た直後に実施されており、コロナに関する国民の危機意識を的確に映し出したものと思われる。

 2度目の緊急事態宣言が出る前の世論調査でも、東京オリンピック・パラリンピックの開催には、多くの国民が疑問符を付けていた。

 朝日新聞が昨年12月19、20日実施した調査では、「東京オリンピック・パラリンピックをどのようにするのがよいと思いますか」という問いに対し、予定通り2021年夏に開催するとの回答は30%だった。これに対し、「再び延期する」が33%、「中止する」は32%。実に65%が見直しを求めている。

 読売新聞は昨年10月〜11月、早稲田大学と共同し、質問票を郵送する方式で世論調査を実施した。その中には発足直後の菅義偉内閣に対して「優先的に取り組んでほしい政策や課題を、いくつでも選んでください」との質問がある。「その他」を除いて選択肢は17項目。最多の回答は「医療や年金、介護など社会保障」の69%で、「景気や雇用」65%、「新型コロナウイルス対策」59%などが続く。複数回答可だったにもかかわらず、「東京五輪・パラリンピックの開催準備」は8%しかなかった。同じ数字の「憲法改正」と並んで17項目中の最下位である。

 テレビなども含めた他の世論調査もほぼ同じ傾向にある。

 しかしながら各紙は、東京オリンピック・パラリンピックの開催を前提とした連載企画や特集を続けている。相当以前から準備していたのだとしても、このコロナ禍で機運を盛り上げようとする報道には、一種異様な感じがある。多くの人がこの点には同意するのではないか。

国民の8割が開催に否定的なのに……

 他方、ごくわずかではあるが、「このままでは開催できないのではないか」という視点に立った取材記事が年明けからようやく現われてきた。そのいくつかを拾ってみよう。

 比較的ストレートな見出しで目立ったのは、朝日新聞の1月8日朝刊第2社会面の「東京五輪 開催危ぶむ声も『3月までに解除されなければ…』」である。コロナに関する緊急事態が再宣言された直後の朝刊。記事は社会面を見開いて状況を伝えていた。この記事はその1つで、見出しは3段。決して大きな扱いではないものの、紙の上では目につきやすい扱いでもあった。「ある大会関係者は『日々の暮らしに苦しむ人や医療従事者のことを想像すると、大会どころではない』と吐露する。組織委は当初、年明けから職員全員が原則出勤する計画だった」などと記されている。

 東京新聞は1月13日の「こちら特報部」で見開き紙面を使って大展開した。主見出しは「東京五輪『やれる』根拠はあるのか」。そのほかにも「世論は『中止・再延期』8割」「それでも…組織委・首相・与党『必ずやる』」「対策アイデアも効果は?」といった見出しが並んだ。筆者の見るところ、独自取材に基づいて開催に疑問を投げかける記事としては、今までのところ、この記事が一番大きい。

 読売新聞は1月9日のスポーツ面に「五輪へ強化ピンチ」「合宿縮小や中止 NTC利用制限」という記事を載せた。緊急事態の再宣言に伴う各競技団体の動向などを伝える内容で、日本ソフトボール協会幹部の「五輪メンバー15人を決める最終選考の場だが、どうするか近日中に決めなくてはいけない。対応に四苦八苦している」というコメントも紹介されている。4段見出しの大きな扱い。アスリートたちの苦悩が伝わる記事であり、普通に読めば、もう開催は無理だろうと思える内容だ。

 ただし、目立った記事はこの程度しかない。この他には、過去の大会で4個の金メダルを格闘した英国の元ボート選手が延期したほうがいいと発言したことを伝える記事、国際オリンピック委員会の最古参委員のディック・パウンド氏(カナダ)が「私は(東京での開催に)確信が持てない。誰も語りたがらないがウイルスの急増は進行中だ」との見解を表明したという記事などが通信社の外電として流れた程度である。

 もちろん、社説でこの問題を真正面から取り上げたものはない。本来なら世論調査によって8割もの国民が開催に否定的な見方を示していることが分かった段階で、即座にこうした肉声を集め、分析し、それに関する政府や組織委、東京都などの姿勢に疑問をぶつけていく記事があってしかるべきだろう。

五輪スポンサーに名を連ねる大手マスコミ

 先述したように、ニューヨーク・タイムズは1月15日の電子版で東京開催に対する懐疑的な長文記事を掲載した。上掲のバウンド発言などを引用した記事であり、コロナ禍の収束が見えてない以上、「第2次世界大戦後、初の五輪開催中止に追い込まれる可能性がある」としている。これまでの流れや現状からすれば、至極当然の記事である。しかも、記された事実自体には新規性も乏しい。

 ただ、ニューヨーク・タイムズのこの報道を紹介する形で、共同通信は即座に速報を流した。他の日本メディアも「ニューヨーク・タイムズが報じた」とネットで報じている。問題は「開催は困難」との指摘が、外電を紹介する形でしか報道されないことにある。開催地は日本なのだ。それなのに、先述したように「本当に開催できるのか」をきちんと問うた取材記事は日本の主要紙には見当たらない。それもまた、日本のマスコミの病理を示している。

 全国紙で東京都や組織委を取材している記者は「今夏の開催が難しいことは記者の誰もが分かっているでしょう。でも、それを積極的に記事にしよう、社会に投げかけようという機運はありません。どのメディアも自分が先陣を切るのが怖いのだと思います」と言う。

 東京オリンピック・パラリンピックのオフィシャルパートナーには読売新聞社と朝日新聞社、日本経済新聞社、毎日新聞社が名を連ねている。オフィシャルサポーターには産業経済新聞社と北海道新聞社が加わっている。メディア委員会にはテレビ局や通信社、新聞社などが揃い踏みだ。

東京五輪・パラリンピック大会組織委員会のオフィスに掲げられている国内スポンサーのパネル=2019年2月15日、東京・虎ノ門

 新聞社やテレビ局も営利企業であり、オリンピックを大きなビジネス・チャンスとして捉えること自体は否定しない。しかし、営利目的が「報道の論理」を食い尽くし、国民が疑問に思う大きなテーマを取材・報道しないのであれば、報道機関としては役割放棄と言えよう。報道をしない期間にも開催に向けて湯水のごとく税金は使われている。

 東京オリンピック・パラリンピックが今夏、本当に開催できるのか、開催すべきなのか。国民の8割が抱く疑問をこれ以上放置すべきではない。