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サイバースペースにおける「言論の自由」の社会実験の失敗/上

Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー【5】

清義明 ルポライター

 先日のアメリカ大統領選挙の数日前のことだ。友人からこんな話を聞いた。年上のお世話になっている人が、毎日LINEでこんなメールを送りつけてきて、どう反応していいのか困っているのだという。

 そして、そのメールを見せてくれたのだが、本人は善意で注意喚起してくれているのだろう。こんなことが書いてある。

 「世界各国で政権交代が起き軍事作戦が展開される。すでに中国軍がメキシコとカナダの国境に展開されている。アメリカの国境警備隊はすでにドローンで迎撃する準備をしている。大統領選挙でバイデンが勝つ可能性は1%もないが、もしなったとしても1カ月も大統領は続けられない。ワシントンでは着々とペロシなどの逮捕の時間がせまっている。そうすれば世界中パニックになる。日本人には影響はないので、水やトイレットペーパーは買い占めないように。こんな混乱がおきるのを承知していたので、安倍さんは情報を事前にトランプに教えてもらっていて、それで先に辞任したのかもしれない。私はATMやクレジットカードが混乱で一時停止されることに備えて現金をある程度準備している」・・・

Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー【1】
Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー【2】
Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー【3】
Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー【4】

Julian Leshay / Shutterstock.com

日本で勢力を広げたQアノン陰謀論

 この情報はネットから得た、と本人は言う。アメリカで本当におきている情報は、ネットでしか手に入らないのだそうだ。そして、誤解をしないでほしいと前置きして、この数カ月ネットで検索した情報を総合した結果にこのように推測しているので、なんらかの秘密組織とつながりがあるわけでないと注釈した。

 このメールの主は、初老の男性だ。もちろん社会人で、高学歴である。子供さんは某有名大学を卒業している。知的エリート層といえる人だ。

 Qアノンが日本で旋風を巻き起こしていて、世界でも突出した数の信奉者がいるということは海外でも話題になっている。そうして有名作家やジャーナリストまでもが、私たちはQアノンとは関係がないといいながら、そのままQアノン陰謀論を日本でも毎日せっせと流布している。

 米コーネル大の研究者の調査では、アメリカ大統領選挙に不正があったという主張をする代表的なTwitterアカウントとして、作家の門田隆将氏やジャーナリストの西村幸祐氏、右派運動家の我那覇真子氏などがあがっている。これらの日本語アカウントが選挙不正に関する情報拡散の拠点となり、そこから日本が大きなQアノン陰謀論の勢力になっていたのである(「大統領選陰謀論、日本語で特に拡散 米教授らSNS分析」朝日新聞デジタル2021年2月10日)(Anton Abilovほか“VoterFraud2020: a Multi-modal Dataset of Election Fraud Claims on Twitter”)。 

「世界救世主、トランプの英雄的戦い」などと書かれた福井県議の活動報告
(出所)http://www.ss.apdw.jp/pdf/hot102.pdf
 ジャーナリストばかりではない。最近話題になったところでいえば福井の県議会議員の重鎮が、自らの活動報告に8ページまるごと、Qアノン陰謀論を書いて支持者に配布していたことが報じられている。これによるとワクチンは殺人兵器であり、現在も闇の勢力と戦いは続いているが、今年「2021年ついに地上で光はすべての闇を葬り去る」そうだ(文春オンライン「『ワクチンは殺人兵器』稲田朋美議員のお膝元で自民党重鎮県議が文書配布」)。

 もはや、Qアノンが海の向こうの出来事と割り切るわけにはいかないだろう。

 アメリカは建国以来陰謀論が渦巻いている国だとも言われる。しかし、これらのネット発と言っていい陰謀論が渦巻くようになったのは、もちろん90年代以降のものだ。さらにこれが憎悪やレイシズムと合流して大きな潮流をつくり、それがドナルド・トランプという稀に見る異形の大統領を選出してしまったのは、21世紀の肥大した情報生態系を前提とした現代的現象だろう。それは日本にまで流れ込んできている。そのQアノンの発祥は西村博之氏が経営するアメリカの匿名掲示板4chanだ。

「オルタナ右翼」のプラットフォームとなった4chan

 4chanの日本発の匿名掲示板のカウンターカルチャーが、アメリカにおいて巨大な存在になっていったことは、前述した。そして、自分達の聖域を守ろうとして、4chanのオタクたちがゲーマーゲート事件を起こした経緯も書いたとおりだ。

 ゲーマーゲート事件(第4回参照)で爆発的にアクセスが増え、それが社会問題となった4chanから、創設者のハンドルネーム「ムート」ことクリストファー・プール氏は逃げ出したと言っていい。

 プール氏は巻き起こる社会的な非難をうけて、ゲーマーゲート事件の書き込みなどを禁止する方針を打ち出していた。そうすると、今度は4chanのユーザーから批判が巻き起こる。にっちもさっちも行かなくなった末、プール氏がそのサイトを売却した先が、日本で2ちゃんねるを失っていた西村博之だ。プール氏は見切りをつけた4chanを手放したのち、Googleに転職した。

 これが4chanの転機となる。単にオーナーが変わったというだけではない。管理方針が変わったのだ。西村氏は、これまでの4chanにさらに2ちゃんねるの自由放任主義の哲学を再度持ち込み、その結果ヘイトスピーチが4chanで激増したのだ。

 「彼が経営するようになってから規制がかなりルーズになりました。前のオーナーであるクリストファー・プールは酷いコンテンツに対してはある程度注意を向けていました。あまりに害をなすものは削除されてましたし。しかし西村は利益重視でユーザーを喜ばせることだけを考えて、彼らの好きなようにさせました。そのためにヘイトスピーチが爆発的に増えたのです」と自らも4chanのユーザーだった、フレドリック・ブレンナン氏は語る。

 4chanは、2ちゃんねると同じくボランティアの運営によって支えられている。そのボランティアの管理者たちによって、あからさまな差別思想や暴力的なものでとりわけ酷いものは自主的に削除していたのだ。また、ゲーマーゲート事件のような炎上事件になるとプール氏が規制に乗り出すようなこともあった。だが西村氏がオーナーになってからはそれがなくなった。

 ちょうど西村氏が4chanを買収したのはゲーマーゲート事件で反フェミニズムの風潮が、同じ反社会的正義が旗印のネットの差別主義や排外主義と結びついて煮えたぎっている真っ最中のことである。これでさらにヘイトスピーチと極右思想の工場がフル稼働

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