メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

キックの“神童”那須川天心の転向は、ボクシング界が変わる大きなチャンス

渋谷淳 スポーツライター

 格闘技の“神童”と称されるキックボクサー、那須川天心が2022年3月でキックボクシングを引退し、ボクシングに転向すると表明した。ボクシングと他のプロ格闘技といえば、両者の関係は長きにわたり「水と油」であり、近い距離にあるとは決して言えなかった。

 そんな歴史に那須川のボクシング転向が一石を投じるのではいか、という見方が出ている。希代のキックボクサーが活躍の場をボクシングに移すことで、ボクシング界に変化は起きるのだろうか──。

キックボクシングでは無敵の那須川天心。2022年3月に、キックからボクシングに転向するキックボクシングでは無敵の那須川天心。2022年3月に、キックからボクシングに転向する

 那須川のボクシング転向にあたり、ファンの中には「キックボクシングをやめないで、キックボクシングとボクシングの両方をやればいいじゃないか」と思う人が少なからずいるのではないか。これができないのは国内のプロボクシングを統括する日本ボクシングコミッション(JBC)ルール第2章第12条「他のスポーツライセンスとの兼用禁止」があるからだ。

 このルールがなぜ存在するのかといえば、簡単に言うと「ボクシングを守るため」ということになる。ボクシングは安全管理などのルールが厳しく、コミッションが存在してライセンスや試合運営の管理を一元化して行っている。コミッションもライセンスもなく、ややもするとエンタテインメント色を強く押し出すのが他のプロ格闘技だ。そうした格闘技と我々は違う。多くのボクシング関係者はそんな誇りをもってきた。

 一方で「我々は違う」という態度が、外に対して「ボクシング界は頭が硬い」とか「門戸を閉ざしている」というマイナスの印象を与え続けてきたのも事実だろう。

 ところが最近では「他の格闘技界ともっと交流したほうがいいのではないか」という意見が、多数派とはいえないまでも増えてきている印象だ。彼らがそう考える根底には「このままでボクシングは大丈夫なのか?」という危機感が潜んでいる。

「規制緩和して二刀流でやってもらえばいい」

2018年の大晦日には、ボクシング界のスーパースターだった元世界チャンピオンのフロイド・メイウェザー(左)とエキシビションを闘った那須川天心2018年の大晦日には、ボクシング界のスーパースターだった元世界チャンピオンのフロイド・メイウェザー(左)とエキシビションを闘った那須川天心

 多くのチャンピオンを抱える東京の有力ジム、角海老宝石ジムの浅野完幸マネジャーはそうした危機感を抱く一人だ。話を聞いてみよう。

 「今、日本ランキング表を見るとフライ級から下、スーパー・ライト級から上の階級は空欄が多い。選手が減っていて、ランキングが全部埋まらないということです。そういう背景もあって、私は規制緩和してキックやMMA(総合格闘技)の選手に二刀流でやってもらえばいいと考えています。門戸を開放したからといって外部の選手がきてくれるかどうかはまた別の話ですけど、そうやって選手を増やす努力をしていくべきだと思うんです。海外で二刀流はよくある話ですし、交通整理さえきちんとすればできると思うんですよね」

 浅野マネジャーが指摘するように、日本ランキング(2021年3月度)はタイトル挑戦権のある12位までを見ても、最軽量級のミニマム級は上から8位まで、その上のライト・フライ級は7位までしか埋まっていない。スーパー・ライト級から上のクラスは7位までで、ミドル級にいたってはチャンピオンと1位と2位の3人で、タイトルマッチの開催が危うい状況だ。

 そもそもボクサー・ライセンス保持者(プロボクサー)はこの15年余りで激減している。2004年の3630人をピークに減少が続き、最新のデータでは1497人となっている。少子化や新型コロナウイルスの影響があったとはいえ、最盛期の4割というのは、だれがどう見ても“危険水域”と言えるだろう。

 こうした事態に日本プロボクシング協会が組織として問題意識を持っていないわけではない。協会は

・・・ログインして読む
(残り:約2406文字/本文:約3936文字)