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「選手優先」のワクチン接種でいいのか?~市井の人の命を軽んじる五輪を問う

田中駿介 東京大学大学院総合文化研究科 国際社会科学専攻

 オリンピック選手への「優先接種」が、6月1日から始まる見込みだという(注1)

 政府は当初、五輪選手への「優先接種」について完全に否定してきた。丸川珠代五輪相は4月9日の閣議後会見で、「全く検討していない。現時点ではもちろんだが、これから先も具体的な検討を行う予定がない」と述べている(注2)

 しかし、国際オリンピック委員会(IOC)からの提案を受けて、大きな方針転換に踏み切った。約2万人ぶんのワクチンが無償提供され、選手団に加えて、選手と頻繁に接触するボランティアなどの大会関係者にも接種するという(注3)

 ただし、大会でボランティアとして従事するのは約8万人。つまり、大半が接種を受けられないことになる。仮に選手と頻繁に接触しないとしても、外国からの渡航者をふくめ、人と接触せずに済むわけはあるまい。「3密」環境で働くことを求めながら、感染リスクは見て見ぬふりなのか。由々しき問題である。

 一連の政府の姿勢は、国家やスポンサー企業の利益につながり、「生産性が高い」アスリートの安全を、市井の人の健康より重視しているものだと筆者の眼には映る。公衆衛生上の危機の渦中、私たちの命より五輪が重要だというのだろうか。

記者会見する丸川珠代五輪相=2021年5月25日、東京都千代田区記者会見する丸川珠代五輪相=2021年5月25日、東京都千代田区

基礎疾患のある人、高齢者施設で働く人への接種が遅れないか

 いま、筆者が最も危惧しているのは、五輪選手らへのワクチン接種を優先した結果、基礎疾患のある人や、高齢者施設などで働く人へのワクチン接種が遅れてしまうことである。

 厚生労働省はホームページで、接種の順番を以下のように示している(注4)

(1) 医療従事者等
(2) 高齢者(令和3年度中に65歳に達する、昭和32年4月1日以前に生まれた方)
(3) 高齢者以外で基礎疾患を有する方や高齢者施設等で従事されている方
(4) それ以外の方

 もちろん、この区分そのものが完璧なものだとは言いがたいだろう。「基礎疾患がない高齢者」と「基礎疾患持ちの中年、青年、若者」のどちらを優先接種の対象にすべきか、あるいは、基礎疾患を1つしか持たない人と、複数持つ人に「差」をつけるべきだったのではないか。この難題は人々の命そのものにかかわる問題である。本題からそれるので深く立ち入ることはしないが、こうした議論が十分に行われて来たとは言いがたいだろう。

 その末に、接種順位が以下のような表になってしまったとしたら、これは果たして許容されるのだろうか。

(1)医療従事者等
(2)65歳以上の高齢者
(3) オリンピック代表選手、監督、コーチ、トレーナーら選手団に入るスタッフと、候補選手、ボランティアスタッフの一部
(3)高齢者以外の基礎疾患を有する、もしくは高齢者施設等従事者
(4)それ以外

ワクチンの打ち手=医療従事者は限られている

新型コロナウイルスワクチンをバイアル(容器)から注射器で吸い出す自衛隊の准看護師=2021年5月24日、東京・大手町、代表撮影新型コロナウイルスワクチンをバイアル(容器)から注射器で吸い出す自衛隊の准看護師=2021年5月24日、東京・大手町、代表撮影

 五輪選手らに接種するワクチンは、政府が確保したものとは別枠だとしても、これだけ医療現場がひっ迫する中、ワクチンを打つ医療従事者も限られ

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