メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

新型コロナの生け贄探しはもうやめよう~誰にも不要不急の行動はない!

パチンコ、ランナー、飲食店、路上飲み……。次々と非難の対象を探す精神状況の危うさ

石井好二郎 同志社大学スポーツ健康科学部教授・同志社大学スポーツ医科学研究センター長

 2020年4月7日に発令された1回目の緊急事態宣言下、一部店舗が休業要請に応じず営業を続けて批判の目にさらされたパチンコ業界。マスコミはパチンコ店に並ぶ人々を連日報道、為政者は要請に応じない店舗名を公表し、その風当たりは極めて強いものであった。本稿の読者の中にも、「こんな時に営業するなんて何考えてんだ!」「こんな時にパチンコに行くなんて何を考えてんだ!」と思っていた人は多いであろう。

次々と作られた様々なスケープゴート

 しかしながら、実際にはパチンコ店でのクラスターや、パチンコ店が感染経路になった例は現在まで報告されていない。パチンコ店への営業自粛要請や、パチンコ店およびパチンコ客への批判は、感染拡大防止に繋がっておらず、いわれもなくスケープゴート(生け贄の山羊)にされていたことになる。

 パチンコ・パチスロ店の団体「全日本遊技事業協同組合連合会」の傘下組合である東京都遊技業協同組合は、現在まで感染事例がないことと、業界団体で定めた新型コロナ感染防止ガイドラインに則り、各ホールが感染防止対策を実施していることから、3回目の緊急事態宣言前に休業対象に含めないよう東京都に要請した。結局、休業要請の対象となったため、業界としては、感染防止ガイドラインの徹底、告知広告などの掲示・宣伝の禁止、20時以降のネオン・看板照明の消灯などを各店舗に要請し、多くのパチンコ・パチスロ店が営業を行っている。

 しかし今年は、パチンコ・パチスロ店を標的とした報道は激減し、為政者側の店舗名公表などは行われていない。すなわち、昨年のパチンコ業界ならびに来店客がスケープゴートであったことは、マスコミも、為政者も感づいているのであろう。

 この1年間を振り返って、様々なスケープゴートが作られた。ランナー、飲食店、路上飲み……。最近では、東京オリンピック・パラリンピック、そして選手がターゲットとなっている感がある。「こんな時に何を考えてんだ!」の“何を考えてんだ!”を“非国民め!”に置き換えてみれば、違和感のない文章ができ上がる。

 そう、次から次へとスケープゴートを探している今は、「この非常時に!」と正義を振りかざし、隣人を非国民と呼んだあの時代と変わらない精神状況になっている。我々は歴史や科学から学び、本当に戦わなければならない「ウイルス」と対峙(たいじ)すべきである。

Khosro/shutterstock.com

調査が明らかにする日本人の特徴

 大阪大学大学院人間科学研究科の三浦麻子教授らが、昨年の3〜4月に日本、アメリカ、イギリス、イタリア、中国の5カ国、それぞれ400~500名の一般市民を対象に実施した調査で興味深い報告がなされている。

 調査では、「新型コロナウイルスに感染した人がいたとしたら、それは本人のせいだと思う」、「新型コロナウイルスに感染する人は、自業自得だと思う」という二つの質問項目について、「1.まったくそう思わない」「2.あまりそう思わない」「3.どちらかといえばそう思わない」「4.どちらかといえばそう思う」「5.ややそう思う」「6.非常にそう思う」の6つから選択させている。

 「新型コロナウイルスに感染した人がいたとしたら、それは本人のせいだと思う」との質問では、4~6の回答をした人の割合が、日本は15.25%、アメリカ4.75%、イギリス3.48%、イタリア12.32%、中国9.46%だった(図1)。

図1

 また、「新型コロナウイルスに感染する人は、自業自得だと思う」の質問に対しては、4~6の回答をした人の割合が、日本は11.50%、アメリカ1.00%、イギリス1.49%、イタリア2.51%、中国4.83%であった(図2)。

図2

 これらの結果は、コロナ感染は本人の科(とが)だとして、感染者を誹謗中傷、感染者や感染者を出した組織が謝罪する、日本でよく見る光景と重なる。

 アメリカ・パデュー大学と大阪大学・東京工業大学が共同で実施した公共財供給実験研究によれば、アメリカ人は自己の利益を最大にする選択が多く、「相手は相手、私は私」というような行動が示唆されたのに対し、日本人は自分が損をしても相手が利益を得ることを許さない、いわゆる「他人の足を引っ張る」行動が多いことが明らかとなった。

 さらにアメリカ人は実験の最初から最後まで、公共財供給に参加する割合がほぼ一定であったのに、日本人は実験当初は参加割合が低く(相手に得をさせない行動)、その結果、自分の利益が大幅に減り、終盤は協力せざるを得なくなったことも報告されている。つまり、足の引っ張り合いで自分も利益を得られないことを経験し、「仲良くしないと自分も苦しくなる」から協力を始めるのである。

なぜ、日本人は生け贄を探すのか?

 なぜ、日本人がこのような思考をするのか? その理由ついて、上述した研究では明らかにしていないが、歴史学者である太田尚樹東海大学名誉教授の言葉は示唆に富む。

 「先祖を農耕民に持つ日本人が目指したのは調和の世界。そこでは一本の小川の水を公平に分け合うのがルールで、自分だけの抜けがけは許せない。これをやってしまうと村八分です」(「日本人と中国人はなぜ水と油なのか(ベストセラーズ)」2011)。

 すなわち、日本人は感染者を調和を乱した者として忌み嫌う傾向が強く、張本人(感染者)となることを恐れる。また、公平のルールを守らない対象を監視し、見つけた際には「自分はこんなに我慢しているのに、何だアイツは!」と他人にも我慢を強いることを求める。そこに感染リスクがあるといった情報が加わると、「感染を広げる悪」に対する正義感が生じ、攻撃が激化する。そこには感染リスクに対する科学的な検証や、「自分は自分、他人は他人」の考えなどなく、共鳴する人がいると、それに乗ずる人々も瞬く間に増えていく。

 筆者の前稿(「論座」2020年7月7日:人々を惑わせた新型コロナ禍でのジョギング なぜ、誤解が広がったのか・警鐘相次ぐ「マスクとスポーツ」)にも記したが、作家の遠藤周作氏(1923-1996)が言うところの、自らのエゴイズムや優越感に気づかず、他者への思いやりや優しさを忘れたまま、自分の正義を振りかざす「善魔」の誕生である。

 善魔が生け贄を求めているのである。

Bakhtiar Zein/shutterstock.com

ウイズコロナの感染リスク対応とは

 筆者の2020年4月4日のフェイスブックにも記しているが、日本人はStay Homeを誤解して認識した。

 2013〜2014年の冬に、筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の研究を支援するため氷水を頭からかぶるという「アイス・バケツ・チャレンジ」に著名人が参加、SNSを中心に拡散したのと同じ様に、昨春、多くの著名人(特にアスリートを中心に)による「Stay Home」のメッセージがSNS上に流れた。安倍晋三首相(当時)が実家で優雅にくつろぐ動画をツイッターに掲載し、一日で30万件以上の「いいね」が押される一方、批判も殺到したことを記憶している読者も多いであろう。

 筆者はアメリカの新聞数社をWEB購読しているが、Stay Homeをいち早く呼びかけたアメリカでは、自治体がホームページに「するべきこと」「できること」「してはいけないこと」を掲載していた。筆者は医師ではなく、感染症学やウイルス学の研究者でもない。しかしながら、感染症学やウイルス学の論文を読むことはできるので、感染拡大が始まった頃に、アメリカの自治体の述べた「するべきこと」「できること」「してはいけないこと」の根拠を学術論文から調べ(新型コロナ以前よりコロナウイルスは存在しており、その伝播・感染経路については数多く研究されている)、以下のことが分かった。

 新型コロナであっても伝播・感染経路に変わりはない。新型コロナは飛沫(ひまつ)感染と接触感染により感染し、空気感染の可能性は極めて低い。ただし、気流がわずかな密閉空間で湿度が高い条件では、エアロゾル(非常に小さい粒子)感染の可能性がある(これも筆者の前稿に記した)。

 飛沫(呼吸、会話、咳やくしゃみで放出される粘性のないエアロゾル)の大きさは最大で7〜16μm程度である(図3)。

図3

 この大きさの飛沫は瞬時に乾燥する(図4)。また、大きい唾のような粘性を持った飛沫(粒子)は、会話では1m以内に落下する。大きなくしゃみで100umの飛沫(唾)が出た場合は、蒸発や落下まで15秒弱時間を要するが、口を遮らず正面を向いての吐出を想定しており現実的ではない(図4)。

図4

 以上のことを理解すれば、換気に留意することでエアロゾル感染、ソーシャルディスタンスを保つことで飛沫感染、手洗い・消毒をすることにより接触感染のリスクをそれぞれ著しく低下させることができる。なお、現在、感染が拡大している変異株は、ウイルスのスパイクタンパクが変異し、細胞内に結合しやすくなったものであり、感染対策に変わりはない。

 あれほどStay Homeを唱えた著名人であるが、今は誰もStay Homeを発信していない(筆者が知らないだけかもしれないが)。合計約半年に相当する緊急事態宣言と長期間の自粛生活を経験した日本国民も、Stay Homeだけではウィズコロナの生活が続けられないことを認識しつつあるのではないだろうか?

 冒頭に述べたパチンコ店は、

・・・ログインして読む
(残り:約3128文字/本文:約7040文字)