メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

コロナワクチン接種が進む米中の今~海外で活動する日本人の目

「暗黒期に終止符」「経済活動に必須」 ゲームチェンジャーとなったワクチン

浦上早苗 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者

 中国と日本でIT企業を経営する三宅雅文さん(54)は3月、大連市に出張した“ついで”にコロナワクチンを接種した。日本では高齢者の接種も始まっておらず、しかも打ったのは中国製。周囲には「勇気あるね」「大丈夫なの?」と驚かれたが、三宅さんは「中国政府はコロナ流入を阻止するため、なりふり構わぬ強硬策を取っている。ワクチン未接種者をシャットアウトする可能性もあるし、実際中国製ワクチンを接種した人はビザ発給で優遇する方針も示している。(ワクチン接種は)ビジネスのためです」と淡々と話す。

 日本でもワクチンの一般接種が始まった。ワクチン、そして開幕まで1カ月を切った東京オリンピック開催の是非を巡り、国論は割れている。海外をベースにする日本人は母国の状況をどう見ているのか、この1年どんな経験をしてきたのかを聞いた。

AmazeinDesign/shutterstock.com

日中間を毎月往復していた日常が一変

 2010年に起業して以来、日本と中国を毎月往復していた三宅さんの日常は、コロナで一変した。2020年2月は中国の感染が深刻で、現地オフィスの社員に向けてマスクやアルコール消毒剤を運び込んだが、その後、日本で感染が拡大。感染逆流を警戒した中国は、外国からの渡航を制限した。

 三宅さんが再び中国に入ることができたのは2020年12月だ。入国しても自費で2週間のホテル隔離と1週間の自宅隔離、さらに1週間の経過観察が課せられるため、かつてのような気軽さはない。航空券の価格も高騰し、1回の渡航の必要経費は40万円に跳ね上がった。「中小企業の経営者には厳しい価格」と三宅さんはため息をつく。

 くわえて、中国はコロナで政策が猫の目のように変わっている。昨年12月に中国入りした三宅さんは、居留許可証の更新手続きを終えて翌1月に帰国する予定だったが、ルールが変わっていて3月まで足止めされることになった。そうこうしているうちに中国でワクチン接種が始まり、先輩経営者から「中国で接種しておいた方が、今後両国を行き来しやすくなるのではないか」と助言を受け、ワクチンを打つことにしたという。

北市内の新型コロナウイルスのワクチン接種会場=2021年3月7日、北京市

 「中国の一般市民向けの会場に出向き、5時間ほど並んで接種しました。日本のパスポートを持った私が現れたから、会場の医療従事者は『あれっ』て顔はしてましたが、詮索されることもなく接種を受けられました」

 接種からしばらく経つと、感染対策として導入された人々の移動や健康状況を追跡するアプリ「健康コード」にも記録が表示されるようになった。

日中で会社経営、1年の半分はホテル隔離

 三宅さんにワクチン接種を勧めたのは、日中両国で食品メーカーを経営する松井健一さん(57)だ。日本でマスク不足が深刻だった昨年4月には、日本企業や自治体から相談を受け、中国のマスク製造工場と提携して医療マスクを日本に輸出した。

 中国人の妻と小学生の子どもは大連在住、松井さんは日本にある会社も見なければいけないため、コロナ禍でも日中を何度も往復し、そのたびに知らないホテルに隔離された。この1年の半分はホテルでの隔離生活を余儀なくされたが、「飲み歩かない分健康になり、体重が10キロ落ちた。『失われた一年』と引き換えに、寿命が2年くらい延びたかもしれない。自分がいなくても会社が回ることも確認した」と前向きだ。

3月に中国でワクチンを接種した松井健一さん(松井さん提供)

 松井さんは妻と一緒にシノファームのワクチンを3月1日に接種した。1月からワクチン接種が始まり、報道では接種が順調に進んでいるかに見える中国だが、実際には様子見の中国人が少なくない。三宅さんは大連の保健当局から会社単位で接種を受けるよう指示されたが、社員が「まだ早い」と辞退し、1人で会場に行く羽目になった。松井さんも約400人いる中国人社員の不安を払拭するために、自身と妻が率先して申し込んだという。

 「中国はこの1年、感染をほぼ抑え込んでいる。少し前に南部の広州市で変異型ウイルスのクラスターが発生したが、それもすぐに落ち着いた。感染リスクが非常に低いから、『今打る必要はない』と思っている人も多い。ワクチン接種者に粗品として玉子を配っている地域もあるほどです」(松井さん)

変異型警戒と五輪への対応で入国規制強める中国

 松井さんと三宅さんが中国で早めにワクチンを接種したのは、「ワクチンパスポート」導入に備えてのことだ。中国はコロナ禍で「健康コード」を開発し、公共交通機関乗車や施設の立ち入りに、提示を求めるようになった。海外から入国した人は、健康コードのQRコードが赤色になり、数回のPCR検査や隔離を経て緑色に変わると、ようやく自由な行動を許される。「監視」アプリが既に普及しているので、ワクチンの接種記録と連動し、入国を禁止したり、あるいは接種者の隔離を免除する措置も、他国に先駆けて行う可能性がある。

 松井さんは3月に中国で接種した後、4~5月は日本で過ごし、6月に再び中国入りした。「今度は隔離されずに済むのでは」と期待を抱いていたが、期待が外れるどころか、中国の入国規制はさらに厳しくなっており、面食らったという。

 「大連はホテル隔離が3週間に延び、その後は1週間の自宅隔離。自宅隔離中はドアを外から封鎖され、本当に外出できない。ホテル隔離は1泊600元(約1万円)かかるし、負担はかなり大きい」

 松井さんは中国が感染対策を緩めないのは、三つの理由があると考える。一つ目は変異型への警戒で、二つ目は地方政府の「忖度」だ。

 昨年1月、武漢でパンデミックが起きたのは、感染拡大初期に地元政府が情報を隠蔽し、対処が遅れたことも大きく関係している。メンツを潰された中国政府は、地方政府の対応がぬるいと判断すると、幹部を片っ端から更迭するようになった。

 「処分を恐れる各層の責任者が、どんどんルールを厳しくしている」と松井さん。ワクチン接種も今は任意だが、接種者に返礼品を渡す地域も出始め、いずれ強制になっていくのではないかと見る。

 三つ目の理由はオリンピック。

・・・ログインして読む
(残り:約2670文字/本文:約5186文字)