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パラリンピックの陰で……ワクチン接種もままならぬ障害者たち

クラスターが起きる支援施設、なのに学校連携観戦か?

白崎朝子 介護福祉士・ライター

開幕まで、接種されなかった高齢の障害者

 「ええっ?! 入所者さんたちの1回目のワクチン接種が、8月24日なの? その日は、パラリンピックの開幕日じゃないですか!」

 障害者支援施設A(以下、施設A)の管理者の澤井さん(仮名)から、障害ある入所者のワクチン接種の状況を聴き、私は驚愕のあまり叫んでいた。高齢の障害者にすらワクチン接種がなされていない苛酷な現実だった。

 澤井さんは、「いつクラスターが起きても不思議ではない」と昨年春から、クラスター発生時の対応マニュアルを作成。医療用マスクなどの感染防護物資も備蓄していた。また今年の春から、行政の助成を受け、唾液によるPCR検査を職員全員に毎週実施しており、7月までは、ずっと「全員陰性だった」という。

 だがオリンピック開幕を控えた7月、職員の1人が発熱。検査の結果、陽性と判明した。5日後には入所者の陽性も判明し、入所者と職員全員にPCR検査を実施。すると入所者の9人が陽性だとわかった。

 昨年からずっと怖れていたクラスターがついに発生した。

 クラスターが発生したと聞き及んでから1ヶ月間、澤井さんから実態報告を聴くたびに、私は言葉を失った。折しも、オリンピックの最中であり、金メダルの速報が携帯電話にガンガン入り、テレビもオリンピック中継で埋め尽くされていた。テレビを消しても、歓声や矯声が耳から離れなかった。

 一方、障害者施設のクラスターについては、施設の名を伏せた匿名報道すらも見当たらなかった。施設Aのクラスターの実態を傾聴することしかできない日々のなか、「金メダル獲得!!!」と連呼するアナウンサーの満面の笑みを見るのは、地獄だった。

 「日本人」の金メダルラッシュに浮き立つ世界から、ひとり取り残されていた。

「積極的治療を望めば、搬送先はない」といわれて

モデルナ製のワクチンを注射器に吸い出す医療関係者=2021年6月21日、千葉市美浜区モデルナ製のワクチンを注射器に吸い出す医療関係者=2021年6月21日、千葉市美浜区

 私は、オリンピックの渦中におきたクラスターを前に、無力感に苛まれた。昨年4月に起きた北砂ホームのクラスターに始まり、沖縄、大阪の西成地区、広島、横浜、札幌のクラスター現場に、市民運動の仲間たちの力を借りて応援物資やメッセージを送り、現場の声を聴いて記事にしてきた(コロナ・パンデミックのただ中で、介護職員らはいのちによりそっている【上】 【下】)。

 しかし施設Aで起きたクラスターには、ワクチンの優先接種の問題と、医師や専門家が開催前から危惧していたオリンピックとパラリンピックの開催による感染拡大の問題が重層的に絡んでいた。そのため、クラスターの原因と推察されることやそれに伴う問題の位相が、今まで私が取材してきたものとは、明らかに違った。

 最初は9人だった陽性者は、1週間も経ずして16人に拡大。同じ敷地内の使用していない建物を片付け、感染者をすぐ隔離した。職員たちは防護服や医療用マスクを装着し、汗だくになりながら、そして、何よりも感染の恐怖と対峙しながら、懸命に介護・看護した。

 感染者のうち入院できたのは約半数。それも、「積極的な治療を望むならば搬送先はないです。待っている人がたくさんいますから、5分で判断してください」などと救急隊員から言われての搬送だった。

 そう言われた入所者は認知症もあった70代。熱痙攣があり、朝の酸素飽和濃度は88という状態だった。

 私は、改めて「医療崩壊」と報道されている実態に戦慄した。のちに澤井さんから、ゆっくり話が聴けたとき、搬送された入所者のほとんどが積極的な治療がされない病院に入院し、「入院できただけマシだった」ということがわかった。

 積極的治療がなされないということに施設長や家族が“同意”しなければ、入院はできなかった。「それでも施設にいるよりは、100倍いいです」と語る職員もいた。

 澤井さんによれば、連絡を取り合っていた自治体の障害福祉課の担当者が、澤井さんの勤務先施設の関係機関等に強く働きかけ、待機を余儀なくされていた入所者も徐々に入院できていったという。

相次ぐ訃報、静謐な祈りを捧げた日々

 「病状が悪化しています。この週末が山場です」といった趣旨の連絡が入院先から複数きて、家族も職員も覚悟したと澤井さんから聴いた私は、祈り続けた。週明けには峠を越したと聴いて、心の底から安堵して、「まだまだ大変だと思うけど、亡くなる人がいないのが、せめてもの救いですね」と澤井さんと話した。

 だが、そう話した翌日から3日間で、立て続けに入所者3人が亡くなった。

 「今日、ふたり亡くなりました……」との報告を受けた夜、私は親しい友人に話を聴いて貰ったが、なかなか寝つけなかった。

 オリンピック選手はワクチンの優先接種だけでなく、毎日2回もPCR検査を受けていた。にもかかわらず、私とつながりのある首都圏の知人たちからは、 「障害者はワクチンの優先接種がされない。支援者の私もパラリンピックが終わったあとにしかワクチンの抗体ができない」「医療現場で働いているのに、昨年から1回もPCR検査を受けられていない」との声を聴いていた。

 クラスターが出たあとでも、定期的なPCR検査を全く実施しない、東京都内の認知症高齢者が住むグループホームもあった。

 施設Aは今年の春から毎週PCR検査を実施しており、リスクマネジメントはかなりできている施設だった。それでも、オリンピック開幕直後にクラスターが発生した。同じ首都圏に、熱心に検査をしていたがクラスターを防げなかった高齢者のデイサービスがあるとも聴いていた。その事例を知らされた矢先、施設Aでもクラスターが発生した。

 懸命に介護した入所者の訃報を聴いた職員たちの心中を思うと、静謐な想いで亡くなった入所者の冥福を祈るしかなかった。

ある障害者支援施設の庭先。地域住民もボランティアで手入れをしてくれているという。

クーポン券を送るだけでは優先接種はかなわない

 私はワクチンの安全性には疑念を抱いている。だが、打たないとしても、打てる選択肢があるのと、最初から優先接種のリストから除外されているのとでは、意味が違う。本来なら、障害者も高齢者と同時に優先接種されるべきだ。

 しかし、障害者に対し、国としては重い精神疾患のある人など、一部を医療従事者と高齢者に次いで優先接種する「基礎疾患を有する者」に含めているだけ。自治体によっては優先接種するところもあるが、自治体間の格差が激しい。

厚生労働省ホームページから

 例えば、神奈川県のB市の障害者支援施設では、入所者、職員(実習生も含む)とも接種が早かったという。だが同県のC市には、入所者も支援者もいまだ2回目の接種ができてない精神障害者のグループホームもある。

 施設Aでのできごとからみえたのは、高齢の障害者さえ接種がままならない現実だった。

 施設Aの入所者のうち高齢者は約4分の1。同じ自治体にある高齢者の入所施設は、入所者も職員もオリンピック前に希望者のワクチン接種が済んでいた。だが施設Aはすぐ近くの高齢者施設よりも2ヶ月以上あとでしか、第1回目のワクチン接種がなされず、クラスターで亡くなったのは全員、高齢の障害者だった。

 国は高齢者を優先接種の対象にしているが、障害のある高齢者を接種会場に連れていくのは難しい。

 「たしかに制度的には対象になってはいます。ただし連日のように高齢・基礎疾患のある入所者の定期・臨時・急変時の通院があるため、対象者全員を接種会場に連れて行く日時の確保がまず難しい。優先接種をするためには、感染リスクなく接種会場に行き、接種ができるような安全性と人員の確保等をするか、接種会場に行かずとも施設内で早期に接種が行われる手立てをするか、どちらかが必要ではないでしょうか」と澤井さんは言う。

 優先接種のクーポン券を送るだけで、すぐにワクチンが打てるわけではない。

 普段から集団生活をしている高齢の障害者が接種会場に行き、そこで感染するとクラスターに発展するリスクもある。また自閉症の人などは、違う環境に連れていかれてパニックになる可能性があり、注射をするには数人の職員が対応しなければならない場合もある。慢性的な人手不足のなか、そのような人手はとても割けない。それらの複合的な理由もあり、高齢の入所者20数人の優先接種すらも困難だった。

自治体に問い合わせても、「協議中」と言われ続けて

 ワクチン接種について、管理者である澤井さんは、今年の4月から何度も自治体の障害福祉課に問い合わせをしているが、「まだ協議中」と言われ続け、やっと連絡がきたのが職員のシフトが決まったあとの6月末だった。

 「月に2回しかこない嘱託医の問診を受け、ご家族の同意書もとらなければなりません。連休や盆休みもあって、嘱託医との調整が難航しました。それらの事前準備をすっ飛ばしたとしても、1回目すら7月末にしかできなかったと思います。基礎疾患がある高齢の入所者には、慎重な問診が必要でしたから……。そして自治体は、施設で接種する場合、高齢の入所者がいようがいまいが同じ時期に、むしろ高齢の人以外の障害者も打っていいよという対応でした。そもそも自治体の対応があまりにも遅かったのです」と澤井さんは憤る。

 「国内の障害ある人々、それも高齢の障害者にワクチンの優先接種すらしないのに、なにがパラリンピックだ!」と、私は怒りと絶望で胸が張り裂けそうだった。

 オリンピック前にワクチン接種がされていても、抗体のできにくい高齢者には、感染者がじわじわと増加。8月後半にクラスターになった施設もあった(そこでは死者は出ていないようだが……)。

パラリンピック観戦を強行した自治体で

 クラスターで苦しむ障害ある人々、そのいのちを必死につないでいる職員たち……。だが、そのいのちがけのたたかいの最中、朝から晩まで報道された金メダル報道。そして、今度はパラリンピックへの学校連携観戦が、「保護者の希望」という形で強行された。

 私は、これ以上犠牲をださないため

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