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保育士の悩みは「低賃金」だけではない 「重労働」のワケを考えてみると…

衆院選の公約にも取り上げられた保育士の賃上げ。でも保育園の問題は他にも……

菊池刀子 保育士・イラストレーター

 「保育士」と聞いたとき、多くの人の頭に浮かぶイメージは「低賃金」、そして「重労働」だと思います。

 「低賃金」は少しずつ改善してきてはいますが、依然として標準賃金より低いことに間違いありません。今回の衆院選では、看護師や保育士らの賃上げを公約に掲げる政党もありますが、どうなるでしょうか。

 「重労働」について言えば、まさしくそれが現実です。保育士とはどういう職業かと問われれば、「忙しい」の一言に尽きます。

遊びたいのに遊べない保育士

保育園の何がそんなに忙しいのか?

 数年前、「保育園の何がそんなに忙しいの」と聞かれたことがありました。その時は即座に答えが出ませんでした。というのも、忙しさが当たり前になっていて、何が忙しい原因なのか、真剣に考えたことも、突き止めようとする意志もなく、日常に流されていたからです。思えば、以前の私は、「忙しい、忙しい」と言いながら、本気で改善しようとしていませんでした。

 保育園が子どもを預かる場所であることは確かです。けれども、ただ単に預かっていればいいというものではありません。さすがに、「子どもと遊んでいればいいのだから楽な仕事だ」と言う人は少ないでしょうが、現場の大変さが分かるのは、やはり現場の保育士しかいないのです。そこで今回は、なぜ保育園が忙しいのか、その理由について私なりに向き合い、考えてみたいと決心しました。

 子どもたち一人ひとりの気持ちに寄り添いながら、丁寧にかかわる。成長過程にあった遊びを準備し、子どもたちと楽しさを共有する。怪我のないように、環境を整える。保育者同士が連携する。アレルギーを持った子などの個別対応を確実に行う。保護者とコミュニケーションを取る。何か新しいことをするときは主任や園長に相談する。制作や行事の準備をする。コロナ感染対策のため消毒をする。地域との繋がりを考える……。

 仕事の内容を挙げたらキリがありません。優先順位をつけるつもりはありませんが、その中から「忙しさ」に繋がっているのではないかと思われることをまずは2点、挙げてみました。いずれも無駄であるとまでは言いませんが、内容からすると必要性が感じられず曖昧であると思われるものです。

一緒に遊ぼうよ!

幼稚園から小学校に引き継ぐ際に必要な「指導要録」

 忙しさ理由の第一は書類仕事です。

 以前、私立幼稚園に勤めていた時、忙しさに繫がるものの筆頭は、なんと言っても「指導要録」でした。

 指導要録は、文部科学省のホームページの「幼稚園及び特別支援学校幼稚部における指導要録の改善について(通知)(2018年3月30日)」の冒頭で、このように定義されています。(参照

 幼稚園及び特別支援学校幼稚部における指導要録は、幼児の学籍並びに指導の過程及びその結果の要約を記録し、その後の指導及び外部に対する証明等に役立たせるための原簿となるもの

 つまり、幼稚園から小学校に引き継ぐ際に必要な書類です。一人ひとりの子どもが園生活をどのように過ごしたか、ポイントをおさえて客観的に捉えて記録されたもの、ということになります。いつ、どのようにこの指導要領が始まったのかは曖昧ですが、文科省から通知がなされています。

先生も、こっちに来てよ

20人分を書き上げるのに3週間

 私が指導要録を書いたのは、仕事を始めて2年目の3月の事でした。年長児約40人を担任2人で受け持ち、それぞれ半数ずつ指導要録を書きました。初めてのことで不安な私はまず、もう一人の担任の先生に相談しました。

 「3月生まれなので身支度に時間がかかるが、一度できると自信がついて積極的に取り組めるようになった」「人前に出るときに緊張しがちだが、励ますと頑張れる」などと書いていた私に、一緒に担任をしていた先生からは、「絵画が得意なことも追加したらどうか」「頑張れるだけではなくて、以前の姿も書いて分かりやすくしたらどうか」など、丁寧なアドバイスがあり、言われた通りに追記しました。

 次に、主任に読んでもらいました。「記入してあることが多すぎるので、もっと簡潔に、無駄なことは省いて書いてほしい」と言われ、修正しました。

 最後に園長に目を通してもらうと、「何のことを言っているのか分からない部分があるので、もっと具体的に書いてほしい」と言われました。

 万事がこんな具合で、20人分を書き終えるのに、休日もつぶし残業も当たり前にして、3週間かかりました。

指導要録は必要? 小学校の先生に聞いてみると……

 まだ経験が少なかった私は、先輩方の指導に従って指導要録を書いていましたが、今になって思い返してみると、指導要録なるものがどれだけ必要なもののなのか、疑問に思う気持ちの方が大きくなってきました。

 そこで、この指導要録の届け先である小学校教諭に訊いてみました。

 川崎で働く3年目の先生は、「指導要録を見たことはあるけれど、そんなにじっくりは読んだことがありません」

 横浜で働くベテランの先生は、「どれぐらい活用しているかは、人それぞれかもしれません。今は児童支援専任教諭等が年度内に電話等で、入学する子の聞き取りを、幼稚園、保育園からしているので、それがクラス分けなどの主な情報源となっています。それで新学期が始まり、課題のある子の問題行動が顕在化したときに、その子のいた幼稚園・保育園ではどうだったのだろう、と要録をチェックするという使い方が一般的ではないかとあくまで個人の体感的なものですが、そう思います」

 約6年目の先生は、「1年生を持ったことがないので参考にならないかもしれないけれど、見たことがないです。1年生の担任になる先生は引継ぎとして読んでいるとは思うけど、その情報が6年間引き継がれているかと言うと、ほぼ、ないと思います。資料としては引き継がれていても、読む機会や時間がないという言い方が近いです」

 一年生の担任の経験もある13年目の先生は

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