メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

「スポーツと生理」に向き合うプロジェクトが進化~女性アスリートの健康と社会の変化を願って

インスタで教材配信も開始。正しい知識を広げ、女性が生き生き活躍できる社会に

増島みどり スポーツライター

オンライン教材「1252プレーブック」の一画面=インスタグラムの公式アカウント「1252プロジェクト」から

「1252プロジェクト」。ラグビー元日本代表主将も会見に参加

 「1252」と書いて、「イチニーゴーニー」と読む。数字を見て、ピンと来る人は多くないはずだ。女性は、1年間52週のうち約12週月経(生理)と向き合わなくてはならない。それを分かりやすく数字にしたものだ。

 「1252プロジェクト」は、学生アスリートを支援する一般社団法人「スポーツを止めるな」(野澤武史代表理事)と東大医学部付属病院が連携し、タブー視されがちな女性特有の問題や悩みにオンライン教材で答える。3月10日、教材の配信を発表する会見が行われた。

 オンライン会見には、同法人の共同代表理事でラグビー元日本代表の主将、廣瀬俊朗氏も出席し、こうあいさつをした。

 「私にも娘がいて、そろそろなのかな、とか、もし来たらどうしよう、などと考えます。このプロジェクトで自分も正しい知識を学びたい」

廣瀬俊朗さん
ラグビー日本代表は2013年、欧州王者の強豪ウェールズから歴史的な初勝利を挙げた。写真は主将としてチームを牽引した廣瀬さん。ウェールズのタックルをかわしての突進=2013年6月15日、秩父宮ラグビー場

「女性だけの問題ではない」

 月経と女性スポーツについては、多くのトップアスリートや専門家も積極的に情報を発信できる時代になった。より深く、専門的な知識を共有できるようになった反面、それは女性だけの話として範囲が限られ、指導者やトレーナーらサポートする男性を巻き込むオープンな活動には発展しにくい面もあった。

 女性の体について語る会見で、男性が、父親としての率直な思いを口にし、男性記者も参加し質問をする。誰もが触れやすいオンラン教材「1252プレーブック」を利用する新しさと同時に、「女性だけの問題ではない」と、新たなメッセージも強く示しているように見えた。

トップアスリートと「生理×スポーツ」について楽しく対談するコンテンツ「Talk up 1252」の一部。ウェブで視聴できる=一般社団法人「スポーツを止めるな」の公式サイトから

「相談しやすい環境を」――苦難の連続だった先達の思い

「スポーツを止めるな」の伊藤華英理事。「1252プロジェクト」を進める=2022年3月1日
 プロジェクトのリーダー、伊藤華英さんは競泳の背泳ぎで08年北京五輪代表に選出され、日本女子スポーツ界をけん引した一人だ。昨年から時間をかけて作成されたオンラインの教材作成だけではなく、実際に部活の現場に足を運んで対面での勉強会も続けている。

 「私たちの現役時代は、月経について話すものではない、まして誰かに相談するなんて という雰囲気でした。仮に相談しようと考えても、コーチ陣は男性ばかりで難しかった。こうした経験から、まず、相談しやすい環境を作ってあげたいと考え、プロジェクトをスタートさせました」

 そう振り返る自身、仲間や先輩との会話で情報は得られたが、女性同士であっても分からない部分はあったという。個人差が大きいのに比較したり、不正確な情報によって、体調よりも心に不安を抱え、それがパフォーマンスを低下させる苦い経験も味わった。

 「あの人に比べて私は軽いとか、大丈夫かもしれない、とか、反対に自分は軽いからほかの人も同じに大丈夫、と自分で判断するのはいいことではありません」と、正しい知識を持つ重要性を説く。

2008年4月の日本選手権100メートル背泳ぎ決勝で、伊藤華英は中村礼子(下)を抜き去り日本新で優勝。北京五輪出場を決めた=辰巳国際水泳場

悩み抱え、競技にも影響。それでも「生理は我慢」の実態

 オンラン教材「1252プレーブック」には、現場で吸い上げられた、学生選手たちの等身大の姿が反映されている。

 「運動部女子学生におけるスポーツ×月経実態調査結果」(出典:1252プロジェクト 運動部所属女子学生へのアンケート=2021年)によれば、運動部所属の女子選手のうち(約600人回答)、「運動するうえで月経に悩みを抱えている」と回答したのは42.4%にのぼった。「月経周期とスポーツにおける身体のコンディションの関連」では67.5%もの選手たちが「関連する」と、月経が競技に与える影響を自覚する。

 その一方で、「特別な対策はしていない」が63.4%で、「相談しない・できる相手がいない」の回答も27.9%と約3割に。相談相手は「母親」が53.6%で、医療機関の専門家への相談はわずかに3%。

 問題や悩みを抱え、自覚症状もありながら、積極的な改善策はとっていない。様々な情報が気軽に手に入る時代にもかかわらず、昔ながらの「生理は我慢」と、耐えている実態、課題が浮き彫りになった。

オンライン教材「1252プレーブック」のコンテンツの一部=インスタグラムの公式アカウント「1252プロジェクト」から

東大医学部付属病院女性診療科・産科の助教、能瀬さやか医師。2017年、同科に「女性アスリート外来」を開設した。手にするのは、スポーツ庁の委託でまとめた女性アスリートの健康支援や育成のため調査研究。図解がふんだんで一般の人も読みやすい=2021年6月

スポーツから社会へ 意識を循環させる枠組みにしたい

 連携する東大医学部付属病院の能瀬さやか医師(女性アスリート外来)は、「専門医に相談を、といっても、ハードルは高いと思います。その一歩手前にあるオンライン教材に気軽に触れることで、親御さんや指導者、一緒にスポーツをする人々が先ず正しい知識持てれば、環境の変化にもつながります」と、今回のプロジェクトが、誰にも分かりやすい内容で、インスタグラムでアクセスできる意義を説明する。

オンライン教材「1252プレーブック」の操作方法
 教材では「生理が来たら赤飯を炊く」といった慣習に、「生理が来たら婦人科もアリ!」と提言。「初経はいつか来るから大丈夫」と言われるが「大丈夫とは限らない」と、無月経が骨の形成に及ぼす深刻な影響を含め、20以上のテーマ別に、分かりやすい解説とイラストを付けている。「生理を知れば、スポーツはもっと面白い」と、前向きな情報もバランスよく読める工夫がされている。

 現場での対面講習会にも同行する最上紘太・共同代表理事によれば、講習会には男子学生も同席する場合もあるそうだ。生理について話す機会は、ジェンダー教育の側面も持っているのだろう。

「スポーツを止めるな」の最上紘太共同代表理事=2022年3月1日
 最上氏は、「日本では家庭内でも、母親や女性のきょうだいと生理について語る経験はなく、それが社会でも女性の体について理解度が低い要因になるのではないか。スポーツをテーマにしながら実は、社会の縮図を表しているように思う」と話す。

 スポーツだけではなく、職場でも家庭でも、女性が問題を抱えながら我慢する状況は似ている。「男性にも知ってもらう機会があれば、例えば生理休暇をもっと気軽に取ってもらえるかもしれない」と伊藤さんも話す。スポーツをきっかけに、女性が生き生きと働ける環境整備が進むために、部活支援に限らず、教育、企業研修にも教材の活用を想定する。

 「1252」には、社会の変化への願いも込められている。

「スポーツを止めるな」公式ウェブサイトにある「1252」のページから

成長するフェムテック市場にもスポーツの存在感

 近年大きく成長を続ける「フェムテック」

・・・ログインして読む
(残り:約377文字/本文:約2962文字)