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中東民主化ドミノ/それでも北朝鮮は「携帯ビジネス」を続けるか

小北清人

小北清人 朝日新聞湘南支局長

 チュニジア、エジプトの強権体制を倒し、リビア、バーレーンにも広がった「中東民主化ドミノ」に、北朝鮮は直接的な言及はしていない。だが「体制転覆への脅威」はやはり感じているようだ。

 エジプトのムバラク大統領が国軍にも見限られて大統領の座から引きずり下ろされた後、北の当局は官営メディアを通じて力説した。

 「一部の国々で体制が打倒されたのは、国民が正気を失い、自由と民主主義というスローガンに踊ったためだ。蚊帳(かや)をしっかりと張らねばならない」

 「東欧諸国の若者たちが資本主義の腐った、病んだ文化に漬かったことで、前の世代が成し遂げた革命の成果を破壊する結果を生んだ。それが国を滅ぼすことになった」

 「カネが全ての資本主義思想に漬かれば、党と国家、人民の利益など眼中にない俗物に転落する。新しい世代の精神を、道徳的にどう鍛えるかに国と民族の前途はかかっている」

 人口2400万人の大半がその日の食事にもこと欠くなかで、恐怖政治の世襲王朝トップの息子が、好きなロックスターの公演を見にシンガポールまで出かけ、父親の誕生プレゼントのためにか高級品を買い漁る有り様。これこそ、「カネがすべての俗物」ではないか。北のロイヤルファミリー、特権層なんてそんなもの、と思いつつ、「いい気なもんだ」と呆れるばかりだ。

 北の官営メディアは、なぜか米国を引き合いに出し、こうもいっている。

 「米国では監獄の囚人たちがスマートホンを使い、麻薬と武器をこっそり獄に持ち込んでおり、米当局はスマートホンに頭を悩ませている」

 携帯電話スマートホンを利用したインターネット交流サイト、フェイスブックが「中東民主化ドミノ」の起爆剤になったのを意識しているようだ。

 崩壊説が何度となく出ながら金王朝がともかく持ちこたえてきたのは、外の情報を遮断した「鎖国化」と、国内の徹底した恐怖政治が要因だろう。エジプトは確かに強権統治だったが、世界中から観光客が訪れる観光立国でもあり、外国メディアも長年取材拠点を置いていた。金王朝と比べればよほど「開けた国」だった。

 その意味で、北朝鮮当局がスマートホンとインターネットに神経をとがらせるのは当然といえる。「情報鎖国」こそ体制の生命線であるからだ。

 だが、時代の波は確実に北朝鮮に押し寄せている。

 北朝鮮国内の主要機関は「イントラネット」で結ばれているとされ、インターネットを使えるのはごく一部の幹部に限られている。

 筆者は数年前に北朝鮮に行った折り、インターネットを使ったことがある。といっても別に大物幹部のパソコンを借りたわけではない。ある種のネット・カフェに立ち寄ることが出来たためだ。そこは看板ひとつないビル1階の一室で、パソコン7台が並び、奥のカウンターには飲み物もあった。料金は1時間10ドル。やってみると、確かに日本や米国のホームページが出てきたし、日本にメールを送ることもできた。

 確かにインターネットは一般の人々には縁遠い。だが、あるところにはあるのである(いまもあるかはわからないが)。もっともそこは平壌の大使館街(リビアやシリアなどのアラブ諸国の大使館が多かった)の一角で、客の大半は平壌駐在の外交官たちだったが。

 北朝鮮では携帯電話の利用がいま30万台を超えたとも伝えられる。エジプトの通信企業オラスコム・テレコムが2008年12月に75%の持ち分で現地企業「高麗リンク」をつくり携帯電話サービスを始めた。ムバラク政権が「民衆蜂起」にさらされる直前、同社会長が金正日総書記と並んだ写真も公開されている。

 ある在日関係者の話では、昨年春の段階では平壌に限られていた携帯サービスが、年末からは広範囲に広がったという。

 携帯サービスは、実は2003年ごろからタイの通信企業の手で始められていた。当時、幹部がこれみよがしに携帯を使ってみせる姿を筆者は目撃している。平壌中心部に携帯売り場もあった。ところが04年、金総書記が乗った特別列車が中国との国境に近い竜川駅を通過して間もなく駅一帯の爆発事件が起き、間もなく携帯事業は中止された。携帯電話を利用した爆弾による犯行だったといわれている。

 にもかかわらず、なぜ北の当局は携帯事業再開に踏み切ったのか。

 一つは、国際社会の経済制裁が続く中、経済面での中国依存がますます強まっていることだ。頻繁に出入りする中国人とのビジネスでは携帯電話を使わないと仕事がスムーズに進まない。

 もう一つは、ドルの魅力。オラスコムの携帯電話事業は北朝鮮当局との合弁で行われており、幹部の懐は相当潤ったろう。その最大の受益者がロイヤルファミリーなのは容易に想像がつく。そうでなければ金総書記が直々に、しかもナンバー2の義弟・張成澤氏と一緒にオラスコム会長と記念写真に収まるはずもない。

 三つ目。

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