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ヨーロッパの危機は去らない―アイルランドが抱える「爆弾」

脇阪紀行

脇阪紀行 大阪大学未来共生プログラム特任教授(メディア論、EU、未来共生学)

 アイルランドの総選挙で与党が歴史的な大敗を喫し、14年ぶりの政権交代が起きた。ギリシャに端を発するユーロと財政の危機に見舞われた政府は昨年11月、欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)に巨額の支援を仰がざるをえなかった。その失政の責任を与党が負わされたものだが、これでヨーロッパの危機が去ったわけではない。むしろ事態の展開によっては今後、危機が一層深まるシナリオさえある。

 「無駄にしていい時間はない。私はすでにヨーロッパの指導者たちと話し合いを始めた」。総選挙での勝利が決まった2月27日夜、最大野党、統一アイルランド党のエンダ・ケニー党首はこう語った。1932年以来、下院の第1党の地位を占めてきた与党共和党を破って、史上初めて議会第1党に躍進、第2党労働党との連立政権を近く発足させる見込みだ。

 新首相に就任するケニー党首への有権者の最大の期待は、EUとIMFからの850億ユーロ(約9兆6千億円)の巨額融資の返済条件を緩和させることだ。ギリシャ危機の際にEUが設けた欧州金融安定化基金は平均金利5・8%、期間7年半での返済を求めている。ケニー氏はまずこの金利の緩和から求める構えだ。

 ケニー氏は、与党の敗北が濃厚となった昨年末から、EU欧州委員会のバローゾ委員長、さらにドイツのメルケル首相と会談し、融資条件の緩和への感触を探ってきた。新政権は3月9日に発足する予定だが、ケニー氏は直後の11日、ブリュッセルで開かれるユーロ圏首脳会議、さらに24日にはEU首脳会議に出席。この会議の合間には米国のオバマ大統領にも会って、直談判すると見られている。

 人口450万という小国だけに、国民の負担と痛みは大きい。建設・不動産バブルの崩壊と世界金融危機によって、過大に貸し込んでいたアングロ・アイリッシュ銀行などの有力銀行の経営は軒並み破綻。この銀行の負債を政府が丸抱えすると決めたために、政府の債務は一挙に膨れあがってしまった。ちなみにアイルランドの2010年の国内総生産(GDP)は1573億ユーロ、11年度予算の財政赤字は503億ユーロとGDPの32%(銀行債務分を除くと11・9%)。政府は、これを2014年までに歳出削減と増税によってEU基準の3%まで下げるとの条件を飲まざるをえなかった。

 12・5%という低い法人税の維持によって外資企業の誘致をさらに進め、輸出をテコに再び成長軌道に乗る戦略がうまくいけばいい。90年代末、危機に見舞われた韓国がV字回復したという例も過去にはある。しかしユーロ圏にいるアイルランドには自国通貨の切り下げによる輸出増という選択肢はなく、バラ色の将来はなかなか描けそうにない。むしろ、この国が抱える「爆弾」が爆発すれば事態は一挙に暗転してしまうだろう。

 第1の「爆弾」は、負担増と増税にアイルランド国民がどこまで耐えられるかだ。

 付加価値税の2%増税、子ども手当のカット、公務員約2万5千人のレイオフと賃金削減、年金の削減、所得税の実質増税などによって、政府は4年間に150億ユーロをひねり出す作戦だ。しかし果たして、国民がそれに我慢できるかどうか。

 17世紀の英国人クロムウェルによる侵略、19世紀の大飢饉、20世紀初頭の内戦といった数々の苦難を乗り切ってきたとはいえ、いま国民が背負う重荷は重い。若者を中心に2年間に10万人が米国やカナダなどに出稼ぎに行くとも見られている。今回の総選挙では、かつて北アイルランド紛争に関わったシン・フェイン党が躍進しており、ケニー新首相への期待がいつ失望と非難の声に変わってもおかしくない。

 第2の「爆弾」は、EUとアイルランドとの関係悪化のリスクだ。

 先に記したように、アイルランドが返済条件の緩和要求を突きつけてもEUはすぐに飲めるものではない。むしろドイツのメルケル首相とフランスのサルコジ大統領は、「政府なき通貨」という弱点を克服するため、ユーロ圏の経済統合を強化することで合意、2月のEU首脳会議に提案した。そこには政府債務の制限強化などに加えて、法人税の最低税率導入が盛り込まれており、アイルランドの法人税の魅力が薄れてしまう可能性がある。アイルランドは01年のニース条約、08年のリスボン条約という2つのEU条約についての国民投票でいったん拒否した「前科」がある。さまざまな交渉がこじれれば、アイルランドがEUの永遠の「反逆児」となりかねない。

 第3の「爆弾」は、

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