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リンカーン再考(下)――オバマとの共通点の多さに驚く

高橋和夫 放送大学教養学部教授(国際政治)

 前回(「リンカーン再考(上)――敵を味方に変えた天才的政治運営」)、リンカーンが生きたのは、才能に恵まれ野心に満ちた人々の活躍が「普遍的」であった時代であったと述べた。しかし、普遍的でなく、リンカーンにのみ特殊な才能があった。それはライバルたちの野心を統御し、一つのチームとして機能させる政治力であった。これが「リンカーンの政治的天才」という原文タイトルになっている。

リンカーン大統領(1809―1865)

 その天才は、ライバルたちの野心のトゲに耐えながら、その才能を活用した。かつて共和党の大統領候補指名を争った大物政治家を国務長官や財務長官に任命して周辺を固めた。原文のタイトルの「ライバルたちのチーム」という副題のゆえんである。

 リンカーンを語るにあたって避けられない話題は、その話術である。大聴衆の気持ちを掴(つか)んで離さない演説に長けていたばかりでなく、その会話術は、身近な人々の心を和ませた。本書でもリンカーンの話を聴くために人々が集まるシーンが何度も描かれている。ある同時代人は、リンカーンの話を聴いた人々の様子を「そして全員が笑いの海に向かって漕ぎ出すのであった」と伝えている。

 著者のグッドウィンもリンカーンに劣らず話の展開に長けている。南北戦争と奴隷解放という基本的には硬いテーマを詳細に綿密に、しかも日本語訳では上下2巻合わせて1300ページもの長さで語りながら、読者の興味をそらすことがない。読者は二つの読後感を持つ。まず良書を読み終えたという深い満足感である。長い回廊に描かれてある壮大な壁画を見た後の圧倒されるような心もちに似ているかも知れない。

 そして、もう一つの感情は、もっと読み続けたいという欲求である。著者グッドウィンは、フランクリン・ルーズベルト大統領夫妻やケネディ大統領を扱った伝記で歴史家としての不動の地位をアメリカで確立している。日本でも、本書の出版をもってアメリカ史の語り部として知られるようになるだろう。グッドウィンの次作が熱望される。

 これだけの大作に取り組んで流麗な日本語に置き換えた翻訳者の力量にも脱帽せざるを得ない。だが、これだけの仕事を成すには、語学的な力量だけでは十分ではなかったのではないか。翻訳者は、本書に対する愛情とか熱情とかにとりつかれて作業に立ち向かったのではないか。勝手に、そう想像してしまった。なぜならば本書には、それだけの感情を引き起こす力が宿っているからだ。

 その力はアメリカで既に多くの読者を獲得した。その一人に映画監督スピルバーグがいる。『インディ・ジョーンズの冒険』シリーズなどの話題作で知られるアカデミー賞受賞監督である。同監督は、本書の映画化を構想中という。どのようなリンカーンを映像で描くのだろうか。

 そして、もっと有名な読者が

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