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冷たい海の静かな戦争:北極海をめぐる地政学(下)――静かな戦争と日本

小谷哲男 小谷哲男(NPO法人岡崎研究所特別研究員)

 北極海をめぐる国際情勢は「冷戦」と呼べるものではない。しかし、各国は北極海で起こりつつある変化を注視し、国益増大の機会を虎視眈々と狙っている。それは「静かな戦争」と形容するのが適当であろう。

 1958年8月に米国の原子力潜水艦が北極海の潜航航行に成功して以降、北極圏は米ソの潜水艦が暗躍する戦域となり、その上空は大陸間弾道弾の飛翔路であった。そして、現在は地球温暖化と海洋技術の発展によって、北極海が開放されつつある。北極圏は両半球間の「障壁」から「近道」となりつつあり、同時に資源の供給源となりつつある。

 北極海が東西両半球の間の「障壁」として機能してきた事実は、日本の安全保障にも大きな影響を及ぼしてきた。たとえば、もし日露戦争時に北極海を通ってロシアのバルチック艦隊が日本海にやってくることができていれば、日本はロシアに勝つことができたであろうか。

 ロシアのバルチック艦隊は1904年の10月に極東を目指して出港したが、それは7カ月に及ぶ1万8000海里の航行となった。バルチック艦隊はインド洋を通じて極東に向かったが、インド洋は日本の同盟国イギリスの圧倒的支配下にあり、同艦隊が極東にたどり着く頃には将兵の疲労は蓄積し、水・食料・石炭の不足に悩まされていた。

 東郷平八郎率いる連合艦隊が日本海海戦でバルチック艦隊を打ち破った背景には、このようにロシアが抱えていた地政学的制約があったのである。100年前に北極海航路が開通していれば、

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