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水銀条約最終ラウンド、日本政府は、恥ではなく尊敬をつかみとれ

土井香苗 国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表

 古代から神秘性とパワーをまとうと言われてきた水銀。室温では美しい銀色の液体となる水銀は、工業製品、医薬品、化粧品、そして小規模な「金採掘」など、全世界の様々な場面で利用されている金属だ。

 しかし、周知のとおり毒性が非常に高い。中枢神経などの身体機能を侵し、とりわけ子どもに有害である。

 日本は約半世紀前、水俣病という人類史上最悪の有機水銀中毒症例が発生した過去を持つ国だ。化学工場であるチッソが水俣湾に排出した汚染排水により多くの住民が水俣病に罹患し、認定患者のうち約1700名が死亡、多くの人々が一生回復不可能な障害を負うこととなった。政府は水俣病被害者としておよそ3000名の患者を認定してきたが、実際の被害者数は認定数を大幅に上回っていると指摘する被害者団体や専門家らが多い。

 水銀による健康被害は現在も進行中の悲劇だ。その代表例が多くの女性たち憧れの美しい「金/ゴールド」にまつわるものだ。アジア、アフリカ、中南米で、少なくとも1300万人もの人々が、手掘り金鉱山で働き、原石から金を抽出するのに水銀を使用している。その結果、無機水銀による健康被害が広がっているのだ。

 我々ヒューマン・ライツ・ウォッチは世界各地で小規模金鉱山における水銀利用の問題を調査してきたが、あるパプアニューギニアの医師は元金鉱山労働者の患者についてこんな風に語っていた。

 「数十例の水銀中毒の患者を診察しました……みんな魂が抜けたように壁をボーッと見つめたまま。話しかけても、何も返って来ないのです。ゾンビのようになってしまうんです。そんな状態から回復しなかった患者が何人もいます」

 2013年を迎える今このタイミングは、日本政府が、「繰り返しません。もう二度と」と世界に向けて高らかに宣言するチャンスだ。なぜなら、水銀汚染から人々と環境を守るための条約「水銀条約」の締結交渉が最終段階を迎えているからだ。国連環境計画(UNEP)が中心となり2010年から「水銀条約」締結に向けた条約交渉が行われてきた。そして、日本を含む世界各国政府は、2013年1月、交渉の最終ラウンドのためにスイスに集う。

 最終ラウンドを迎えても、課題は山積している。この条約を、強力で実効性のあるものにするためには、人々の水銀への曝露を減らし、健康被害を予防し、治療を提供することが必要で、そのための措置を法的拘束力があるように条約上で義務づけることが肝要だ。

 しかし残念ながら、多くの政府(特にカナダ政府と米国政府)が、条約にこうした対健康被害戦略を盛り込むことに消極的だ。この条約は環境のための条約に過ぎないと主張し、実のところ健康被害の対策にかかる費用を懸念しているとみられる。

 我々ヒューマン・ライツ・ウォッチは、現地に何度も調査団を派遣した。たとえば、マリ(http://www.hrw.org/ja/news/2011/12/06)とタンザニア(http://www.hrw.org/news/2012/11/13/end-child-labor-gold-mines)の金鉱山で、小さな子どもたちが粉砕された金鉱石と水銀を素手でかき混ぜ、しかも、金の精製処理の際に発生する水銀の蒸気を直接吸い込んでいるのを何度も目撃した。マリの11歳の少女は語る。

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