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中国の政治改革、胡耀邦の再評価が試金石

及川淳子(法政大学客員学術研究員)

 中国で最近、1980年代に共産党総書記を務めた胡耀邦(フーヤオパン)氏をめぐる話題が目につく。今月中旬、習近平(シーチンピン)国家主席の父で、改革派の習仲勲・元副首相生誕100年記念行事があった。テレビの特別番組で温家宝(ウェンチアパオ)・前首相は、仲勲氏と胡氏の親密な関係に言及した。

AJWフォーラム英語版論文

 胡氏は自由化を進め、民主化を求める学生運動に理解を示したが、権力闘争に敗れ失脚した。89年、彼の死を悼む活動が民主化運動に発展し、天安門事件で幕を閉じた。今も事件の報道や研究は厳しく規制されている。

 一方、胡氏に対しては全面的な再評価とは言えないが、功績が次第に認められている。2005年に党中央が生誕90周年座談会を開き、10年の命日には当時の温首相が「人民日報」に追悼文を寄せた。今年は上海の党機関紙「解放日報」が功績をたたえる記事を掲載。改革派の雑誌「炎黄春秋」では、論客が胡時代の再評価を続ける。

 こうした動きに共通するのは、民主的改革を進めた当時の記憶を人々に思い起こさせる手法だ。中国は経済発展には成功したが、政治改革は遅々として進まない。習政権は汚職・腐敗の撲滅に取り組むが、党と政府が既得権益を保持し、改革は容易ではない。かつて胡氏は、「腐敗の根源は党内にある」として改革に取り組んだが、志半ばで憤死した。改革派は、胡氏を政治改革のシンボルに掲げ、圧力としているのだ。

 注目すべきは、胡氏の息子たちの動きだ。長男の胡徳平氏は元全国政治協商会議常務委員で、著書「中国はなぜ改革せねばならないか」などがベストセラーとなった。三男の胡徳華氏は元実業家で、退職後「炎黄春秋」の編集委員を務める。「党と法のどちらが上位にあるのか」と批判し、憲法に基づく政治の実現を主張。兄弟は、憲政民主派として影響力を強めている。

 習政権のもとで、言論に対する引き締めが強まっている。今春、人権や民主などの「普遍的価値」「報道の自由」「公民の権利」など7項目についての言論を規制する通達が出されたとの海外メディアの報道もあった。最近は、インターネットを監督する基準も打ち出された。習政権は憲政を重視して政治改革を進めるのか、言論の自由を規制しイデオロギーを強めるのか。

 民主的政治改革への突破口は、胡氏の全面的な再評価だ。来年は天安門事件25年、再来年は胡氏生誕100年。中国政治は死者を悼みつつ進む。胡氏をめぐる記憶がどう再生されるか、または忘却されるのか、注目したい。

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及川淳子(おいかわ・じゅんこ)

法政大学客員学術研究員(現代中国の言論事情)

日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了、博士(総合社会文化)。在中国日本大使館専門調査員を経て、現在は、法政大学国際日本学研究所客員学術研究員、法政大学大学院中国基層政治研究所特任研究員、桜美林大学北東アジア総合研究所客員研究員、日本大学文理学部非常勤講師。専門は現代中国の知識人・言論空間に関する研究。著書『現代中国の言論空間と政治文化――「李鋭ネットワーク」の形成と変容』(御茶の水書房、2012年)、共著『中国ネット最前線――「情報統制」と「民主化」』(蒼蒼社、2011年)、共訳『劉暁波と中国民主化のゆくえ』(花伝社、2011年)、『中国における報道の自由――その展開と運命』(孫旭培著、桜美林大学北東アジア総合研究所、2013年)ほか。

本論考はAJWフォーラムから収録しています